I//U



近付き過ぎず、離れる事もなく。



I//U








ぼうっとする頭を働かせ、少し前の記憶を探る。
―――どうやら僕は、寝てしまっていたらしい。テーブルの上に乗る本を一瞥しながら記憶と照らし合わせる。ソファに座って読書をしていて、何時の間にか寝ていたんだろう。途中までは本の内容も覚えているけれど、その先の記憶がぷつりと切れている。
・・・さて。


「・・・・・・・・・。」


改めて、見下ろした。・・・僕の膝の上に頭を乗せて、すぅすぅと安らかな寝息を立てる、澪を。
まだ少し寝ている自分の頭に嘆息した。少し視線を逸らし、リビングを見渡す。・・・何時もと何も変わらない風景。ソファにテーブル、フローリングの床、カーペットにテレビと、澪がたまに遊ぶゲームに、綺麗に纏められたカーテン。
もう一度考えてから、再三、自らの膝を見下ろした。


「・・・。澪?」


・・・澪に膝枕したっけ。
首を傾げる。もう一度胸中で唸り、けれどやっぱり寝起きの頭じゃ良く覚えてなくて、少し霞む目を擦ってみる。それから頭を軽く振って、おおかたスッキリしてきてから―――もう一度、記憶の糸を辿った。
本を読んでる間、澪に何度か話しかけられた気がする。でも本に夢中で生返事しか返していなかった事を思い出した。けれど、それ以降の記憶はない。


「澪・・・? ・・・澪、澪起きて」
「―――ん、・・・」


そっと体を揺すり、起こしてみる。澪は少し唸っただけで、またすーすーと寝入ってしまった。


「・・・・・・・・・」


途方に暮れる、と言うのはこういうことを言うのだろうか。
元来、僕は寝ている澪を起こすと言う事がとても苦手だ。そりゃあ、悪夢を見ている様に魘されている澪を起こすのは容易い。けれど、こうもすやすやと寝られてしまうと、起こし辛いと言うか・・・忍びないものがある。
けれど起こさなければ。僕だって、何時までもこのままでいるわけにもいかない。何時からこうしてるのかは知らないけど―――・・・澪、僕の足痺れてるんだけど。


「澪、起きてよ」
「・・・・・・くぅー・・・」
「・・・。」


・・・ホント、起こすのが忍びないくらい、よく寝てる。
ねぇ澪、僕にだって(澪限定で)良心あるんだよ。


「澪。―――澪っ、」
「ぅ・・・?」


瞼が小さく震えたと思ったら、それがうっすらと開く。しばらくそのままぼうっとしてて、ぱちぱち、と何回か瞬き。―――ぽけっとした表情で僕を見上げて来た澪にホッとしながら、呆れ半分に見下ろした。


「澪、退いて」
「んー・・・?」
「・・・じゃあ、少しでいいから頭浮かせて」
「んぅ・・・」


顔を顰めて目を擦りだした澪に指示を出すと、返事なのか何なのか、そう唸った後で軽くなった膝を感じて、素早く抜け出した。
・・・痺れてる。すぐさま襲ってきた、あのぴりぴりとした感覚に顔を顰めた。治るまで動く事も出来ないし、仕方ないからそのままソファの足もとに座り込み、マッサージする様に足を擦ってると、


「まくら・・・」
「・・・。はい。」


隣から聞こえた声に、傍にあったクッションを頭の下に入れてやる。
んー、と小さく唸って―――数秒後。不服そうに眉を寄せ、眠そうな目を数回瞬き。


「・・・お兄ちゃんのにおいがしない」
「・・・・・・・・・」


それはつまり、僕にもう一度枕になれってことなのか。
半眼で澪を見下ろすと、澪も僕を見上げて来た。ボーっとしている目を数秒間見返すと、澪は困った様に眉根を寄せてから、諦めた様に視線を下ろす。
全く、と内心溜め息をつきながら、まだピリピリとする足を擦り、


「こら」
「!」


・・・枕拒否の仕返しなのか、その足を突こうとしてきた指先を取り上げた。


「澪、巫山戯るのは―――」
「まくら。」
「・・・・・・、・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・。」
「・・・・・・・・・」
「・・・澪、」
「まくらは?」
「―――・・・。・・・腕でいいなら」
「!」


・・・負けた。
うんざりとした思いでクッションを避けてやると、嬉しそうに頬を緩めて僕の腕に頭を乗せてくる。すり、と甘えるように頬を寄せたと思ったら―――そんなに眠いんだろうか、文字通りお休み三秒。
くぅー、と先ほどまでの寝息が聞こえてきて、・・・もう一度、うんざりと溜め息をついた。


「(・・・・・・僕のにおい、か・・・)」


眠る澪をなんとなく見詰め、その台詞を反芻する。・・・澪の言う「僕のにおい」ってどんなにおいだろう。・・・少し考えた後、もう片方の手を鼻先に近付け、軽く息を吸ってみても―――勿論、何のにおいもしない。
澪は、安心する様なにおいだと言っていた。・・・安心するにおい・・・澪みたいなにおいが僕からもするって事? ・・・それは嫌だ。妹とは言え、女と同じにおいがするなんて・・・男として何か悲しいものがある。


「(―――そう言えば・・・小さいころから、澪は僕に抱き締められるの好きだったっけ)」


今でもたまに、いろいろと強請られる事がある。無言の上でのそれもあれば(僕に両手伸ばしてくるアレとか)、率直にしてほしい事を言ってくるときとか(僕の服を控えめに握って、遠慮がちに「ぎゅーってして」とか)。
自分の妹ながら、何でこんな子に育ったのか。たまに不思議に思う。僕が育てたようなものだからなのか、基本的な思考回路に似てるところがあるのは仕方ないとして・・・稀に僕に逆らうところとか、僕の意識の外側から喧嘩を止められるのは不本意だ(反射的に動きを止めてしまうらしい僕の体のつくりも不本意だけれど)。


「・・・。」


少しむっとなって、眠る澪の柔らかいほっぺたを抓ってみる。・・・澪は少しだけ眉根を寄せたけれど、されるがままだった。今度は僕が顔を顰めて抓るのをやめた。
少し赤くなったほっぺたを撫でて「ごめんね」と呟けば、うー、と小さく唸って澪が目を開けて、


「―――なぁに・・・?」


・・・眠そうに呟いたものだから、思わず笑ってしまった。


「起きてるなら起きなよ」
「・・・おにぃちゃんが、起こしたんだよー・・・」


妙に間延びした答えに、もう一度笑う。
それを気にせず、澪は「眠い」と呟いて目を擦る。赤くなるよ、と言ってみても「しょぼしょぼする」らしく、擦る手を止めなかった。・・・前はちゃんと言う事聞いたのにな。
暫くしぱしぱと瞬きを繰り返した澪は、むく、とゆっくり起き上がる。・・・毛先が少しはねた寝癖を見付けて、あぁ寝癖ついてる、と胸中一言。
聞こえているだろうに、澪は気にするでもなくふわぁああと欠伸を、・・・。


「せめて口押さえてよ」
「・・・。お兄ちゃん、なんだか意地悪だよ」
「気のせいだよ」


軽く手を添えた程度で大きな欠伸をしたものだから、からかい半分に言ってみたら、軽く拗ねられた。そんな事言われても、気になるんだから仕方ない。大口開けて欠伸する女なんて、見ていて気持ちいいものじゃないしね。
勇ましい事が悪いとは言わないけれど、外見が外見なだけに、そのギャップにたまに頭痛を覚える事があるし。・・・あ、そういえばこの前、草壁に「お二人とも童顔ですよね」とか言われたっけ(むかついたから殴っておいた)。


「そんなんだから沢田綱吉に『たまに男らしい』とか言われるんだよ」
「っ、・・・!? さ、沢田先輩は関係ないっ!」
「ワォ。その反応、からかっていいって事かい?」
「・・・っ」


別に僕はどうだっていいけど。悔しそうに顔を顰める澪に、小さく笑ってそう返すと―――澪は、まだ傍においてあったクッションを両手で握り締めると、それをぼふぼふと僕に叩き付けてきた。
少しムッとなりながら、一撃目と二撃目はちゃんと腕で防御してみる。三撃目にタイミングを合わせてクッションを取り上げようと掴んだけれど、澪も両手でぎゅうっとクッションを握っていて―――結果、ひとつのクッションの取り合い状態になり、正方形であるはずのそれが悲惨な形になっていた。
顔を顰めて澪を見るけれど、澪はむすっとした表情のまま僕を睨みつけている。・・・仕方ないから、フリーな方の手を澪へと伸ばすと、それに驚いた澪が慌てた様に両手を離し、僕から距離をとった。
・・・別に、取って食うつもりはないんだけどね。


「―――澪、」
「やだ」
「・・・(まだ何も言ってないんだけど)」


軽く溜め息をひとつ。
とっくに痺れの引いた足を動かしてソファへと座り直し、同じソファの隅の方へと身を縮める澪を一瞥(・・・なんだか、天敵を警戒する小動物みたいだ)。澪は逆に・・・何と言うのか、毛を逆立たせようとして失敗している子猫みたいに僕を見詰め、―――僕の膝の上に乗るクッションをちらっと見てから、顔ごと視線を背けた。
・・・あぁ、成る程。


「いつも言ってるだろう。僕は聲が聞こえないんだから、甘えたかったらちゃんと言葉にしろって」


―――恐らく、最初から。もしかしたら、僕が本を読んでいたころから、澪は甘えたかったんだろう。僕が本を読み出したから邪魔するわけにも行かないし、そうこうしているうちに僕が寝てしまって、仕方ないから膝に頭乗せてみたら澪も寝てしまった、って言うところか。
で、起きたら起きたで拗ねるとか。子供じゃないんだからとうんざりしながら、・・・正直、少し嬉しい。
予想は的中していたみたいで、澪も驚いたように目を瞬かせて―――けれどまた、少し拗ねたように唇を尖らせた。


「・・・お兄ちゃん本読んでいて、私の声聞こえてなかったでしょう」
「確かにそれは、僕が悪かったけど・・・問題はその後だよ。膝枕はいいとしても、何で拗ねるの」


拗ねるというよりは、我が侭を言い出した、が正しいかもしれないけれど。


「・・・それに―――言い訳するつもりはないけど、読書の最中に声かけられてもね」


そっちに集中してるんだから、曖昧な返答や反応しか期待できないのは、寧ろ目に見えているじゃないか。


「違う。読書をやめてほしかったわけじゃない」
「?」
「ただ、・・・返事してほしかっただけだもん」


ソファの上にちょこんと座り、立てた膝を軽く抱え、その膝に顔半分を埋める澪は、そう言うと―――少しだけ寂しそうに、身を縮こませた。
・・・思考回路が麻痺する、というのか。一瞬何も考えられなくて、ぽかん、としてしまう。・・・だもん、って何それ。何その反応・・・って、いや、違う。今僕が考えるべきは澪の言葉遣いじゃないだろ。
気を取り直して、記憶の糸を辿ってみる。―――確かに、生返事なら読書中何度か返した記憶はある。けれど、・・・ちゃんとした返事を返した記憶は、ない。
澪は、それが嫌だったんだろうか。・・・ちゃんとした返事を、たった一度でも返していれば、今澪はこんな表情しなかったのかな。


「・・・寂しかった?」
「―――・・・。」


実に素直に、小さく頷いた頭に―――苦笑する。
我が妹ながら、可愛らしく育ったものだ。・・・これは兄の欲目だと認めるけど。


「ごめんね、澪」
「・・・いいよ。もう」


そのまま謝ると、澪はチラッと僕の顔を伺うように見上げてから―――くすぐったそうに笑って、肩を竦めるようにして小さく答えた。
それに安心して笑い返してから、


「(・・・おいで、)」
「!」


澪に、両手を差し出した。
驚いたような表情の奥で、ぱぁっと花が咲いたような喜びを見付けて、胸中で苦笑。同時、ぽすっと寄り添ってきた細い体に―――いつもの如く、その愛おしさに笑った。
ぎゅう、と控えめに(けれど強く、)僕の服を握り締める手を見下ろす。そっと手を伸ばして、包むように優しく抱き締めてあげると、澪は何時も嬉しそうにくすくす笑ってくれる。
すり、と擦り寄ってくる頭を撫でてから、僕も澪の首筋に頬を寄せた。


「・・・本当に、甘えたかったんだ?」
「うんっ」


・・・正直すぎるよ、澪。
胸中で呟いてみても、何だか満足そうに頬を緩める澪に(例え聲だけだとしても)何も言えなくなって―――その笑顔は幸せだって証拠だったらいいな、と、祈るような思いで静かに息を吸い込み、


「(・・・澪のにおいだ、)」


僕の『安心するにおい』に、少しだけ目を細めた。


























ずぅっと―――いっしょ。




■□■□■


今回は紗蘭々様のリクです。ありがとうございました!


ページ数いつもより少なめですが、書いた身としては満足行く出来になりました。
普通に「兄妹」としての彼らに妄想を膨らませながら、楽しんで執筆できましたし。

雲雀さんを雲雀さんじゃなくなりそうなくらい「兄」らしくしてみましたが、いかがでしょうか。
これをキャラ崩壊と取るもよし、空悪の雲雀さんとして受け入れてくださるもよし。後者であるとすごく嬉しいと言うか死ぬほど嬉しいと言うか



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