人生万事塞翁が馬



人生の幸不幸は予測できない。







「やだよ、ダメツナ入れんのー」
「負けるし」
「なー?」


―――そう言ったのは、誰だったか。


「ツナーっ、ろんぐぱーすっ!!」


遠くから掛けられた山本の声に、頭上を一瞥。こちらに向かって飛んでくるサッカーボールは、綺麗な弧を描いていた。
ロングパスとはよく言ったものだが、意味もなく高く蹴り上げられたそれに一瞬だけ同情の眼差しを向け、―――けれどその一瞥だけで、その落下ポイントを判断、回り込み、タイミングを見計らってジャンプ。胸で軽く受け止め、周囲を囲む敵チームのクラスメイトを見事な足遣いでスルーしていく。
けれどラスト、二人に立ち塞がれて顔を顰めた綱吉。それでも瞬時に状況判断、少し遠くに居た同チームの獄寺へと素早くパスした。しっかりとそれを受け取った獄寺は、自身をマークしていた敵チームのクラスメイトを軽くフェイントをかけてやり過ごすと、その間にマークを脱した綱吉を一瞥、やはり素早くボールを返す。
勿論綱吉もそれをしっかりと受け止め―――結果、ゴールの真正面に、完全フリー状態で躍り出た。
敵チームのゴールキーパーは顔を引き攣らせ、唇を引き締める。綱吉はそれを一瞥、しかしすぐにボールへと視線を向けると、

ドッ!!

綺麗なフォームで、シュート。
―――そのボールは、キーパーの手を見事に擦り抜け、小気味いい音を立ててゴールネットへと吸い込まれていった。






人生万事塞翁が馬








ふ、と小さく一息ついた綱吉に、刹那の沈黙。
直後、


「ツナ今日なんかダメじゃなくね!?」
「どーしたんだよお前、何かやりだしたのか?」
「!!」


体育の教師がぴーっと笛を吹くが、それをお構いなしに同チームとなったクラスメイトは綱吉に群がって囃し立てていく。けれど綱吉はびくりと身を竦ませ、かと思えば誰かを探す様にキョロリと辺りを見回し―――クラスメイト達から逃げる様に、走り出した。
・・・その先に居たのは、獄寺。
駆け寄ってきた綱吉にギョッとした彼だったが、そんな獄寺に構わずにクラスメイト達から隠れる様に彼の背後へと回り、ぎゅ、とそのジャージを握り締めた。
一同、沈黙。綱吉と言えば、まるで猫が毛を逆立てるように警戒した趣で獄寺の背後からクラスメイト達を見詰めている。逆に獄寺は、呆れた様な苛立ったような、けれどその怒りも綱吉には向けられずに我慢している様な、そんな微妙な表情をしていた。


「しかもツナ、今日オトメンだよな」
「何かムカつくくらいかっこいいけどオトメンだよな」
「獄寺、ツナに何かしたのかよー?」
「なんもしてねぇー!!」


ぎっ、と奥歯を噛み締めて何かを必死に耐えていた獄寺だったが、クラスメイトのその理不尽な言葉に八つ当たり気味に叫び返した。
それにびくりと肩を竦めた綱吉に気付かず、大体テメーら十代目を莫迦にしすぎだ空気読めこの野郎果たすぞ、何て続ける獄寺を軽く怯えた様な眼で見上げつつ後退さった綱吉は、


「み、―――じゃなくて、ツナぁーっ!」
「!」


背後から聞こえた、先ほどのパスと同じ声に反応して振り返る。


「はいたっち! ハイタッチ!」
「・・・はいたっち?」


山本の満面の笑顔と妙に高いテンションに気圧されつつ、不思議そうに首を傾げながらも促されて片手をあげ、


「ハイタッチ!!」


ぱんっ、と言ういい音を立て、山本とその掌を打ち合わせた。

・・・そんな光景を、応接室の窓から見ていた澪は、


「―――・・・はぁあ〜・・・」


と、これ以上ないくらいどこまでも深すぎる溜め息を吐き出す。
それに眉を顰めた雲雀は、書類に目を向けながらも「ねぇ、」と澪に声をかけ―――途端、ひぃっと短い悲鳴を上げて体を飛び上がらせた彼女に、不可抗力でこめかみに指先を宛がった。


「・・・もう起ったことはどうにもできないよ。時間以外に解決してくれる存在がないのなら、潔く時に身を任せるべきだと思うけど」
「ってゆーか何でそんなにヨユーなんですかヒバリさん・・・! 外見澪ちゃんでも、中身は俺、・・・沢田なんですけど!?」
「外見澪なら無問題。」
「(莫迦だこの人!)」


内心叫び、ああぁぁぁあああと呻きつつ頭を抱え―――ようとした時、校庭にて体育のサッカーをしていた綱吉と目が合う。同時に(恐らくは雲雀の事を「莫迦」と称したことに対して)キッと睨まれて、身を竦めた。
―――即ち。
現状、綱吉の体に澪の精神が、澪の体に綱吉の精神が入っている状態。「入れ替わり」とは簡単に言ってくれるが、当の本人たちからすれば冗談ではないだろう。同性なら兎も角、お互い異性同士だから余計に。・・・第三者からすれば、この上なく面白いのは否定できないが。


「・・・普段、君はどれだけ『ダメ』なのかがよく判るね」
「えっ」
「澪が君の体に入っている時の方が、女子からの人気を博すなんて・・・」
「!!」


痛い。
・・・だが確かに、現在の体育の時間、何時もは山本か獄寺に二分される女子の声援は、今は綱吉(の中に入っている澪)にも向けられている。応接室までも女子の声が聞こえる。具体的には、きゃー今日のツナ君かっこいー、こっちむいてー、などなど(「今日の」は余計だ)。
しかも綱吉(の中に入っている澪)がそれに反応して振り向くと、きゃあーっと黄色い声が盛大に上がる。・・・そんな女子たちに、綱吉(の中に入っている澪)は不思議そうに首を傾げる始末。
獄寺と山本は、この事実は既に知っている。だからこそ獄寺は不機嫌そうにしており、けれど体は綱吉のものであるために怒鳴ることもできずにいた。・・・逆に山本は楽しんでいる節があるが。
―――そんなとき、丁度いいタイミングで授業終了の鐘の音が呑気に鳴り響き、澪(の中に入っている綱吉)は、今度は安堵の溜め息を吐き出した。






* * * *






そして放課後。まだ戻らない。
もし戻ったら、その時お互い同じ場所に居た方がいい―――と言うわけで、中身が入れ替わったまま放課後も行動を共にする羽目になった綱吉(の中に入っている澪、以下略)と澪(の中に入っている綱吉、以下略)。
・・・そんな時に事件は起きた。


「沢田先輩って、何時もこんな目に遭ってるの?」
「たっ、ぶん、きょ、は―――獄寺、く、とか、山本、が、いない・・・から、余計、に・・・っ」


ぜぇぜぇと息を切らせつつ、舌を噛まない様に答えた澪を横目で見た綱吉は、はぁ、と溜め息をついた。
背後、追ってくるマフィアの男性をもう一度確認。黒スーツにサングラスと言う在り来たりな出で立ちだが、その姿は一人のみ―――その実力を推し量るなら、雲雀よりは弱いが、澪よりは強い。
綱吉は現在、(澪の体に入っているために)死ぬ気丸は使用不可。推測ではあるが、恐らく死ぬ気の力に澪の体が耐えきれないだろう。逆に、綱吉の体である澪が飲んでも、今度は澪の精神の方が対応しきれない可能性があった。
しかし逃げ続けるにしても、足の遅い澪に速度を合わせているため、その距離は見る間に縮まっていく。もう少し早く走れないの、と呆れつつ聞いてみると、「むり。」と走るのに必死で余裕がない声色で答えられた。嘆息。


「うわっ!」
「!」


澪が躓き、転びそうになった―――ところを、綱吉がその細い腕をすくい上げてギリギリ転ばずに済む。同時に綱吉の頭上にぴこりんと豆電球が点灯、腕を掴んだまま全力で走りだした。
ぎょっとした澪は、そのまま綱吉に引き摺られるように走りつつ、


「っ!? みっ、澪ちゃっ」
「喋らない方がいい。舌噛むよ」
「んむっ」


さらりとした指摘に、澪は自分で自分の口を塞いだ。
その時―――視界の隅に、黒服の彼が懐に手を入れたのを捉え、綱吉は走りながらも背後を一瞥。男性の手に握られていたのは、予想を裏切ることなく―――黒光りする、銃。


「(手段選ばず、ね・・・やり辛い奴だ)」


周囲は閑静な住宅街。今居る路地、見える範囲に人影は見当たらないのは、不幸中の幸いか。
澪が綱吉に引っ張られている状態になったため、こちらのスピードが速まったからか、その距離はぐんと伸びた―――ものの、それ以上は伸びそうにないと考えた綱吉は、何処かでやり過ごそうと脳内地図を開く(体は綱吉なのに澪の記憶や知識があるのは謎だ)。


「こっち曲がるよ」
「ふぇっ!?」
「っ、ちょっ―――」


綱吉の急な方向転換に追いつけず、澪は前方方向への勢いを殺せずにその場で転んでしまった。一瞬の停止、けれど綱吉が即座に立ちあがるのをフォローすると、またすぐに走り出す。
・・・どちらが男か女か判らない。中身の問題ではあるが。
曲がった先、マフィアが来る前に直ぐそこの細い横道に身を滑らせると、綱吉は澪の体も引き込んでしゃがみ込み、上がった息を潜めた。大人の足音が近付き、一瞬だけ黒スーツの男が見えたと思ったら直ぐに足音が遠ざかる。・・・が、そこで足音は止まった。何かを、自分たちを探す様にそのあたりでうろうろしているのが判る。
まだ完全にやり過ごしたとは言えない状況。お互いが目配せし、更に静かに息を殺し―――


『―――♪〜』
「「!!」」


澪のスカートのポケットに入っていたケータイが、その着信音を盛大に鳴り響かせた。
びくりと肩を竦める二人、当然マフィアもこちらに気付いて即座に近付いてくる。チッと舌打ちをする綱吉は、突然の事に固まった澪のスカートのポケットに手を入れてケータイを取り出しつつ、再度澪の腕を掴んで走り出した。
後ろから追ってくる足音と気配。苦々しく思いながらもケータイに出ると、―――兄の、声。


『澪?』
「なに」
『―――別に。戻ったかな、と思って・・・でも沢田の声ってことは、まだ戻ってないんだね』
「・・・お兄ちゃん、」
『?』
「もう電話掛けてこないで」
『!!』


電話の向こうで引き攣った気配を感じたが、構わず強制的に通話を切った。
足をもつれさせながらも懸命に走る澪のスカートのポケットに、器用にケータイをしまう。
まったく、と溜め息を吐き出して愚痴た。


「過保護だな」
「・・・ま、まだマシ・・・じゃ、ないかな(俺と澪ちゃんが一緒に居ても怒らないあたり特に)」
「?」


走りながら首を傾げた綱吉に何でもないと返した澪。
・・・何でもなくはないが、取り敢えず今はそんなこと論議している場合じゃないのだ。


「兎に角、彼を撒かないと・・・物騒なことに、銃取り出してるし―――」

ガウンッ!

「うわっ!?」
「とか言ってたら撃ってきたし・・・」
「んなユーチョーな!? って、澪ちゃん危ない!!」
「っ!?」

ガウンッ!!

銃声と同時に突き飛ばされた。
咄嗟の事で態勢を整えることもできず、そのまま転ぶように倒れ込んでしまう。二人同時のそれに、急に何をするんだと澪に聞こうとした綱吉だったが―――蹲る澪の足、太腿に滲む赤に目を見開いた。
綱吉はその表情のまま、呆然と呟く。


「・・・沢田先輩、」
「み、澪ちゃん・・・早く、逃げて・・・!」
「―――それ、私の体なんだけど・・・」
「いいから早く逃げ―――あー!?」
「・・・。もういいよ、先輩はそこに居て」


そう言って傷を見る綱吉。・・・どうやら銃弾が掠っただけの様で、足そのものを撃ち抜かれたわけではないらしい。放っておけば、その内血も止まるだろうが―――その程度の傷で倒れ込んで蹲るとは。そう思って澪を見下ろす。・・・この分だと足を撃ち抜かれたと思っている様だった。
うんざりと、けれどそれほど大した傷じゃないことに安堵の溜め息をついた―――直後、直ぐ後ろに立った気配、そして頭に押し付けられた固く冷たいモノ。


「ボンゴレ]世だな」
「・・・だったらどうする?」


振り返ることなく返すと、未だ蹲る澪がこちらを見上げてさぁっと顔を青くしたのが見えた。


「殺す。」


そう言い、綱吉の頭からゼロセンチの距離にある銃口を更に押し付け、指に力を入れて引き金を引く―――瞬間、綱吉は素早く身を捻り、銃を蹴り上げた。その勢いで銃は男の手を離れ、頭上高くへと吹き飛んでいく。


「「!!」」


息を呑んだのは、男と澪。綱吉は更に追撃を繰り出そうと、瞬時に態勢を立て直してから男の懐に入り込み―――それでも、銃を蹴り上げられた時に僅かに驚きの表情を浮かべた意外、ピクリとも表情を動かさない男に怪訝に思った、
―――直後。
目の前に現れた黒い銃口に、目を見開く。銃はさっき蹴り上げたはず、と呟いた思考回路に、次の瞬間舌打ちをした。・・・男がもう一つ、銃を所持していない確証がどこにあったと言うのだ。
銃口は寸分の狂いもなく、綱吉の眉間に向けられている。体は攻撃の態勢を取っており、今更避けることができない。危険だと言う警報が脳髄から響き渡ったその刹那、


「澪ちゃん!!」

ガウンッ!!

抱きついてきた澪に、再度、二人してどさっと倒れ込んだ。
・・・お陰で、無傷。勿論澪も。


「先輩、さっきから体当たりしすぎ―――」
「お、俺の所為で澪ちゃんが死ぬなんて、絶対、絶対ダメだってばー!」
「・・・は?(何でテンパってるのこの人)」


尻もちをついた状態の綱吉の首に腕を回し、混乱した澪が縋る様に抱きついてくる。何やら喚きながらぶんぶんと首を振る澪にうんざりと溜め息をつくと、綱吉から見て澪の背後に居るマフィアの男も、心なしかうんざりとした表情をしていた。・・・恐らくラブコメにでも付き合わされている気がしてならないのだろう。
その彼もまた、小さい溜め息を一つ吐き出した。さっさと仕事を終わらせようと判断したのか、もう一度その小型の銃の銃口をこちらへと向ける。それに気付いた綱吉が、澪共々何時でも避けられる様にと彼女の背にさり気なく手を回し。


「―――確かに、『俺』は十代目で、・・・『こっち』は夜空だけど。二人とも殺すの」
「・・・そうだな。・・・情報と事実が違うのが気になるが」
「・・・。(まぁ、中身入れ替わってるしね)」


どう言えばいいのか判らずに思わず視線を落とした綱吉を、男は静かに目を細めて見下ろすと、


「まぁ、いい。死ぬ覚悟はできたか?」
「君がね。」
「「「!!」」」


けれど同時、男の背後からの第三者の声に、一同、顔を上げる。
その気配を感じ取れなかったからか、男は焦りの表情で息を呑み、素早く振り返って銃を向けたが―――。


「―――・・・子供・・・?」


黒い学ランを肩にかけた彼に、半ば呆然と呟いた。
反し、彼―――雲雀恭弥は、自身に向けられた銃口に恐れることもなく、ただ無表情に男を見返す。不遜な態度で腕を組み、ただじっと黒い目で男を見上げたと思えば、不意に、音もなくその無表情に冷笑を浮かべた。


「違う。・・・『雲』だよ」


いっそ美しいほどのそれに、もう一度、呆然。
けれど直後、それが意味する言葉に気付いて驚愕に顔を引き攣らせた男は、


「なっ、まさか守護者の―――!!!!」

ゴッ!!

その台詞を言いきる前に、放たれたトンファーの強烈な一撃によって、不可抗力にも意識を闇へと突き落とされた。






* * * *






そして移動先の公園。まだ戻らず。


「で、澪」
「?」


夕刻ゆえに無人の公園、そのベンチに腰掛ける雲雀へ、綱吉は自販機で買ったコーヒーを手渡した。


「あの言葉、撤回して」
「・・・あの言葉?」
「そう。冗談なら兎も角、本気で言っていただろう」


同じように雲雀の隣に座っていた澪にもジュースを手渡すと、雲雀のその訴えに首を傾げた綱吉。


「あの言葉って・・・どの言葉?」
「・・・電話で」
「電話?」


兄の聲は―――現在、これ以上なく拗ねているからだろうか、聞き取れなかった。
直ぐに諦め、既に暗くなり始めた空を見上げながら記憶の糸を辿る。電話でのやり取りは、酷く短かった気がする。そのせいか詳しくは思い出せず、それが更に雲雀の機嫌を損ねた。
そんな雲雀にびくびくしている澪は、ちらちらと雲雀を気にしつつ口を開く。


「澪ちゃん、多分、アレだよ」
「・・・ドレ?」
「えーと、・・・『もう電話掛けないで』、って言ってたでしょ」
「―――あぁ、そう言えば・・・」


呑気な綱吉の態度にがくりと肩を下げた澪。・・・そのやり取りすらも雲雀の気に障っているらしく、むっすーと顔を顰めて視線を逸らしていた(中身が入れ替わっているため、獄寺同様睨むわけにもいかないのだろう)。
口をへの字に曲げる雲雀を盗み見ながら、


「澪ちゃん・・・ヒバリさん、あのセリフ結構気にしてるよ、絶対」
「・・・みたいだね。可愛い」
「かわいいって・・・えぇー?」


・・・女子の「可愛い」の基準は、いつの時代も謎に包まれているらしい。
綱吉はそう呟いた後、気を取り直したように改めて雲雀に向き直る。


「お兄ちゃん、ごめん。あの時、あの男に見付からない様にって隠れていた時だったから」
「・・・。」
「あの着信で、見付かってしまって。少しむしゃくしゃして八つ当たり」
「む、むしゃくしゃって澪ちゃん・・・(ヒバリさんに八つ当たりできるの澪ちゃんくらいだよ)」
「・・・。」
「だから、ごめんなさい。訂正する、電話してもいいよ」


むっすー、とした顔は依然変わらぬまま。
―――けれど、その数秒後、おもむろにポケットからケータイを取りだした雲雀は、ポチポチと何やら操作する。首を傾げる綱吉と澪に構わず、あるところで指先の動きを止めると、それ以降ケータイを見下ろしたまま動かず。
その直後、


『―――♪〜』
「「!」」
『♪〜〜♪〜―――』


澪のポケットに入っているケータイから着信音が鳴り響いた。
澪がケータイを取り出し、綱吉が開くと―――そこに表示されていた名前にきょとんと眼を瞬かせ、けれど直ぐにふわりと微笑んだ綱吉。少し困った様に眉を下げ、僅かに頬を赤らめ、口元を綻ばせる彼に、「俺」でもこんな表情できるんだな、と一瞬ぽかんとした澪には気付かず。
ぴ、とボタンを押してから耳へと添えて、


「―――もしもし。」
「・・・」


そのままの表情で、応答した。そんな綱吉を見上げる澪に、軽く俯いたまま手元のケータイを見下ろし続ける雲雀。
綱吉の電話の相手は何も言ってこないのか、ただ沈黙が続く。暫くしてピッと言う電子音が鳴り、―――雲雀が目を伏せてケータイを閉じ、ポケットへとしまう。綱吉も小さく苦笑を浮かべてケータイを閉じ、澪へと返した。
澪は受け取りつつ、首を傾げる。


「いたずら?」
「ううん。違うよ」


帰ってきた答えに更に不思議に思いつつも、ケータイをポケットへとしまった。


「・・・ねぇ澪、」


雲雀から掛けられた声に、綱吉が反応して向き直る。
すると彼は―――その両膝に腕を乗せ、そこに口元を埋め、地面に視線を向けながら。


「そろそろ、元に戻って。」


彼らしくない、囁く様なそれ。澪は驚きに目を見開き、綱吉は困ったように眉を寄せ、考える様に何処かへ視線を向ける。
―――数秒後。


「・・・沢田先輩、」
「うん?」


澪を呼んだ。
足の怪我を気にしつつ「立てる?」「うん」、両手を澪へと差し出した綱吉の手を取り、立ちあがる。


「ごめんね」
「へっ?」


唐突な謝罪。
心当たりがないそれに目を瞬かせた刹那、

―――ごっ!!

・・・盛大な頭突きを食らい、綱吉は視界に星がちらついたのを自覚した。


「ってー!! 痛い、み、澪ちゃん痛いー!!!」


頭を抱えて呻いた綱吉は、けれどはたと気付く―――声色が、元に戻っている。澪の声ではなく、自分の声が。


「・・・声、戻ってる!?」


ばっと顔を上げる。未だにずきずきと痛む頭は無視すると、視界の端に揺れたのは―――見慣れたススキ色の髪。澪の黒髪ではない。両手を目の前に突き出してみると、細く白い澪のものではなく、少し骨ばった自分の手だった。
そして何よりも―――目の前には、ベンチに座り込んでいる、澪。


「も、―――戻ったぁー!!」


こちらをきょとんと見ている雲雀に構わず、歓喜の声を上げる。自分の声、自分の手、自分の足。何よりもズボンは素晴らしいと改めて思った。マフィアから逃げているとき、実は気が気ではなかったから余計に。


「澪ちゃん、戻ったよ! きっと頭突きで―――、・・・澪ちゃん?」


無反応。
不思議に思って顔を覗き込んでみると、その目は閉じられている。よく観察してみると、その体は力を失っていた。それでも確かに聞こえる呼吸音に、「あ、頭突きで気絶しただけ?」と静かに安堵の溜め息を吐き出して、
直後。


「んぎゃっ!?」


ぐいっと襟元を引っ張られ、その勢いで地面に尻もちをついた。
突然の事に目を白黒させつつ、腰を擦りながら見上げると―――そこには。


「・・・ヒバリさん何やってんですか」
「何って・・・帰るんだよ」


綱吉の言動から、二人の精神が元の体に戻ったと判断したのだろう。ひょいっと澪の体を抱き上げた雲雀に思わず質問した綱吉は、けれど逆に雲雀に「何を今更、」と怪訝そうな目で見返された。
見て判らないのかい、とでも言いたげなそれに、いや判らないだろ、と内心突っ込みを入れつつ。
―――大切そうに、雲雀に横抱きされる澪を一瞥。


「それじゃあね」
「あ、―――は、ぃ・・・」


様は済んだと足早に去っていく背を見送りながら。


「・・・結局、今回のチェンジ騒動は何だったんだ・・・?」


酷く疲弊した声で、独り呟いた綱吉だった。



























それは俗称、「神のみぞ知る」。






■□■□■



つっくんと夢主が入れ替わったら、つっくんとヒバリさんが入れ替わったら、と言うコメントを二つ頂いたのですが、同じ方の様でしたので「つっくんor雲雀さんと夢主のチェンジ」とさせていただきました。ご了承くださいませ。

そしてネタを下さった方、ありがとうございました!


つっくんと夢主をチェンジしてみたら…夢主inつっくんが、ちょっとしたスレツナになってて、特に楽しかったです


以下おまけ、その後の雲雀家でのやりとり。




















「…澪、思ったんだけど」

「?」

「なんで、そんなにボロボロなの。…膝とか擦りむいてるし、手だって」

「…沢田先輩、たくさん転んでたから。仕方ないよ」

「…。じゃあ、沢田の方はほぼ無傷って事?」

「うん…そうだね、私は転んでないし」

「…へぇ…?」

「?」






つっくん危うし。

スカートの防御率は期待しない方がいいでしょう。



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