平行世界の作り方



過ぎ去った過去に、戻るならば。




並行世界の作り方









煙が晴れたら、森の中だった。
と言うのもちょっと違う。正確には並盛神社敷地内、神社を囲む様に生い茂る林の中・・・だと、思う。木々の向こうに並盛神社が見えて、あぁここか、なんて首を傾げた。十年後の俺は、こんなところで一体何をしていたんだろう、と。
周囲を見回しても誰もいないし、こんなところに何時までもいるわけにはいかない。ってことで、取り敢えず住宅街に出た。
―――その時初めて、いろいろなことが違うと知る。


「・・・まさか、未来じゃなくて・・・過去?」


林の中を抜け出た、その正面。
俺の記憶では、確か俺が小学生のころに取り崩されたはずの古い家が―――記憶のそのまま、そこにあった。つまり今は・・・まさか、過去?
道を歩けば歩くほど、それを裏付けられていく。今はもう引っ越した人の名前が玄関先に出てたり、何年か前に引っ越してきたはずの人の家がまだ空き地状態だったり。
極めつけは、


「きょくげーん!」
「りょーへー、きょくげんってなにー?」
「はやいよーっ」
「きょくげんは、すごいってイミなのだ!」
「わかんなーい!」


後ろから追い越してきた、なんか見覚えのある様な気がしないでもない顔の男の子と、その友達だろう二人。背中に背負うランドセルを振り回しながら全力疾走で走って行く彼らに、少し呆然とした。


「(・・・明らかに過去だ・・・)」


溜め息。
どうすればいいのか判らず、取り敢えず五分潰そうとブラブラ歩いて居たら―――いつの間にか並盛の外に出てしまっていたらしい。見慣れない町並みに「あれ?」と思って、慌ててポケットに入ったままだったケータイを取り出す。時刻を確認してみると・・・既に、五分以上経過していた。
―――記憶を少し手繰る。公園で、チビたちの相手をしていて。ランボが転んで泣きだしてバズーカ取り出した時、たまたま近くにいたからか、咄嗟にそれを取りあげようとして・・・そう、少しだけランボと取り合いになり、その際にバズーカを近くにあった水飲み台にぶつけてしまったんだ。
数年「前」に、しかも五分以上経っても戻らない原因なんて、俺はそれくらいしか思い浮かばない。
・・・ああ、どうしようかな、このまま帰れなかったら―――なんて考えていると、十字路に出た。辺りを見回してみると、俺から見て右へと走る道の先に小学生の集団がいて、何気なく彼らに目を留める。
男の子たちが、五人くらい固まってどこかを見上げていた。


「―――あ、見えたっ! ほらほら!」
「えー、どこー?」


声を発した一人が、斜め上の方を指差していて―――その指を追って視線を動かすと、その先にいたのは、


「ユーレイ!」


・・・子供の言葉に驚いたけれど、それ以上に、衝撃。
とある家の二階、その窓の向こう、閉めきったカーテンの隙間から―――不揃いの髪を長めに伸ばした女の子が垣間見えて、息を呑んだ。
けれど見えたのは、その一瞬だけ。


「あーっ、見えなくなっちゃった!」
「おれ見えなかったよー?」
「おれもー! どこだよー?」
「ぼ、ぼく見えた・・・! 長いかみの女の子!」
「だろ! ほら、言ったとおりだ」
「おれは見えなかったもんー!」
「おまえの目がフシアナなんだよ」
「なんだと!?」
「ケンカはだめだよぉ」


一瞬だったからよく見えなかったけど、あれは―――間違いない、まだ少し、「今」の面影が残ってる。
窓から見えた女の子は・・・小さいころの、澪ちゃんだ。


「でもあそこって、きょーやくんちじゃない?」
「そうそう! でも、きょーやくんのママは『うちは子供はきょーやだけ』って言ってたんだよ」
「えー? でもきょーやくんは、『いもうとがいる』って言ってたよ。あれ、いもうとじゃねーの?」
「それがナゾなんだ!」


きょーや、君。って、まさかヒバリさんのこと? だとしたら、ヒバリさんが「妹が居る」と言うのは頷けるけれど―――どうして、彼らの母親は、ヒバリさんだけなんて言うんだろうか。・・・澪ちゃんは・・・?
まさか澪ちゃんは雲雀家の養子だとか? だとしても、今は澪ちゃんも居るのに、何でそれでも子供はヒバリさんだけ、なんて?
いろいろと考えを廻らせながら、呆然と彼らの話を聞いていた。―――その時、俺の隣をするりと通っていった小学生に驚いて目を見開く。


「・・・ねぇ」
「「!」」
「あ、きょーやくんだ」


背も小さいし、まだ幼いけれど、その雰囲気は紛れもない「雲雀恭弥」で。


「僕の家に何か用?」
「きょーやくんちって、ユーレイいるの?」
「幽霊・・・? 莫迦な大人なら居るよ」


幼いヒバリさんはそう言って鼻で笑い、ぽかんとする小学生を無視して家へと入っていく。
・・・と思いきや、玄関の扉を開ける前に、


「・・・ソレは幽霊じゃない。僕の妹だ」
「え、―――でも、きょーやくんのママは、きょーやくんは一人っ子って言ってたよ!」
「だからさっき言っただろ。『莫迦な大人』の言う事なんてそう易々と信じないでよ」
「ママとパパをわるく言うのはだめなんだぞ!」
「生憎、そんなおめでたい思考回路は持ってない」
「・・・しこーかいろ?」
「なぁに、それ」
「ほっかいろのなかま?」


首を傾げる子供たちに、呆れの視線を向けた幼いヒバリさんは、―――ちらりと、ずっと様子を見ていた俺を一瞥してから。


「・・・兎に角、君たちと馴れ合うつもりはない。早く帰って」
「ちぇー」
「しょーがない、みんなかえろー」
「うん」
「あ、公園行こーぜ!」
「さんせー!」


―――去っていく彼らを、見送るヒバリさんは、唯の無表情で。
小学生の姿が見えなくなると、静かに目を伏せて・・・もう一度、改めて俺を見た。


「何」


真っ直ぐ見返して、返答を待つ彼を、―――俺も、真っ直ぐ見返した。
思えば、俺の知ってる彼とは、確かにどこか違った。幼さの所為もあるんだろう、俺が知っている彼ほど怖いとは思わなかったし、雰囲気こそ似ているけれど、記憶にある彼ほど、冷たいものではなかった。


「・・・なんで、君のお母さんは―――君の妹のことを、居ないって言ってるの?」
「・・・要らないから」
「え?」


思わぬ言葉に、目を瞬かせる。
―――少し呆然となりながらも、ふつ、と沸き起こった小さい怒りを押し殺し、幼いヒバリさんを見返す。


「・・・どういう、意味・・・?」
「要らないから、・・・居ないんだって、言ってる」
「―――・・・」


彼も、その言葉を紡ぐ事に戸惑っている事が見て取れた。
お陰で少し冷静になった頭で、更に続ける。


「・・・彼女は、学校に行ってるの」
「行ってない」
「何で、」
「あの子は、居ない事になってるから」


―――そんな事、できる訳がないと思った。そもそも、えーと、ほら、義務教育とかあるわけなんだよ、日本には。それなのに、母親が「要らないから居ない、居ないから学校にも行かない」なんて我が侭言ったって、・・・あぁそうか、俺はそのシステムとかよく判らないけど、学校側は単純な登校拒否にするだけなのかな。
そう思った途端、


「僕も、学校に来ないでほしいと思ってる」


・・・びっくりした。
その言葉の意図が読めず、少しだけ顔を顰めて質問を続ける。


「・・・何、で?」
「わからない。・・・でも、外に出ると、あの子は何時も具合が悪くなるんだ。いつもより苦しそうにして、顔が真っ青に―――」


唐突に途切れた言葉に、彼を見た。ヒバリさんは、何かを諦めたような顔で足元を見ていて、・・・どうしたの、と声をかけると、小さく。


「貴方に、こんな事話しても・・・どうにもならないのに」


ふい、と顔を逸らしてそう言われて、―――確かに。納得してしまったのは、事実だった。
そもそも「俺」は、この時代の人間ですらないんだ。それなのに何かちょっかい出して、過去を改変してしまっていいはず無い。例えば俺が今ここで何か行動を起こしたとして、それは未来に何か影響があるかもしれないのに?
この場所では何もするべきじゃないのは、判ってる。・・・つもり、だけど。だからって、この状況を見て見ぬ振りなんて・・・できるはずないじゃないか。


「澪ちゃんに、会わせてって言ったら・・・君は、会わせてくれる?」
「・・・・・・・・・」


考えるような、一瞬の沈黙。
・・・彼は、静かにその目を細めて―――鋭く、俺を見返してきた。


「どうして、澪の名前を知っているの」
「え、」
「僕は、澪の名前を口にしてないよ」


―――だよね、やっぱり墓穴掘ったか、俺・・・!
どうせ過去の彼らに介入するなら、せめて少しでも未来を改変してしまわないように、ほんの少しにするつもりだったのに。幼いとは言え、確かに彼はヒバリさんだった。余計な嘘は言わない方がいいと、その目に肩を竦めながら悟る。


「お、俺・・・未来の人間なんだ。えっと・・・な、何故か過去に来ちゃって」
「・・・子供だからって莫迦に、」
「中学生の君たちの、知り合いだから。澪ちゃんの事も知ってる。・・・会えないかな、やっぱり」


訝しそうな視線に動じず、ただ返す。戸惑っているらしいヒバリさんにもう一度質問すると、彼は顔を顰めた。
それから考えるように視線を滑らせ、ぎゅ、とその唇が引き結ばれて、

―――ガチャ、

「「!」」


家の扉が、内側から鍵が開けられる音がして、びっくりしてそっちを見た。
ゆっくり開かれた扉の向こうには、―――小さい、澪ちゃん。


「・・・え?」
「澪・・・!?」


慌てたように駆け寄ったヒバリさんは、


「澪、駄目だよ、何で外に・・・っ」


澪ちゃんに触れる前に、その手を下ろしていた。
それに驚いて、ヒバリさんを見る。―――今と、全然違う。だって、


「(これは、本当に、ヒバリさん・・・?)」


そう思ってしまうほど、で。
触れる事に戸惑う手なんて、見た事もなければ、―――澪ちゃんに向ける目も、空気も、今ほど温かさを感じなかった。まるで、腫れ物を扱うような空気だ。きっと、どう接すればいいのかわからないんだろう。
そんな思いを、澪ちゃんも察してしまってるんだろう。多分、悪い方向に。


「・・・澪・・・っ」


それを裏付けるように、澪ちゃんは、家の中へ戻れというヒバリさんの声なんか、欠片も聞こえてないみたいで。
病的なほどに白い肌に、真っ黒い黒髪を適当に伸ばしたそれは、―――確かに、小学生の言う「ユーレイ」みたいだった。黒っぽい質素なワンピースから伸びる手足は細くて、どうしようもないのに「どうしよう」と思ってしまうほど。
・・・今の彼女からすればぶかぶかのはずの、大人のサンダルを履いている理由は、(まさか、彼女用の靴がないとか、いくらなんでも、そんなことない、よな)―――考えない事にした。


「!」


不意に、澪ちゃんがふらふらと歩き出して、驚いた。それはヒバリさんも同じだったみたいで、驚いたように息を呑んで、歩き出した澪ちゃんに道を開けるように動く(澪ちゃんを避けているように見えて、その仕草すら癪に障ってしまった)。
サンダルの所為で歩きづらいからか、それともその雰囲気がそう見せてしまうのか、ふらふら―――というよりも寧ろ、ふよふよした歩き方だった。本当に幽霊が居たら、こんな風に歩くかも、な・・・それが逆に、なんだか悲しくて、俺は唇を引き結ぶ。
そんな俺の真正面で立ち止まった彼女は、じ、と俺を無表情で見上げてきた。虚ろな表情は相変わらずで、目はガラス玉みたいで。本当に俺を、・・・世界を、その脳裏に映しているのか、って思ってしまう。
―――長い孤独に、心すら奪われてしまったような。


「・・・・・・・・・」
「・・・?」


胸が抉られる様な感覚を覚えながら―――じ、と静かに見上げてくるだけの彼女に、首を傾げた。
澪ちゃんに視線を合わせるようにしゃがんでみると、静かに手を伸ばしてくる。その手は、ぎゅ、と俺の服を控えめに握り締めて。静かに見上げてくる視線の意味が判らなくて、されるがままじっとしていると、・・・澪ちゃんは、その瞳に微かに不思議そうな色合いを灯し。
―――音もなく、静かに俺の頬を撫でた。
その瞬間、


「澪!!」


怒鳴り声にも似た声に、俺も、目の前にいる澪ちゃんも、びくりと肩を竦めた。
視線を動かすと同時、俺の頬を撫でていた澪ちゃんの手が荒々しく離れていく。澪ちゃんの後ろから、ヒバリさんがその手を取り上げていた。その表情は焦燥に駆られているもので、一体何に焦っているのかさっぱり判らなくて。


「―――!!」
「っ、」


・・・そんな彼に対して、澪ちゃんが、声にならない悲鳴を上げたのが判った。
ばしっ、という盛大な音を立てて振り払われてしまったヒバリさんの手は、俺が知る「今」では大凡考えられないもの。澪ちゃんは硬い表情で一瞬だけヒバリさんを見上げたかと思うと、一言も話さぬまま―――家の中に、逃げる様に消えた。


「(・・・あ、)」


・・・振り払われた手に少しだけ呆然としていたヒバリさんが、とても苦しそうに表情を歪めて唇を噛み締める。その様子を見てしまった俺もまた、呆然としていた―――兄であるヒバリさんにすら、触れられる事を拒絶するのに。何で、赤の他人であるはずの俺に、何の警戒も無く触れてきたんだろう。
ヒバリさんのあの行動は、澪ちゃんのことを思ってのものだ。俺の知る「彼」以上に不器用で、でも俺の知る「彼」と同じくらい澪ちゃんのことを心配しているのに。ソレを何で、澪ちゃんはあそこまではっきりと拒絶したんだろうか。
―――「嫌だ」と、思った。・・・こんな状態の二人を見るのが。
俺が知っている、仲がいい兄妹が「この時代」に存在しない事が―――とても寂しくて悲しくて、苦しくて、切なくて、辛くて、嫌で嫌で仕方がないんだ。


「(ヒバリさん、)」


そんな顔をしないでください。貴方は間違ってなんか無い。俺が、未来から来た俺が、保障します。俺が知ってる澪ちゃんがいるのは、きっと、そうやって貴方が、諦めずに澪ちゃんに愛情をもって接したからです。拒絶されても諦めずに、澪ちゃんに手を差し伸べ続けたからです。
・・・貴方は、間違ってなんかない、のに。
じわり、と少しだけ歪んだ視界に眉根を寄せて、この状況に似合いすぎる茜色の空を仰いだ。


「・・・なんで貴方が、泣きそうな顔をしているの」
「・・・・・・・・・」
「―――泣きたいのは、僕の方なのに・・・」


消え入りそうな声に、唇を引き結ぶ。きっとヒバリさんは、澪ちゃんとどう接したらいいのか判らないんだ。
何時も苦しそうにしている澪ちゃんが心配で、けれど彼女の体に触れたら、更に苦しそうに顔を顰めて手を振り払ってくる。ただ見守るだけなんて、何もしていない事と同じだと判っているんだろう。けれど、苦しみを取り除こうとする行動が、澪ちゃんに更に苦しみを与えてしまうという矛盾が成り立ってしまっていて―――途方に、暮れている。
苦しませてしまう事を知りながら、拒絶される事を知りながら、手を伸ばし続ける。そんなの、まるで奇跡を祈るような途方も無い「想い」だ。
そんな彼に、俺が、未来を知る俺が言えることなんて。


「貴方は、」
「―――・・・?」


高が知れているけれど、たった一つしかなくて。
今にも崩れ落ちそうな、疲れた様な表情で踵を返した彼に、


「・・・貴方は、間違ってなんかないです」


それだけを告げる。
・・・幼いヒバリさんは、驚いたように目を見張らせ、俺を見上げていた。

―――ぼふん!!

「っぶ!?」
「わっ、」


唐突な爆発音。
一瞬の浮遊感と、後ろへ引っ張られるような感覚。と思ったら、地面に着地する足と、背中から前へと突き飛ばされるような勢いに、俺の足は自分の体重を支える事ができなかった。
そのまま転ぶように崩れた直後、


「死ね。」
「んごっ!?」


凄まじい衝撃が脳髄を貫通していった。
・・・いや、実際貫通はしてないけれど。そんなくらいに、強い衝撃。体が吹っ飛ぶほどの衝撃って、一体。


「頭、割れ、・・・!? ・・・っ!!?」
「澪、大丈夫かい?」
「え・・・あの、」
「澪“が”大丈夫か聞いているんだよ。それ以外はいい」
「・・・、・・・うん・・・私は、大丈夫」
「そう。ならいい」


って、この声!


「ヒバリさんっ!?」
「五月蝿いよ、また殴ってあげようか」
「遠慮しますごめんなさい」


ちゃき、と金属音を小さく鳴らしてトンファー構えた彼に、即座に首を横に振って拒否を示す。ち、という小さい舌打ちなんて、聞こえなかった振りをした。
そうした上で、きょろ、と周りを見渡して―――。
あれ?


「な、並中の・・・応接室?」
「牛柄の服を着た子供に追い掛け回されて泣きじゃくってたところを、風紀委員が見付けて保護したんだよ」
「え!?」


戸棚に並ぶのは数々の歴代トロフィーと、その他ファイル。無駄に豪華そうなソファにローテーブル、大きな執務机に革張りの椅子。並盛中学校の応接室に間違いなかった。
というか、ヒバリさんが言う牛柄の子供って・・・まさかランボの事!? アイツ俺のこと追い掛け回したのかよ!? しかも俺泣いてたとか・・・自分で言うのもなんだけど、だっさ・・・!
思わず頭を抱えたくなった事実に、ふと疑問。「見付けて保護」―――迷子の子供を、子供とか嫌いそうなヒバリさんの元へ連れてくるのか? と内心首を傾げると、澪ちゃんが付け足してくれた。


「先輩たちはよく問題行動起こすでしょ。風紀では、先輩たちのことは逐一お兄ちゃんに報告するようになってるんだ。ランボ君が先輩の家の居候だってことは、もう周知の事だから。―――そのランボ君は、先輩を追いかけるのつまらなくなってきたって帰っちゃったけど」
「(ランボ後で絞める・・・!)でも、俺は子供だったんだよね? 何で俺だって判って・・・?」


あ、もしかして、澪ちゃんが能力を使ったのかな。


「最終的には私が確認したけどね。風紀委員の人は、ランボ君と遊んでる(?)、イコール先輩の知り合いかも、って考えたみたい」
「あ、それで・・・」
「小さい君、五月蝿かったよ。何を言っても泣き止まないし、殴ろうとすれば更に大声で泣き出すし。挙句、澪に引っ付いて離れないし」
「(ソレはどっちかってゆーとヒバリさんの俺に対する対応が悪いんじゃ・・・)」
「・・・何?」
「ナンデモナイデス」


じとりと睨まれて、冷や汗を浮かべながら片言で返す。と、澪ちゃんがクスクスと笑った。
あ、笑った。意識の端で小さく呟いた俺は、自然とそちらに視線を向ける形になって―――結果、改めて雲雀兄妹を二人とも視界に収めることになる。


「先輩も無事に戻った事だし。お茶でも入れようか?」
「そうだね。少し休憩しよう・・・何かすごく疲れた」
「子供の相手なんて、慣れない事するからだよ」
「だって、五月蝿かったし。沢田だと思ったら余計にイライラするし」
「? ・・・えっと・・・お兄ちゃんは何飲む?」
「うん・・・澪が淹れたものなら何でもいい」
「・・・そういう返答が一番困る」
「別に、何がきても文句は言わないよ」
「プレッシャーかけないでよ・・・」


・・・とても仲よさそうな、二人のそのやり取りに。
先ほどとはまた違う意味で、視界がぼやけてきて―――誤魔化す様に少しだけ俯いて、小さく笑った。


「(やっぱり、“こっち”の方がいいや)」


ぎこちない兄妹のやり取りなんて―――ヒバリさんの手を振り払う澪ちゃんなんて、金輪際、二度と見たくないと心から思った。
こうやって、緩やかな時間を共に過ごしている二人のほうが、俺は、ずっとずっと好きだな。


「で、沢田はいつまでここにいるの。まさか澪のお茶飲んでくつもり?」
「え? ・・・沢田先輩、お茶飲んでいかないの?」
「あ、いや、えと」
「ちょっと澪、戻った後までそいつの面倒見ること無いだろう」
「お茶勧める程度、『面倒見る』内に入らないでしょ」
「・・・」
「(不服そう・・・)」


・・・たまにヒバリさんの嫉妬が痛かったりするけれどね。























少しでも、その支えになれるなら。






■□■□■



今回、匿名様とせいら様からのリクエスト、過去へトリップ→先生に出会う前の兄妹に会うつっくんでした。ありがとうございました!

実は兄妹、最初から仲良くはありませんでした。って言う話。


10年前は妹3歳に兄5歳…ワォ、幼い。よし数年前にしよう。ってことで時間軸とか深く考えずにお読みくださったら幸いです。
きっとめっちゃ壊れてたんですね、バズーカ。






以下オマケです。


このお話の数年後の未来。原作雲雀さん初登場の話を少々お借りいたしまして。



















―――応接室に無断で侵入してきた部外者を咬み殺すのは、常日頃から行っていた事だった。
新入生である一年には、まだ自分という存在が浸透しきっていない。そんなの容易く予想できたけれど、だからと言って見逃してやるわけもなく、今回も例外なく「侵入者」を咬み殺すつもりだったが。
空を裂き、的確に相手の頭を弾き飛ばすつもりだった銀の閃きは、けれどその寸前で静止した。


「・・・。え゙・・・!?」
「十代目! お下がりください!!」


記憶に眠っていた顔に目を見張らせ、反射的に動きを止めた。直後、自分の目と鼻の先に添えられた武器にサァッと顔を青褪めさせる茶髪の少年を、信じられないような思いで見詰めた。―――銀髪の少年に素早く背後に隠れさせられたが、雲雀の目は茶髪の少年へと向け続けていた。
そして徐に唇を開くと、


「・・・ねぇ、君」
「はっ!? はははははいっ!?」
「以前、僕に会った事あるかい?」
「へっ?」


じ、とその顔を見詰めつつ質問する。返事は素っ頓狂なもので、明確な返事ではないが、それ自体が既に答えのようなものだった。
嘆息。―――他人の空似か? と。
そんな言葉で片付けるには、記憶にある顔とあまりにも似すぎている。が、よくよく考えれば、まだ“自分たち”に会う前の彼か、と胸中で呟いた。


「・・・お知り合いですか、十代目?」
「え、いや・・・記憶には無いけど・・・」


やり取りは、銀髪の少年とその茶髪の少年のもの。もう一人、黒髪の少年は自分という存在を知っているらしく、厳しい表情で唇を引き結び、警戒した様子でじっと見詰めている。
・・・けれど。


「・・・まだ『彼』じゃないなら、別にいいよね」
「え、」


―――「咬み殺しても。」と呟くと同時、空を切る素早さでトンファーを振るう。それに対処し切れなかった茶髪の少年は、呆気なく地に伏した。
驚愕に声を上げる二人には構わず、唇を吊り上げ、


「・・・一匹。」


赤い舌で、弧を描く唇を舐め。
思う。


「(『彼』になったら、どうやって恩を返そうかな)」


『忠誠』なんて言葉が頭を過ぎり、思わず笑った。


















あるかもしれない、並行世界。



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