道化師の画策



何とかとシスコンは紙一重。





道化師の画策








点呼を済ませたら自由行動―――俺は次の集合時間を全体に伝えた後、即座に解散とした。
こいつらだってもう中学生なんだ。幼稚園児じゃあるまいし、やっていいことと悪いことの区別くらいつくだろう。それをわかっていて敢えて悪い事をするようなガキは教師の責任じゃなくて親の責任だろぶっちゃけ。・・・なんて、欠片も思ってませんとも、えぇ断じて。
他のクラスよりも随分早く解散になり、周囲に生徒が居なくなった時点で―――俺は、一度正面を見上げた。


「・・・よくまぁ、作ったよな・・・」


一階だけがただの売店。二階以上はただの物置。そんな建物の、けれど素晴らしい外見を見る。
始めて来る所じゃないけれど、だからと言って「遊びに行こうぜ!」なんて気軽に入れる所でもなく。
俺は肩を落として踵を返し、学年主任に一言断り、つい数分前に潜ったばかりのゲートをもう一度潜り、駐車場へと向かった。今から園内に入る多数の客と擦れ違うけれど、逆に、俺と同じ方向に向かう客は皆無な訳で。
数台の大型バスが停まっているそこに向かい、並中1-Bのバスを見付けて乗り込む。まだ運転手さんとバスガイドさんも近くに居るし、扉も開いている―――開けておかなくてはいけないだろう、中に未だ生徒が残っているのだから。
バスの外にガイドさんと運転手が居るのを確認、バスの中には目的の生徒以外は誰も居ない事を確認してから、


「―――澪?」
「・・・・・・・・・」


彼女の名を呼んだ。
でも、返答はない。一番後ろの広い席、そこに横になって蹲る小さな体に肩を落とした。
―――椅子に顔を埋めていて、腕もあって髪もあって、その表情は見えない。けれど、この数時間でとても疲弊しているのが手に取るようにわかる。他人の前では拒絶にも似た硬い空気を張っているこいつなのに、数時間バスに揺られただけで、随分とまぁ弱々しい空気になったもんだ。


「・・・・・・コレばっかりは薬で治るもんじゃないからなー・・・」


乗り物酔い。と言えば、未だ可愛らしい響きだ。
澪の場合は周囲の『聲』も相成って、その症状は更に凄まじいだろう。加えて、澪はこういう多人数参加型の行事に慣れていないだろうし、長時間バスに乗った事だってきっと初めてだ。
高速の途中で寄ったサービスエリアで、嫌がる澪に半ば無理矢理酔い止め薬は飲ませたが―――気休めでしかない。
さらり、とその髪を撫ぜた。同時、少しだけ動いた頭に「お、」と声を上げ―――けれど、見えた顔色に眉根を寄せる。


「体調、聞くまでもないか・・・まだ気持ち悪いか?」
「・・・・・・・・・」


眩しげに目を細めて小さく頷き、言葉もないままにまた顔を埋める澪。
その目がうっすらと涙目であることに、ずき、と小さく胸が痛んだが、―――俺は医者でもなければ薬剤師でもないし、どうする事もできない。酔い止めの薬を飲ませると言う、できる限りの事はもうやってしまった。後は何をすればいいのか。
・・・。


「水でも飲むか?」


力なく首を横に振られた。・・・まぁ、予想していた事だが。
―――俺に、どーしろと?


「・・・なぁ澪、一度外に出てみよーぜ」
「・・・?」
「こんな閉鎖した空間に居たら、余計気が滅入らないか? ちょっと外に出て、風に当たった方がいい」
「・・・やだ」
「うん?」
「太陽・・・嫌い・・・眩しい」


吸血鬼か何かかコイツは。
思わず口元を引き攣らせたが、何かを言いかけたらしい自分の口を引き結び、溜め息に変換して吐き出すことに成功した。


「・・・バスの後ろは、今丁度日陰だから。な?」
「でも・・・外、明るい」
「目でも閉じてろ。ほら行くぞ」
「っ、」


それでも尚、嫌だと首を振る澪にやきもきし、やっぱり強硬手段に出た。・・・別に時間をかけて説得させてもいいけど、俺が個人的に、コイツの辛そうな姿を見たくないってのもある。
小さな体に手を伸ばすと、その細い肩がびくりと上がった。疼く罪悪感を黙殺、ひょいと抱き上げて。


「っせ、先生、嫌・・・! 下ろしてっ、離して・・・っ」
「はいはい、いい子だから暴れなーい」
「・・・!」


抱き上げる、と言うよりは・・・抱っこ、と言うべきか。小さな子供を抱き上げるようにしてやると、それに驚いたらしい澪が暴れた。大人しくさせるためにわざと腕一本で小さな体を支えてやれば、落ちまいと慌てて自分からくっついてくる。
首にしがみ付く細い腕に思わず笑うと、思い切り髪の毛を引っ張られた。笑いながら痛い痛いと言ってみると、効果がないと思ったのかむすっと手を離してくれる。・・・頑張った、俺の頭皮。


「―――ほら、外。風がきもちいーだろ」
「・・・・・・・・・」


バスの後ろ、丁度日陰になる部分にゆっくりと下ろしてやる。顔色を伺ってみると、何時も以上に青白いのは変わりないが、でも一時期よりはよくなってきた。薬のお陰だろうか、兎に角内心で胸を撫で下ろす。
それでも、何故か俺の服をぎゅっと握り締めて離さない両手に首を傾げて、


「・・・兎に角、澪。お前もみんなと、」
「嫌。」


遮って返された拒絶に、肩を落とした。

・・・日帰りでどこかに出かける事を遠足と言うのなら、これは遠足だった。ちなみに場所は、とある有名な遊園地だったりする。
学校側が勝手に企画したこの遠足の目的は、一年に所属する生徒同士の交友を深めること。そんなの学校側が口出しするものじゃないと思うが、その辺は未だいい。俺が不満なのは―――こういった行事は、友好を深める事のできる生徒に限定されて効果を発揮するもので、他人とのコミュニケーションが苦手な内向的な生徒においては、半日もの間、苦行を強いているのと同意だということ。
クラスに一人二人は、孤立した生徒が存在する―――俺のクラスの場合、澪がそうだ。


「・・・何が、嫌なんだ?」
「・・・全部」


―――仕方ない。
ちょっと頑張って、コイツの胸中を埋め尽くしているだろう鬱々とした気分を、吹き飛ばしてみようか。


「全部って、どこからどこまで?」
「全部だよ。遠足も生徒も教師も、みんな嫌い。・・・沢山の人の中に混ざるのも嫌い。五月蝿いのも嫌い」
「うん、」
「・・・やることを強制されるのが嫌い。―――納得できない規則や理念を強制してきて、個人の意思や思考を頭ごなしに否定して。個人を尊重するとか言ってるくせに、必ず誰かが派閥や迫害の被害に遭う」
「うん」
「・・・嫌い。全部、みんな、大嫌いだ」
「―――そっか。みんな、嫌いか」
「・・・、」


言い終わったのを確認してから、復唱する。
―――要するに、澪も恭弥と同じ、自分を束縛するものが嫌いなんだ。容易にそれに辿り着いて、思わず零れた苦笑は仕方ないもの。俺も、澪くらいの時から似た様な事を考えているんだ、笑ってしまうのも無理はない。
・・・けど、その苦笑を澪はどう取ったのか。未だに掴んだままの俺の服に力を込めて、少しだけ焦ったように弁解してきた。


「違う、三崎先生は好きだよ」
「・・・うん?」


一瞬、首を傾げるが―――直ぐ、ぴんと気付く。まさかとは思うが、「教師も嫌い」発言を自分で気にしてくれちゃったのか、こいつ。
だとしたらすごく可愛いが・・・さて、どうするべきか。


「うん、ありがとう、澪」
「・・・・・・・・・」


とまれ、嬉しい事には違いない。隠し切れない嬉しさに思わず笑んで、ぽん、と頭を撫でてやる。暫くじっと見詰めてきたと思えば、安心したように小さく息を吐き出したのがわかった。
・・・ふむ。


「よし、澪。俺とデートしよう」
「・・・え、」
「そーと決まれば行くぞー」
「ちょ、あの、・・・え、決ま・・・え?」


その顔色が、随分とよくなってきたことを確認してから。
細い手をそっと握り締めて、けれど半ば強引に、混乱する澪を引いて入園ゲートへと足を向けた。






* * * *






何のアトラクションに乗るわけでもなく、どこかお店に入るでもなく、散歩気分で適当にブラブラ。勿論、他愛もない会話込みで、何故かずっと俺の服の裾を指先で摘まんでいるが、それは欠片も気にせずに。
そもそも、この夢の国の敷地内にあるセットは、見学するだけでも何気に楽しめるものだ。澪との会話にもちゃんと耳を傾けつつ、周りの風景にも視線を廻らせる。まれに道中でやってるパントマイムなんて、澪は始めて見るものらしい。本人の口からは聞かないが、俺の後ろに隠れながらも興味津々に眺めている様子を見ればそれは一目瞭然だった。
その代わり、遭遇するきぐるみの方々は、どんなにキュートなきぐるみを着ていても怯えて近付かなかった。・・・これにはきぐるみの方々も困り果てていて少し面白かったな。


「そりゃあ、あの恭弥だもんな。あいつが行かなければお前も行かない、か」
「うん」


ちょっと休憩がてら、売ってたアイスを頬張りつつベンチに腰掛け、一息。


「テレビとかでやってて、此処の存在は知ってたよ」
「行きたいとは思わなかったのか?」
「ううん、逆。人がいっぱい居たから、絶対行きたくないって思った。・・・多分、気分も悪くなるだろうし」
「・・・冷静だな」
「そうかな」


ぱくり。乳白色のアイスを頬張りながら、目の前を横切っていく人々に視線を向けて―――それから、そろりと澪の方を見る。彼女も眼前の人の流れを呆然と見送りながら、黙々とアイスを口に運んでいた。


「・・・アイス、美味いか?」
「―――しょっぱくて、甘い」
「まぁな。塩アイスだし」
「うん。・・・おいしい」
「そか」


その一言に少し安心して、小さく返す。
―――澪は、基本的には無口な奴だと、判っている。判っているからこそ、こっちも無理に会話しようとは思わない。沈黙の空間も、心地いいものがあれば居心地悪いものがあるけれど、俺にとっては澪とのそれは前者だった。
勿論それは、澪にとっても俺との沈黙が心地いいものである理由にはならない。十人十色と呼ばれるように、人それぞれ、受け取り方も考え方も価値観も何もかも全然違う。だからこそ願うのは、「俺と一緒に居る空間」が、澪にとって少しでも苦でなければいい、と。
・・・尤も、そんなのは今の今までで既に解決している。道中、某ネズミの王様のきぐるみを前に、俺の服の裾をぎゅうと掴んで離さず、必死に俺の背後に隠れてた姿を見れば―――俺が澪に慕われているのは、自惚れじゃなく事実だ。
思わず、心の中だけで笑った。嬉しいと思うのは否めない。澪であるならば、特に。・・・それが「夜空」としてか、それとも「雲雀澪」としてなのかは、今は目を瞑ろうか。


「・・・先生」
「ん?」


おずおず、と言う風に質問してきた澪。即座に思考回路を遮断して答えてみれば、少しだけ申し訳なさそうに俯いていて驚いた。


「どうした?」
「その・・・ごめんなさい」
「・・・うん? 何で?」
「今日、迷惑ばかり、かけたなぁって・・・思って・・・」


気落ちした声に、一瞬訳がわからず目を瞬かせる。
・・・今日? 迷惑かけた? って、・・・まぁ、うん。俺は迷惑だと思ってないけど。


「具合、悪くなっちゃって・・・しかも、一緒に、園内を散歩してくれた。私、一人で歩いて時間潰すか、途中で仮病か何か使ってバスにいるつもりだったのに」
「仮病ってお前な・・・。まぁ、バスに酔って具合悪くなったのは嘘じゃないんだろ? 園内デートは成り行きで、」
「でも・・・先生、教師として何かやることあったんじゃないの?」
「そーゆーのは生徒が心配する事じゃありまセン。それに丁度よかったんだ、澪を放っておいたら後々怖いからな」


主に学校に帰った後とかな。


「・・・でも、ごめんなさい」
「―――まぁ、振り回された感じはあるけど、迷惑とは思わないよ。・・・それに、謝られるより感謝される方が嬉しいかな」
「・・・。・・・ありがとう」
「どーいたしまして」


おずおずと呟いた澪の頭をぽんと撫でる。すると、少し嬉しそうに微笑まれて、思わずこっちも頬を緩ませてしまった。いかんいかん、俺みたいな成人男性がこんな緩みきった表情すると、変態と言う枠組みに属されてしまうんだ。気をつけなければ。うん。


「それにな、澪」
「?」
「男を振り回すのは、かわいー女の子の特権なんだ。今のうちに振り回せるだけ振り回しておけ」
「・・・ふふ、なぁに、それ」


そう言って、控えめにくすくすと笑う澪。―――そんな彼女の笑顔を見て、少しだけ、目を細めた。
入学当初に比べ、本当に、見る間に笑顔が多くなった。教室では相変わらず無表情が多いけど、日常のちょっとした瞬間とかに喜怒哀楽の感情が垣間見える機会が多くなったし、恭弥や沢田たちとの会話ではいろんな表情がよく現れるようになっている。
・・・誰のお陰なんて、考えたくもないけど。


「あ、鳩・・・」
「あー・・・この辺のは、人間に餌付けされてるからな。・・・さっき買ったポップコーンでもあげてみたらどうだ?」
「・・・いいの?」
「ダメだろうけどさ」


足元に近付いてきた数羽の鳩が、「何かくれー」って感じで周りをうろうろしだした。そんな鳥類を見て澪が首を傾げて聞いてくるけど、そこは澪の自己判断にお任せする。
個人的な意見としては、人間の食べ物は人間の食べ物だ。保存料だとか着色料とか膨張剤とかなんて必ず入ってるもので、それはあくまで人間の規格内で人体に害はないとされた分量が入っている。鳩とかサルとか鯉とかが食べても悪影響がまったくないなんて保証はない。何かあっても責任取る覚悟があるならどんどんやればいい。責任取れるなら。
澪は少しだけ考えた後、ポップコーンを一粒手に取り、それを千切るように押し潰し、細かい粒状のものにした。それをさっと鳩のあたりにばら撒くと、鳩は地面に落ちたそれを突いて食べていく。
その様子をじっと見ている澪。何かに感動したのか、その顔は無表情ながらもキラキラと輝いていた。


「先生、もっとあげていい?」
「・・・まぁ、俺は止めないけど」


こういうところは子供だな、と思う。
普段とのギャップに少々引きながらも答えると、澪は今度は数粒のポップコーンを取ると、それを全部さっきみたいに粒状にしていく。掌の上で軽く山になったそれを零さないようにしつつ、ベンチから立ち上がってからその足元にしゃがみ込んだ。
澪が立ち上がったことで一度遠くへと早歩きで移動した鳩たちも、澪がしゃがんだのを確認後にまたてこてこと歩み寄ってくる。それを見て、澪は手の上のポップコーンを一つまみ、地面へと放った。それをまた鳩が食べていく。
その内、人間に慣れているのか、スズメも寄ってきた。びっくりしたように一度目を瞬かせた澪だけど、澪がばら撒いたポップコーンをスズメが突きだしたのを見て、更にポップコーンを撒こうと一つまみ、


「・・・!」


したところで、スズメが「掌にポップコーンが沢山乗っている」と気付いたのか、小さく羽ばたいて澪の手の上に乗ってきた。
・・・本当に、人間慣れしたスズメだ。流石にここまで慣れてるとは思わず、俺も不覚にもびっくりした。―――けれど即座に「イイコト」を思いついて、内心ほくそ笑みながら静かにポケットへと手を伸ばし、ケータイを取り出す。
澪と言えばきょとんと目を瞬かせて掌の上を見詰め、スズメは我関せず、澪の手の上にのるポップコーンを突いている。―――そんなスズメをぽかんと見詰めた澪は―――・・・けれど直後、俺の予想通りにふわっと微笑んだ。
その瞬間を逃さず、起動したケータイのカメラ機能で激写。


「っ、え?」


ぱしゃり、と言う音に気付いて驚いたようにこちらを振り返った澪。その驚いた表情も―――ぱしゃり、と一枚。
目を丸くして見上げてくる澪に笑い返して、・・・二枚の写真がちゃんとデータフォルダに保存されてるのを確認後、まだ驚いてる澪に向き直り、


「お気になさらず。」


イイ笑顔を貼り付けてみせた。





* * * *






「―――お、恭弥。メール見てくれた?」

「・・・出せ」

「うん?」

「データを全部出せ。澪が映ってるの全部SDカードか何かに落として出せ。勿論ケータイ内のメモリにあるのは削除しろ」

「いくらで?」

「(また金か・・・!)・・・一万?」

「あははははこの話しは無かったことにしてくれ安すぎる」

「え、なっ」

「おー、そこを行くのは沢田君その他じゃないですか!(金ヅル!)」

「三崎先生・・・さわだくんってなんですか」

「しかも『その他』って酷いのなー」

「十代目に馴れ馴れしいんだよ!」

「(はいはい忠犬は無視するとして)なー沢田、澪の写真いる?」

「は?」

「ちょっとこっち来い」

「ぐぇっ、って待って恭弥君俺この歳になって年下の男の子に首根っこ捕まれて引き摺られるなんて嫌だなー?」

「首がよかったかい、じゃあ遠慮なく」

「遠慮しろ莫迦殺す気か」

「うん死ね。」

「流石に酷いぞお前」



「・・・結局なんだったんだ?(澪ちゃんの写真?)」

「さぁ・・・?」

「三崎先生、なんか楽しそーだったな!」































莫迦とシスコンは使い様。







■□■□■



今回は星音様のリクエスト、学校行事でオリキャラの先生と兄上夢でした。ありがとうございました!

リクに答え切れてない。兄上どこよ。

いいな遠足。そうだ京都へ行きたい。




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