カエルと猫の協奏曲



カエルの歌が、聞こえてくるよ。







「―――フラ、・・・こほっ」


・・・ロランが風邪をひきましたー。






カエルと猫の協奏曲









「・・・何やってんですかー、ロラン」
「う、―――ごめんなさい、です・・・」


ずびっと鼻を啜りながら、バツが悪そうに呻いた彼女。悪寒を訴える彼女に布団を沢山、肩までかけて温めてやると、ほぅ、と熱に侵された溜め息が小さく漏れた。
その口元を、一瞥。―――溜め息をつきたいのはこっちだ、と胸中愚痴て。


「・・・ミーはこれから任務あるんですけどー」
「い、行ってらっしゃい」
「じゃなくてー」


普段よりも水気が多い目を力なく細め、赤い顔して呟いたロランに項垂れた。


「―――困ったなぁ、」
「?」


思わず呟いて、けれど不思議そうな視線を向けてきた彼女に苦笑してその頭を撫でる。熱が出ている所為だろう、薄らと蒼白い顔にかかる髪を静かに払ってあげた。
熱がある時、暑いと訴えるなら冷やす。寒いと訴えるなら温める。・・・この程度の一般常識ならちゃんと持ってますよー。


「まだ寒いですー? もっと毛布とか持って来ましょーか」
「んーん、だいじょぶ・・・」


申し訳なさそうに呟いたロランは、一度毛布に口元を埋め、少し戸惑ったように唸ってから再度ひょこりと顔を出し、ミーを見上げて、


「・・・任務、あるんでしょ?」
「!」
「行ってください。私なら、大丈夫ですよ」


にへ、と笑った。
―――いや、行きたくても行けないんですけどー。そう言う兄心に気付いてないのかロランは。


「ロランが心配で行けないですよ」
「でも、フランは任務―――くしゅっ!」
「あぁほら、くしゃみ出ちゃったじゃないですか。はい、これで鼻かんでください」
「んむ・・・。―――ずびー!」
「ずびぃ、ってロラン・・・女の子でしょー?」
「んー」


ティッシュを渡すとものすごい勢いで鼻をかんだ。我ながら勇ましい妹になったと思いますー。まだ幼いってのもあるでしょうけどー。
こほこほ、と咳をする彼女を落ち着かせるように、布団の上から背中あたりをトントンと叩いてやると、へにゃっと笑ってありがとうと言った。あぁもう、そんなこと言ってる場合じゃないのに。


「フラン、ほんとうに、任務行っていいです」
「ダメですー。ロランが独りになっちゃいますし」
「でも、一緒に居ると、風邪も伝染るから。行ってください」
「ダメだっつってんだろ」
「あぅ・・・」


おっと、思わず本音がー。あーあ、ロランをおろおろさせちゃいましたね。
ま、兎に角、あの我が儘ボスに相談しないことにはどうにもならないですから、


「ロラン、取り敢えず眠っててください」
「・・・、フラン、」
「だいじょーぶです、直ぐ戻ってきますよー」


―――あれほどまで、任務に行けとか言っていたのに。
いざ何処かに行きますーな言葉を言うと、途端に不安そうに眼を揺らめかせるロラン。安心させるように頭を撫でてから、ロランの目の前で、円を描くように指先をくるりと動かした。
すると直ぐ、とろんとした表情になり―――かと思えば、瞼を完全に下ろして静かな寝息を立てだしたロラン。その寝顔に安堵の息を吐き出してから頭を撫でて、後ろ髪引かれる思いで立ち上がる。


「・・・直ぐに、戻るから。いい子で待っててくださいねー」


そう言い残して。
自室の扉を、ロランを起こさない様にいつも以上に音を立ず、本当に静かに抜けだした。






* * * *






チッ、デジカメ持ってくりゃ良かった。
ボスすごい変な顔してますー。ロランに見せたいくらい。


「・・・ロランが風邪ひいただぁ?」
「そーなんですー。バッチリしっかり赤い顔してぜーぜーしてて、もーほんと可愛・・・あーいえ、苦しそうでー」
「・・・・・・・・・」


一瞬白い目を向けられたけれど、この程度はさらりと無視ですー。ヴァリアー内バイオレンスなボスの沸点なら大体理解してきましたし、まだ大丈夫そーだし。
この人の沸点極端に低いから、基本は油断ならないですけどね。


「・・・で、だからなんだ」
「ロランの看病したいんですけど、ミーこれから任務じゃないですか。できれば誰かに代役してもらえればなー、と相談しにきましたー。・・・あ、もち任務の代役ですよ。ロランの看病なんて、どこの馬の骨とも知れねー野郎に任せられませんもん」


てか代えろ、と言外に含め、ボスを見る。・・・と言っても、ボスはもうミーの方なんて見ずに、何かを考える様に視線を外していた。
ミーの代わりに任務できそうな人を、脳内検索でもしてるんだろうか。ミーもちょっと考えてみた―――確か今回の任務は、要人の暗殺とかじゃなくって、単純に何かの諜報活動だった気がする。
単純とは言ったけれど、その実、結構高度な任務。適任なのは霧属性、人材を限るならミーを含めて数人。・・・あれ、そいつら全員出払ってた気が・・・ったく、何時も邪魔なくせに肝心なところで使えねー部下だなー(そのほとんどがヴァリアー歴ミーより上の先輩たちですけどねー)。


「・・・却下だ」
「やっぱりっすかー」


ま、予想はしていた。使えねー部下の存在に気付いたあたりから。


「そこを何とかー。ロラン死んじゃったらミーも死んじゃいますー」
「たかが風邪で死ぬか」
「風邪は万病のモトってコトワザ、ジャッポーネにあるそーですよー」
「・・・・・・・・・。」
「・・・何でもないでーす」


ギンッ、と強く睨まれましたー。ジャッポーネの話するといっつもこーなんですようちのボス、怒りんぼです本当にー。
なんて胸中独り言はさておき。―――断られちゃ仕方ないので、あの意地っ張りな猫さんにはちょっと強めに催眠かけといて、さっさと任務終わらせればいいかな。・・・正直、あまり一人にさせたくないんですけどー。特に今は風邪なんか引いてくれちゃってるしなー。


「んじゃー、わかりました。マッハで任務行ってきますー」
「今日はいい」
「・・・。はい?」
「行かないでいいっつってんだろ」
「・・・ぅい・・・」


もっかい睨まれましたー。これぞまさに蛇に睨まれた蛙ってかー? はっ、笑えねェ。
訳が判らずにきょとんと返すと、チッ、とボスは一つ舌打ちをして。


「今回の任務は、テメェが最も適任なんだよ」
「はい・・・だから、代わるのは駄目なんですよね?」
「代わるのは却下だが、延期なら問題無ぇ。もともと、急いでまでやる任務じゃねぇんだ」
「・・・そ、なんですか?」
「ああ」
「・・・じゃあ、今日はミー非番って事に、」


ちょっと呆然として二度目の確認。と同時に、何度も言わせるなと言わんばかりに再三睨まれた。それから指先で「出ていけ」と、無言の指示。
・・・―――え、と。


「・・・ありがとうございますっ!」


ミーにしては珍しく、はっきりしっかり言えた、その言葉に。
ボスは驚いたのか、目を少し見開いてミーをみて、―――でもそれを視界の端に収めた時には、既にミーは部屋の外に飛び出していた。






* * * *






―――までは、よかったですけど。


「・・・なんだかなー」


安心しつつ部屋への道を、少し早歩きで戻っていると―――床に倒れる人影に、肝を冷やした。
慌てて駆け寄って、うんざり。・・・目の前には、廊下で倒れてる猫さん・・・もとい、ロラン。気絶している彼女をひょいっと抱き上げて、くたっとして力がない小さな体を、しっかりと抱きしめる。ちらりと視線を動かすと、半開きになったミーの部屋の扉。
催眠から覚めたときにミーがいなくて、無意識に部屋を出て、そこで力尽きて気絶した、なーんてのが容易に想像できて溜め息をついた。ったく、一体今日中に何回溜め息をつく羽目になるんですかねー?


「―――さびしかったですかー・・・?」


まだ気絶したままのロランに、囁いてみる。
赤い顔を顰め、ぜー、ぜー、と弱々しいながらも荒い息を繰り返すロラン。あぁ、苦しそうだなぁ、なんて呑気に思った自分を殴りたい。―――暗殺者、っていう職業は、どうもこの手の感情に疎くなるから困りますー。


「どーすれば、寂しくないかなぁ」


独り言は、ロランを思ってのもの。脇に手を入れて「高い高い」ってするみたいに虚空に掲げてみれば、力ない四肢がふらふらと揺れた。
―――等身大の人形みたいだ。そう思って顔を顰め、もう一度ぎゅうっと抱きしめた。馬鹿馬鹿しい、人形なんて。この子にはまだ命があるのに。ちゃんと、いきている、のに。


「・・・さっきから何やってんだぁ?」
「うげっ。―――お疲れ様です、スクたいちょー」


チッと内心舌打ち。もう誰もミーの性格には突っ込まないみたいで、スク隊長は一瞬不快そうに顔を顰めただけだった。
それからミーの腕の中で眠るロランに視線を向けて、眉を寄せて、


「・・・風邪でも引いたのかぁ?」
「さっすがスク隊長。伊達に髪の毛伸ばしてませんね」
「カンケーねぇだろーがぁ!?」
「ロラン起きるだろ黙れカス鮫」
「・・・ゔ、お゙ぉい・・・」


唸ったロン毛。はっ、ざまーみやがれー。
・・・とか思った直後、いいこと思いつきました。


「スクたいちょー、談話室に居る莫迦そーな奴ら全員、ミーの部屋に呼んできてください」
「って、ゔお゙ぉい! テメェでやりやがれ、俺は忙しいんだぁ!」
「んなのミーの知ったこっちゃないんでー」


巫山戯んなテメェ俺は今からクソボスに任務の報告をだなぁ、とか何とか叫ぶスク隊長を無視して部屋に入る。バタンと扉を閉めると同時、げしっと扉を蹴られたような音がしたけれどそれでも無視した。
いや、流石にむっとしましたけど―――なんだかんだ言って頼まれた事はやってくれる人だから放っとこー。


「・・・これで、さびしくはないですかねー?」


首を傾げて呟いても、ロランからの返答はない。苦笑して、ベッドまで歩いてそこに横たわらせた。
―――その振動で起きたのか、ロランが小さく呻いてうっすらと目を開ける。


「・・・ふ、ら・・・?」
「ロラン、まだ寒いですー?」
「ん・・・あつ、ぃ・・・」
「じゃー今度は冷やしましょー」


氷枕でも取ってこようか、と腰を上げると、けれど同時に服を引っ張られてきょとんとした。
ロランの手が、服を掴んでて。ロランを見ると、今にも泣き出しそうに顔を顰めてて。


「つ、ぎ・・・」
「はい?」
「―――次、いつ・・・帰ってくるの・・・?」


必死な訴えに、呆然。
・・・それから、苦笑。


「・・・もう、ずっといっしょだよ」
「―――いっしょ・・・?」
「うん、一緒」


頭を撫でると、安心した様に頬を緩めて、―――すぅ、と穏やかに眠りに就いたロラン。


「・・・いつかえってくるの、か」


思わず復唱した言葉。
ああ、自分の不甲斐なさが少し悔しい。小さな女の子一人、寂しい思いをさせたままで。大切な妹一人、寂しい思いを拭い取れないなんて。
独りきりの恐怖は、未だにロランの中に強く息づいているんだろう、きっと。


「―――先輩たち呼んだの、正解だったかな」


近付く気配をいくつか感じて、思わず笑う。・・・スク先輩、きっといろいろ察してくれたんだろう。たまに使えるなあのロン毛。


「ゔお゙ぉいフラン! 呼んできてやったぞぉ!!」
「御苦労さまですーロン毛先輩」
「カエルーっ、ロランが風邪ひいたってマジ!?」
「マジなんでアイスノン取ってこい堕王子」
「・・・ししっ、今回ばかりはマジでサボテンに―――」
「ロラン! 俺の癒しのロラン、無事かぁあ!?」
「王子の台詞遮んなキモオヤジ!」
「ちょっとーロリ変態雷オヤジー、うっかり殺しちゃいたくなるような言動は謹んでくださいー」
「いやん、苦しんでるロランも可愛いわねー!」
「オカマ先輩もロランに鼻息荒く近付かないでください(やっぱこいつら呼んだの間違いだったかな)」


わいわいがやがやと。
一気に騒がしくなった自室に頭痛を覚えながらも、これならロランは寂しくないかなぁ、と思って息を吐きだした。
・・・取り敢えずロラン寝てるんで、この五月蠅い蠅ども強制的に黙らせますかー。


































子猫も歌を、歌っているよ。






■□■□■


短編の「カエルと猫の行進曲」続編でした。匿名様、ありがとうございました!


行進曲の後、フラン君がそれまでより妹莫迦になってるといいなぁ。とか。それまで疎遠気味な設定なので、余計に妹大好きになってたらもうどうしようこのカエルめ、と妄想しつつ。



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