Wandering Shadow


光に埋もれた、物語。




Wandering Shadow









屋上への階段を登る、男子生徒が一人。
一般の男子生徒用のブレザーの制服をしっかりと着こなしている彼は、どこか腑に落ちないような、釈然としないような表情を浮かべていた。
染めていない黒い髪、シンプルなデザインの眼鏡、第一ボタンまで留められたYシャツ、奇麗な形で隙間なく結わえられたネクタイ―――疑うまでもなく、優等生たる出で立ち。事実彼は優等生と呼ばれる枠組みに属される。それを自負しているからこそ「優等生を演技しなければならない非日常」にうんざりしていた。
自分だけの足音が静かに響く。この先に一体何が待ち構えているのかと思うと、果てしなく気が重かった。


「(・・・一体、あの人は何を考えているんだろう)」


即ち、彼が最も信頼を置く人物。名を挙げるならば三崎傑で相違はない(但しそれが偽名である事は知ってはいるが)。
裏では「十陰」と言う通称で呼ばれている彼。その彼が考えている事は複雑で、でも単純で、よく判らなかった。一つの物事を、考え得る限り迅速で効率的に無駄なく、且つ、可能な限り無理に無意味に無邪気に処理しようとすれば、もしかしたら彼の考えが手に取るように理解できるかもしれないけれど。
―――「今日の放課後、屋上に行ってみろ」。
何かを含んだような、けれどどこか楽しそうな笑みを浮かべてそう言ってきた彼に、文句を言うつもりはなかった。・・・そもそも自分は、彼の掌の上なら、別に転がされたっていいと思っているのだから。
屋上へと出る鉄製の扉を前にして、半眼になる。けれど、彼に言われたならばやるしかない。小さく溜め息を吐き出すと、扉に手をかけた。


「―――・・・?」


目に入ったのは、青い空。白い雲。そして灰色の校舎と―――フェンスの向こうに倒れているように見える、並中の制服を着た、どこからどう見ても中学生ではないオッサン。
見覚えがあるその姿に、頭痛を覚えた。・・・相手は未だこちらに気付いていない様だが、さてどうするか、と思案する。


「(マングスタ、だったか・・・?)」


彼についての情報を、記憶を一巡りしながら脳裏にずらりと並べてみる。
マングスタ。某海賊紳士の国出身。トマゾファミリーの後継者である内藤ロンシャンの家庭教師を勤める男性。実年齢は43歳だが、時折唐突に並中校内に制服姿で現れては内藤ロンシャンを精神的にも物理的にも持ち上げ、更には風紀委員の手をすり抜けていつの間にか居なくなっている。
と、ここまで考えて―――本格的に傑の考えが判らず、眉根を寄せた。自分がマングスタに対して何かすることを傑は期待している、と言う事はわかったが・・・それ以上はさっぱりわからない。そもそもここは「表」舞台、下手に「裏」の人間と接触するのは彼としても避けたいだろうに、何故逆に接触を図るのか。
今一度、マングスタを見据える。―――「屋上に行ったら、後はお前の自己判断に任せるよ」。傑の楽しそうな声が、脳裏でリプレイされた。


「(任せる、って言われてもな・・・帰るって言う選択肢は認められないだろうし)」


彼は、自分に一体何を期待しているのか―――そう考えたとき、マングスタがあたふたと何事か囁いたのが、風に乗って聞こえてきた。


「しまった、思い出したぞ―――アレは最強の不良、雲雀恭弥! ロンシャン君の命が危ない・・・!」


・・・雲雀、恭弥。
その名前に―――正確にはその「苗字」に目を見開いた。眼下の出来事に夢中なのか、やはりこちらの存在に気付かないマングスタを放置し、急いでフェンスへと歩み寄って下を見下ろすと。
中庭にいる数人の生徒・・・内藤ロンシャン、沢田綱吉、アルコバレーノのリボーン、雲雀恭弥と―――雲雀、澪。
その姿に、呼吸を、忘れる―――。


「作戦変更です・・・!」
「!?」


けれど、耳を突いたその台詞に呼吸は再開した。まさかと思いマングスタの方を一瞥、同時にズガンッと音が響く―――今更ながらに気付いた。彼が伏せるそこに、長距離射撃のライフルが装備されている。伏せているように見えたのはそれの所為でもあったんだろう。
視界の隅で考えながら、再度中庭へと視線を落とした。マングスタが撃った弾は「嘆き弾」という特殊弾の一つで、それはロンシャンに当たったようだった。どさりと倒れた後に脱皮するように復活するそれは、昨日の今日で目に焼きついている―――クラスメイトと共に唖然呆然としながらも、そのあまりのウザさに胸中で顔を盛大に顰めて舌打ちしまくりだったのは記憶に新しい。


「・・・・・・・・・」


今一度、中庭へと意識を戻す。
沢田綱吉も嘆き弾の餌食となったが、雲雀恭弥にそんな悲嘆は届くはずもなく、文字通り咬み殺されだした。
いい気味だ、と嘲笑したのは胸中でのみ―――この場には(こちらに気付いていないとはいえ)マングスタも居るのだ。自分を嗜めながら、けれど冷たく目を細めてそれを見下ろし。
・・・その時、

―――ズガンッ!!

三発目の銃声と共に、中庭に居る雲雀澪が座りこんだのが見えて、爆発にも似た衝動が全身を駆け巡る。愕然と凝視していると、彼女は酷く血の気が失せた顔をし、震える手で耳を抑えたのが見えた。


「・・・っ、」


全ての音が消失していく中で、脳裏に一つの声が何度も何度も響いてく。
―――「自己判断に任せるよ」。






* * * *






屋上にへたり込む少年を見下ろして、傑は至極楽しそうに笑った。


「・・・さて。」


呟き、けれど音もなく視線を逸らす。少年が座る直ぐ近くに、無造作に二つの小型の銃が転がっていた。
更に視線を彷徨わせると、黒く焼け焦げたような弾痕が屋上の床に転々と存在している―――小さく呼吸をすると、僅かに残る硝煙のにおいが鼻を突いた。
もう一度、少年を見た。・・・呆然自失、と言った所か。顔は俯き、眼鏡の奥にある目は見開かれていて、床に着いた両手も肩も、小刻みに震えている。細かい呼吸が繰り返されているのを小さく聞き取れて、くつ、と咽喉の奥で笑いを潰した。
そうして、更に視線を奥へと向ける―――屋上の、奥へと。そこには、特に弾痕が密集して存在し、その中央には男性が柵に背を預けるようにして腰を抜かしていた。


「マングスタ」


そんな彼に、声をかける。
びくり、と身を竦めたその様子を見て、思わず失笑が漏れてしまったのは致し方なかった。全身から脂汗が吹き出ているのがここからでも判るし、引き攣った顔は青褪めていて血の気がない。強張った呼吸に伴い、ヒュー、ヒュー、と言う擦れた音がその喉元から漏れていた。
―――まさかこの「表」舞台で、しかも見た目優等生な一般人だろう中学生に、目の前で拳銃を乱射されるとは思っていなかったんだろう。どうする事もできず、全身全霊で必死に逃げ回る様は最高に可笑しかった。観ていて腹筋が痛くなるほどに。


「先刻、お前が撃ち損ねた女子生徒―――雲雀恭弥の妹、雲雀澪」


その名を呟いた瞬間、足元にて項垂れる少年が小さく反応したのを視界の隅で捕らえたが、敢えて何も言わず。


「彼女は何者か、知らなかったことが悪いとは言わない。が、もし彼女が『何者でもなかった』として―――つまり、一般人だとして。マフィアってのは、いたいけな女子中学生に銃を向けるほど落魄れたのか?」
「なっ! 我がトマゾファミリーを莫迦に―――!」
「トマゾもボンゴレも、『俺たち』に言わせれば“所詮マフィア”の一言で終わるんだが。・・・お前はもう少し、情報に精通した方がいいと思う」


後半は、少々同情交じりに呟いてみる。
そこで始めて、マングスタは冷静になりだしたらしかった。―――未だにヒューヒューと荒い呼吸を繰り返してはいるが、その表情に多少なりとも血色が戻ってきた事を確認し、傑は音もなく笑みを深める。
それに気付かないマングスタは、けれど表情は強張らせたままで、続けた。


「・・・なんだ・・・? お前、何者だ・・・!? た、ただの教師が、何でマフィアの事を・・・」
「ただの教師、か―――呆れ通り越して頭痛がするな・・・」


けれど、傑は敢えて、その質問に答えることはなく。ただ、うんざりと肩を落としてそう呟き、首を振った。
そしてふと視線を落とした先、床を転がったままの二丁の銃をそれぞれ拾い上げる。


「―――判ったか、伊住」
「・・・・・・・・・」


銃をポケットにしまった傑は、俯き黙る少年の後頭部をポンと叩き、小さく呟いた。


「自分以外のダレカの為に戦うなんて、莫迦げてると思うだろう?」
「・・・言い返せません」
「うん」
「―――言い返せない自分が、憎いです」
「・・・うん」


小さく頷いた傑は、少年の気落ちした声色を聞きながら、ただ悲しげに笑った。
何かを押し殺したように見えなくもないその表情に、俯いたままで何となく気付いた少年―――伊住と呼ばれた彼は、そっと傑を見上げた。何て言えばいいか判らずに一瞬戸惑い、何も言う事が決まらないまま唇を開いたが、しかし。


「・・・そ、そうか、わかったぞ。その声、顔・・・どこかで見聞きした覚えがあると思ったら・・・お前、お前・・・!」


震えた声が耳に飛び込んできて、その不愉快さに思わず顔を顰めた。
声の主、マングスタの方に視線を向ける。彼は再度、まるで幽霊か何かを目にした人間のように顔を青褪めさせてこちらを指差していた。


「お前、『陰』か・・・! 『悪魔の目』を、」
「マングスタ、」


それを、遮って。
面白そうにくすくすと笑った傑は、小さい子供に言い聞かせるように彼の名を呼び、更に自身の笑う唇に「しぃー、」と指先を押し当てて。


「それ以上は言わない方がいい」
「―――な、何・・・」
「トマゾの後継者、殺してほしいか?」
「・・・ッ、ひぃ!!!!!」


それまでと同じ口調で、同じ声色で、同じ表情で呟いた傑。そんな彼に一瞬目を瞬かせたマングスタは、けれど瞬時にその意味を理解して、細い体を更に細くするようにして竦みあがった。
その様を見て、傑が満足そうに頬を緩める。
そして、

―――ギィ、

鈍く小さい音を立てて、屋上の扉が開かれた。
顔を除かせたのは―――、


「・・・や。恭弥」
「―――傑・・・」


顔を顰めた、某風紀委員長。
更に身を竦めたマングスタを視界の隅に収めつつ、何時もの様に笑みを浮かべた傑に、けれど雲雀はその整った顔に「不愉快。」の文字を余す事なく浮き上がらせる。


「・・・一つ、聞くけど」
「うん?」
「君は、こうなる事を予想した上で、澪を探していた僕に、澪の正確な居場所を教えたの?」
「うん。何もかも予定通りだ」


答えを聞きながら、雲雀は無言で視線を滑らせる―――傑に、彼の足元にへたり込む男子生徒。いくつもの弾痕が残る屋上。一番奥に、青褪めた表情を引き攣らせた男性。・・・彼の直ぐ近くに無造作に転がるのは、ライフル。
それを見て、目を細めながら胸中で低く囁いた―――コイツか、と。


「もう一つ良いかな」
「何だ」
「そこに居る大人に、僕やあの子を撃つ様に指示したりは?」


小さく鼻で笑い、首を振った傑を視界の端で確認する。


「お前を怒らせるだけだ。在り得ない」


―――それから、沈黙がその場を支配した。
黙り込みながら、雲雀は傑を見据えた―――疑っているつもりはない。ただ、どうもその言い回しが気に障った。
傑が持つ物事の判断基準とは、「自分にとって利益になるか損害になるか」に尽きる。雲雀が怒るか怒らないかが基準ではないのに、まるでそれで判断したと言いたげなそれが気に食わない。言い換えれば、自分が怒らなかったら在り得るという事だ。
そんな考えに行き着くと同時、す、と雲雀の目元が鋭利なものとなり―――それを見計らったように傑が続けた。


「勘違いするなよ。お前が怒ると俺も害を被るって意味だ、他意はない」
「・・・どーだか」


足元に座る少年に手を差し伸べながらの彼に、鋭い視線を向けたまま。
更に、続ける。


「―――『珍しいモノ』を持ってるね」
「「!」」
「・・・さっきは持ってなかったはずだけど?」


言いつつ、視線を背ける。自分の足で立った生徒が、困惑した視線をこちらへと向けたが無視し。
見据えた先は―――先程の、大人。


「あぁ・・・今ここで、拾ったんだ。ほんと、物騒な落し物だ」
「・・・そこの生徒の私物、という可能性は?」
「どうだろうな。こいつがこれを使ってるのは見てないし、俺がここに来たときには、もうここに落ちていたから」


嘘とも本当とも取れない笑顔をうっすらと浮かべて、慌てた様子もなく雲雀に返した傑。
今一度だけ傑を一瞥した雲雀は、その後で彼の傍で雲雀と傑を交互に見やる男子生徒を一瞥。―――目が合うと、彼は小さく肩を竦めて視線を逸らした。
雲雀は、直ぐに彼らから興味が失せたとでも言うように男性へと向き直り。


「・・・まぁ、いいや。取り敢えず今は―――彼を咬み殺せれば」


その言葉に顔を青褪めさせた男性に、銀に煌くトンファーを構えた。
一連の動作を確認するように眺めてから、声に出さないままで何やら可笑しそうに笑った傑は―――男子生徒を促して、静かにその場を後にする。
絶望からなのか、それとも己の無力を感じたからなのか、焦燥に駆られたような表情を浮かべて一向に顔を上げない生徒に気を配りながらも―――その背後で屋上の扉が閉まった直後、外から響いた野太い悲鳴を聞き流して。






* * * *






その数日後、トマゾファミリーは一旦崩壊する。

元々、お莫迦な次期ボスに不平不満を訴える部下たちにより内乱が激しかったファミリーなので、その崩壊は勝手に「内部崩壊」と思い込まれ、周囲のマフィアたちの意にも止められなかった。






『―――こんばんは、黄色いの。』


「・・・テメェか。俺に電話かけてくるなんて、珍しいな」


『あぁ。ちょっと―――』






トマゾが崩壊する前々日の夜、






『・・・トマゾファミリーのアジト、知りたいかなぁ、って思ってさ・・・?』






こんなやり取りがあったことを知る者は―――極めて、少ない。



























光に消された、物語。






■□■□■



匿名様リクの先生が暗躍する話でした。ありがとうございました!

暗躍ってことについて色々妄想してたらスケールでかくなり過ぎるという罠に嵌りました。何故か未来の方々なんか出てくる始末。フライングにもほどがある。
暗躍しすぎです、先生。


余談ですが、オリキャラの男子生徒、連載にて嵐戦前にベルとマモ君にガン飛ばしてた瞬間移動の彼です。


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