My World Is Hers



時として世界とは、とても小さくなる。










本日未明。


「お風呂でバッタリって、とても素敵な状況だと思うんです」
「応接室で訳判らない発言は止めてくれないかな、歩く猥褻物」


並中に、骸さんが(本人曰く)遊びに来た。・・・らしい。
順を追って説明すると―――不法侵入(?)をしでかした彼が風紀委員に見付かった→お兄ちゃんが「変な髪形の侵入者を発見した」と言う報告を受ける→殺気満々でトンファー装備し応接室を出る→タンコブ作った骸さんを応接室にしょっ引いてくる、という流れ。
そして、現在。
骸さんの身元引受人として、沢田先輩を呼びだしたお兄ちゃん。真っ蒼な顔で飛んできた沢田先輩に状況を説明した私は、へなへなと脱力する先輩に苦笑(先輩は咬み殺されるんじゃないかと思っていたらしい)。
それから、何時もより賑やかになった応接室にお茶の香りを添えるべく、応接室に直結する給湯室に入り、今に至る。


「ちょ、骸! いきなり何て話題出してくるんだよ!」
「とか言ってる割に顔赤いですよ綱吉君」
「・・・沢田、まさか澪で想像してないよね」
「してないですから!?」
「ちなみに雲雀君、そんな状況になったことは?」
「一緒に住んでるんだし、ないわけが―――」
「真面目に答えないで下さいヒバリさーん!!!!」


今は何となく緑茶の気分。急須に茶葉を入れて、あと湯飲みも四つトレイに乗せて、後はお湯を注ぐだけ。
―――応接室から聞こえてくる会話に、時々くすくすと笑いながら。








My World Is Hers









「風紀の仕事が忙しくて、あまりにも疲れてお風呂入らないで寝てしまった翌日とかね。朝にシャワー浴びるから、・・・まぁ、澪は半分寝惚けてるけど」
「・・・。もしもし、雲雀君?」
「何、気持ち悪い」
「それお風呂から出てくるのは澪ですか」
「僕だよ」
「素晴らしいくらい立場が逆です。妹に湯上がり姿見られて恥ずかしくないのですか君は」
「君こそ恥ずかしくないの。こんな話題をよく平気で振ってこれるね、しかもこの僕に」
「(確かに・・・)」


応接室に二つある三人用ソファは、お兄ちゃんと骸さんが一つずつ、広々と腰掛けていた。沢田先輩は一人用のソファで肩身を狭くして座っていて、お兄ちゃんと骸さんの二人に挟まれている所為か、顔を蒼くしたまま体を震わせていた。その状態でも、ちゃんと胸中で突っ込んでるから凄い。
・・・でも、ちょっと可哀想になってきたから、少し急いでお茶の準備しようかな。


「てかヒバリさん・・・あの、何で俺呼び出したんですか」
「君がボスなんだろう。部下くらい引き取れ」
「(命令形!?)」
「雲雀君訂正してください。確かに僕は守護者みたいなものですけど彼を上司だなんて欠片も思ってないです、君と同じく」
「正直邪魔なんだ。視界に入れておくのは嫌だけれど、野放しにしておくのもゾッとしないし」
「無視ですか雲雀君」
「骸、取り敢えずクロームと交換して。そうすれば、少しはこの状況もマシに―――」
「は? 何言ってるんですか、冗談も休み休み言ってください」
「お前こそヒバリさん煽る様な冗談言うのやめろよ!?」


―――仲がいいなぁ、と思わず呟いた。そうして、小さく笑う。
お兄ちゃんと骸さんが聞けば、きっと二人同時に文句を言いだすだろう。沢田先輩に至っては、顔を蒼くして「そんな怖いこと言わないで」とか言いそうだ。別に怖いことなんて何もないのにね。
給湯室に緑茶の香りが漂う。何時も思うけれど、いい香り。お茶請けにお菓子をいくつか取り出して―――緑茶だから、お煎餅にしようかな。緑茶が入った湯飲み四つと一緒に給湯室を出て、


「遊びと称してますが、基本は澪に逢いに来てるんです。ついでに雲雀君への嫌がらせも兼ねて。クロームではどちらも意味がないでしょう」
「ワォ、本気でウザいね」
「クフフ、そのウザそうな顔最高ですね。楽しくて仕方ありません」
「ねぇさわだこいつころしていいよね」
「ヒバリさん待ってくださいせめて漢字変換してくださいぃー!!」


―――思いの外、お兄ちゃんがかなり苛々していて、一瞬呆気に取られた。
・・・やっぱり、お茶入れるために席外したのが駄目だったのかな・・・。


「お兄ちゃん待って、」
「!」


途端。
お兄ちゃんはぴたりと動きを止めて私を見て、沢田先輩はあからさまに胸を撫で下ろし、骸さんはパァッと顔を輝かせる。
・・・なんだろう、これ。三者三様、ってこういうことかな。
兎に角、お兄ちゃんを宥めるのが先だ。そう考えて、お茶の乗ったトレイをテーブルに置いてから、改めてお兄ちゃんを見上げた。


「駄目だよ、骸さんは遊びに来たって言ってるんだから。口論はいいけど、喧嘩はしないで」
「・・・・・・・・・」


むぅ、と唇を曲げて眉を顰めて、私を見下ろしてくる目。それをじぃっと見返していると、更にむっすぅと拗ねた様な顔をして視線を逸らし―――トンファー構えてソファから立ち上がっていた、その姿勢を崩した。
武器をしまい、少し荒々しくぼすっとソファに座り直す。・・・と、何かに気付いたのか、改めて正面を見たお兄ちゃんは、途端に不機嫌そうに顔を顰めて頭の上に青筋を浮かべた。それに驚いて、その視線の先―――骸さんを見ると、
・・・途端に表情を変えて、にこにこにこにこー、と私に笑顔を送ってくる。瞬時に行われたそれに、笑顔の前の表情は見えなかった。


「・・・?」


沢田先輩が骸さんに、呆れの混ざった侮蔑の視線を向けているのを視界の端で確認。
首を傾げてからもう一度お兄ちゃんを見ると―――さっきよりは不機嫌じゃないけれど、骸さんを睨んでいて。一瞬後、またさっきの様に苛立たしげに顔を顰め、


「澪。」
「っ!」


途端、鋭く名前を呼ばれてびくっと肩を竦めた。
慌てて改めてお兄ちゃんを見上げると、お兄ちゃんは、視線は骸さんを睨んだままで「(おいで、)」と私にだけ聞こえる聲で呟いてきた。何時もの通り、拒否するでもなくそれに応じて、差し出された手を取り、


「―――!?」


その直後、グイッと引っ張られて、ぎゅうーっと抱き締められた。


「っ、・・・!? え、―――っお、お兄ちゃん・・・!」
「何」
「あ、―――ぅ、と・・・っ」


かぁ、と顔が熱くなる。
―――確かに、今更だ。今更だけれど、でも、・・・他に誰もいないなら兎も角、骸さんも、沢田先輩もいるのに!
猫が甘える様に、ぐり、と頭を押し付けてくる。あぁ、可愛い・・・じゃなくて、お兄ちゃん恥ずかしいからやめて。・・・って言いたいのに、焦ってうまく言葉にならない。そもそも、お兄ちゃんに抱きしめられるのは好きだから、拒絶の言葉なんて言えるわけがなくて。
うぅ、と小さく唸って項垂れると、クスクスと笑われる。「(笑わないで、お兄ちゃんの所為だよ!)」、そう言いたいのに言いだせなくて困ってしまった。
それが、雰囲気で伝わったのか。


「・・・違うよ、澪じゃない」
「っ、・・・え?」


聞き返すと、澪を笑ってるわけじゃないよ、そう補足してもう一度囁くお兄ちゃん。私を、笑ってるわけじゃない。・・・それって、どういうことだろうか。
首を傾げる私に構わず、お兄ちゃんは少しだけ顔をあげて、ちらりと骸さんを一瞥した。


「・・・そのアホ面最高だね。楽しくて仕方ないよ」
「つなよしくんこいつころしていいですよね」
「駄目だって言ってるだろ!?」


直後、三叉槍を握り締めてゆらりと立ち上がった骸さんに、即座に突っ込んだ沢田先輩。お兄ちゃんを見下ろしながら不気味にクフクフ笑ってる彼に対し、沢田先輩が止めようとする。けれど、慌て過ぎて「だから待てって言ってるだろあぁもうお前ストッパーの存在ない分ヒバリさんよりタチ悪いな人の話聞けよこのパイナップル!」・・・愚痴になってる。
反して、お兄ちゃんと言えば「僕は悪くないよ」とでも言いたげにツーンとそっぽ向いていた。・・・どうやら、骸さんのあの台詞が余程気に食わなかったらしい。
ここで骸さんがお兄ちゃんに攻撃しようものなら、今度こそ歯止めが利かない喧嘩に発展しそうな気がする。そっぽ向いているものの、お兄ちゃんから無言の苛立ちがじわじわと滲み出ていた。
どうしようかと迷っていると、―――唐突に、体が後ろへと引っ張られて。


「っ、え、」


そうして生まれた僅かな隙間に、するりと入り込んできた腕。直後、まるで引き剥がされたような勢いでお兄ちゃんの腕が解かれて、かと思えば今度は後ろからぎゅうっと抱き締められた。
驚きに呆然、そして静まり返る応接室。


「―――・・・骸、さん?」


私は、何時の間にか私の背後へと移動してきた骸さんによって、お兄ちゃんと引き剥がされたのだ。更に現在、彼に後ろから強く抱き締められていた。脇腹から肩、そして腹部に回る両腕、肩に埋められる顔に、首筋をくすぐる藍色の髪。
自分の状況に呆然としていると、正面に居るお兄ちゃんが(骸さんに突き飛ばされた勢いか、ソファに手を突いていた)驚いた様な表情を一変させ、さっきみたいに苛立たしげな表情を浮かべた。
―――視界の隅で、(骸さんの行動にか、それともお兄ちゃんの不機嫌にか、)口元を引き攣らせた沢田先輩が見えた。


「・・・いい度胸だね、六道。沢田と違って」
「え、ヒバリさん何で俺が比較対象に」
「当然ですね。僕は六道骸ですから」
「骸それ意味判らないから」


と言うか台詞使い回しするなよ、と突っ込む沢田先輩は、ある意味一番冷静なんだと思う。・・・それとも現実逃避かな。
私はちらりと、直ぐ隣にある藍色の頭を見る。拗ねている様な空気がじわじわ滲み出ていた。お兄ちゃんほどじゃないけど、彼もまた拗ねてしまったらしい。―――恐らく、お兄ちゃんが私を抱き締めたことに関して。
でもそれはそもそも、骸さんの言葉に苛立ったお兄ちゃんの、私を使った仕返し、みたいなもので。骸さんが不服を言える立場じゃない、はず(だって、原因は骸さんなんだし)。
けれど何なのだろう、この現状は。
呆れ半分に、「落ち着いて」と言う意味を込めて藍色の髪を撫でると、抱きしめる強さが少しだけ緩んだ。ちょっと安心してほっと息を吐き出すと、「(・・・澪はその莫迦を甘やかし過ぎ)」と拗ねた様な聲が聞こえてきた。お兄ちゃんは、むすっと拗ねた表情はそのままで、ソファに座り直して―――それ以降、もう何もしないと言う態度を示す。
と思ったら、


「いい加減放せ変態。」
「っ!」
「あぁーっ!」


べりっ、と言う見事な音を立てて、今度はお兄ちゃんによって骸さんと引き剥がされた。悲痛な声が骸さんから上がったけれど、そのまま―――一つの三人用ソファに、骸さん、私、お兄ちゃん、と座る形になった。
・・・ようやく落ち着いて座ることができて、今度はさっきとは違う、安心の溜め息を吐き出す。まだお盆の上に置いたままだった緑茶をそれぞれの前に置いて、お茶菓子も真ん中に置いた。


「澪、澪、お煎餅一つ食べさせてください」
「うん、自分で食べて」
「チッ」
「ちっ、て・・・」
「澪、寝言に返事すると症状が酷くなるらしいよ」
「クフフ、雲雀君それどういう意味です?」
「寝言は寝て言えって意味じゃないかなぁ」
「綱吉君、冷静すぎます」
「冷静にもなるだろこの状況・・・―――と言うか、」


いただきます、と呟いてから緑茶を一口飲んだ沢田先輩は、ちらりと私を一瞥して、


「澪ちゃんって、骸に抱き締められても恥ずかしがらないんだね?」


ヒバリさんの時は、あんなに顔真っ赤にして恥ずかしがってたのに。そう言って首を傾げた沢田先輩に、そう言えば確かに、とつい先ほどの自分の行動を振り返った。
お兄ちゃんに抱きしめられた時は、骸さんと沢田先輩がいるこの場で、と恥ずかしくなった。―――骸さんの場合は、逆に冷静に状況を見ることができていた気がする。
・・・と考えていると、場がしんと静まり返ってることに気付いた。あれ、と思ってまずお兄ちゃんを見てみると、きょとんと沢田先輩を見ている。沢田先輩はちょっと顔を引き攣らせていて、骸さんは―――


「じゃあ綱吉君、澪に抱き付いてみてくださいっ」


キリッ、とした表情での台詞に、頭が真っ白になった。


「「・・・は?」」
「だから、綱吉君が澪に抱きついてください」


私と沢田先輩の声が重なり、けれど骸さんはもう一度同じ事を言ってくる。
どうしよう、まさかホントに抱きついてくるはずないよね、―――と、沢田先輩を一瞥すると、バチッと目が合ってから凄い勢いで逸らされた。・・・その顔は、耳まで赤い。
助けを求める様にお兄ちゃんを見ると、暢気にお茶を飲んでいた。・・・その口角が面白そうに釣り上がってることに気付いて、彼からの助けは薄いと悟る。


「何やってるんです澪。早く抱き付かれてください、綱吉君も早く澪に抱き付いてくださいよ」
「そんなこと・・・」
「骸、普通ここって逆に邪魔するところじゃ・・・」
「え? 楽しいですよ、すごく」
「聞いてねぇ!!」


笑顔で述べられたそれに叫んだ沢田先輩に対し、今度はお兄ちゃんが答える。


「じゃあ沢田、澪には抱き付きたくないって事?」
「え!? いえ、決してそう言うわけではっ!」
「お兄ちゃん、そう言えば沢田先輩は反論できないって判ってて言ってるでしょう」
「ぅえ!?」


私の台詞にギョッとした様に体を竦めた沢田先輩。お兄ちゃんはクスクスと可笑しそうに笑うだけ。
・・・何も言い返してこないってことは、やっぱり図星なんだ。


「兎に角澪、綱吉君に抱き付いてください」
「やだ。」
「は、」


ぐさり、と言う音がどこからか聞こえたけど、気にせず睨む様にじぃっと骸さんを見詰める。
骸さんは、・・・ほんの少しだけ笑顔を引き攣らせて、同情の色を添えた視線を何処かに向けてから笑顔を浮かべて。


「・・・何故です?」
「理由がない。それに、恥ずかしいよ」
「僕が澪を抱き締めた理由は、澪が好きだからですが。貴女は綱吉君が『スキ』ではないんですか?」
「っ、そんっ、―――ぅ・・・」


反射的に返しそうになって、けれど慌てて言葉を呑みこみ、顔を顰めて俯いた。
だって、沢田先輩に抱き付くって。・・・あれ、抱き締められる? どっちでもあまり変わらないけど、兎に角、―――考えただけでもこんなに恥ずかしいのに、実行するなんて、そんなことできるわけがない。


「でも、だって・・・・・・嫌だよ・・・っ」


俯いたまま消え入りそうな声で囁くと、しーん、と再度静まり返る室内。でも恥ずかしくて顔を上げられなくて、・・・ああ、今私絶対、顔が赤い。
どうしよう、どうしよう、どうしよう。俯いたまま視線を泳がせていると、不意に―――隣から、ふっ、と思わず噴き出した様な声が聞こえてそろそろと顔を上げた。
・・・お兄ちゃんが、笑いを必死に堪えていた。


「・・・お兄ちゃん・・・?」


くすくすくす、と笑っているお兄ちゃんに、きょとんと眼を瞬いた。笑っている理由が判らなくて、「どうしたの、」と聞いてみても、「別に。」と短く返ってくるだけで、―――ぐりぐり、と頭を押し付けられる。
お兄ちゃんに感化されたのか、隣にいる骸さんも小さく笑いだして、・・・でも、沢田先輩は白くなってた。


「これはまた、面白いものが見られましたね。―――これだから楽しいです、本当に」


そう言って、面白そうに笑った骸さんは、「澪、お菓子頂いていきますね。三人分いいですか?」「え、あ、うん」お菓子を三つ持って、にこっと笑うと―――私のほっぺたに口付けを落とす。
びっくりしてまた顔を赤くした私は、ほっぺたを抑えて唖然と骸さんを見た。・・・逆隣からムスッとした空気が伝わってきたけれど、構ってられない。
骸さんは私の顔を見てそっと微笑し、


「Arrivederci.」


もう一度、今度はより唇に近いところに口付けて―――お兄ちゃんのトンファーが届く前に、霧の様に霧散した。
骸さんの代わりに攻撃されたソファの皮が、その勢いに引き裂かれる。骸さんに逃げられたからか、それともソファを壊してしまった事にか、「チッ」と鋭く舌打ちをしたお兄ちゃんを見上げた。
私はまだ、多分顔が赤いまま、ほっぺたを抑えたままで。


「澪、今日は顔、しっかり洗ってね」
「え、・・・うん・・・?」


じぃーっ、とほっぺたを恨みがましく睨み付けてくるお兄ちゃんに、戸惑いつつも頷いた。
それから、未だに白くなっている、・・・寧ろ魂が抜けている様な沢田先輩を一瞥する。けれどお兄ちゃんは時計を見上げて現在の時刻を確認、あ、と呟いてから立ち上がると、改めて私を見下ろした。


「じゃあ澪、僕は見回り行ってくるから。帰ってくるまでに、そこで固まってるのを追い出しておいて」
「・・・うん・・・(お兄ちゃんが呼び出したのに、追い出せってどうなんだろう・・・)」
「それじゃあね」


―――ぱたん、と閉まった扉を何となしに見続ける。もう一度沢田先輩を見ると、・・・やっぱり魂が抜けかけていた。


「(・・・私は・・・)」


好きだから抱き締めたんだと、骸さんはそう言っていた。・・・お兄ちゃんみたいに、聲だけじゃなくて。声に出して、私の目を真っ直ぐ見て、言ってくれた。
真っ直ぐな好意は、嬉しい。何も知らないような他人からのそれには興味はないけれど、骸さんのその言葉は、とても嬉しかった。
―――「貴女は、綱吉君がスキではないんですか」。そんな事ない。私は沢田先輩が大好きだよ。そう返しそうになった言葉は、でも、あまりに恥ずかしい事に気付いて言葉にならなかった。
恥ずかしくて、嫌だった。


「・・・澪ちゃん、」
「?」
「―――・・・その、・・・ごめん・・・」


俯いて考えていると、いつの間にか魂が戻ったのか、沢田先輩が物凄く気まずそうに呟いた。・・・少し傷付いたような顔してたけど、―――そんなに、傷付く事だろうか。だって、・・・好きな人に抱き締められれば、誰だって恥ずかしいに決まってる。ましてや人前でなんて。


「あの・・・そんなに、嫌かな」
「すごく」
「ははは、すごく、ねー・・・はははー・・・」


答えると同時に頷くと、直後にまた遠くを見詰めて呟いた。・・・また魂抜けかかってるけど、大丈夫かな、沢田先輩。


「・・・先輩、大丈夫?」
「うん、元気だよ。」
「(駄目か・・・)」


本格的に心配になった。


「・・・あの、沢田先輩。私、別に沢田先輩に抱き締められる事が嫌いなわけじゃ・・・」
「大丈夫だよ澪ちゃん、多分」
「―――・・・。その・・・えっと・・・は、恥ずかしくて・・・イヤなんだ、よ。だから・・・」
「・・・、・・・へっ?」


あ、正気に戻った。
それを確認する。ぱちくり、とする先輩を確認して、安心する。少しだけ頬を緩めて、


「はい。」


先輩に向けて、両腕を差し出すと―――その意味を理解してくれたんだろう、一瞬ぽかんとした先輩だけれど、即座に顔を真っ赤にさせてしまった。
・・・そうなると、なんだか私も恥ずかしくなって、差し出していた手をおずおずと下げる・・・けど。


「っ、」


手が下がりきる前に、私は、沢田先輩に抱き締められていた。


「・・・せ、―――っ、・・・」
「・・・ずるい、よ」
「え、・・・?」
「骸とか、ヒバリさんとか、・・・俺は、まだ、恥ずかしくてできないのにさ」
「・・・・・・・・・」
「・・・二人だけ、いつも―――俺だって・・・」


・・・・・・・・・。
なんだかよく判らないけど、先輩は悔しがっているみたい。自分の感情に整理がついてないみたいで、私を抱き締めたまま、ぶつぶつと小さく呟いている。
・・・視界の隅に映る先輩の耳がとても真っ赤なのが見えて、あぁ、今私を抱き締めてるのはお兄ちゃんでも骸さんでもないんだなぁ、と実感。
少しぎこちなく硬い腕に小さく笑うと、沢田先輩の肩に頬を寄せた(沢田先輩の肩がびくっと震えたけど無視した)。


「(・・・体、熱い)」


・・・やっぱり、まだ、沢田先輩に抱き締められるのは恥ずかしい。
これが人前でとか。ああ、絶対に嫌だと思った。
―――似たような質問されたら、やっぱり私はそのとき、また「嫌。」って答えるんだろうな。






















僕の俺の私の世界は、彼女のもの。





■□■□■


匿名様リク、つっくんと雲雀さんと骸さんでヒロインの取り合い、でした。


さて…この二人、付き合ってるのだろうか。
兎に角、それぞれの気持ちとかそんなものが周知ではあります。それを知っててからかう二人。兄上はともかく骸さんまで。


以下おまけ。その後の兄上の足取りです。





















「職員室に用事なんて・・・どうしたんだ、雲雀」

「別に、教員や君に用事なんて無いよ。唯の暇潰し」

「唯の暇潰しで職員室フリーズさせるなよ。応接室は?」

「・・・不粋。」

「ふむ、・・・それもそうか」




* 1 *

戻る

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -