虎の威を借りない狐



言うは易く、行うは難し。







兄さんと綱吉の休みが、偶然にも重なった。
だから三人でご飯でも食べに行こう、と一縷の望みを呟いてみたら、一瞬の沈黙の後にお互いを一瞥、同時に「いいよ。」と返してきてびっくりしたのは、つい先ほどの事。
今は何と、竹寿司にいる。これから任務に行くと言っていた武に、三人でご飯食べに行くんだよーって言ってみたら、(一瞬きょとんとしてから嬉しそうに笑って、)じゃあ俺んちで食えばいーんじゃね、と電話で予約(?)してくれたのだ。
武のお父さんである剛さんには、よくボンゴレぐるみでお世話になっていたりする。・・・勿論、食事関係の方面で(出前とかね)。


「―――あれ、ダメツナじゃん!?」
「えっ?」


そんな、穏やかな休日。
貸し切りだったそれを崩したのは・・・一人の、青年だった。









の威を借りない









「・・・で、何で彼にトンファー向けたんですかヒバリさん」
「・・・・・・・・・」
「相手が一般人だって、ちゃんと判ってたんでしょう?」
「・・・・・・・・・」
「―――しかも何かよく判らない事言ってた気が、」
「間違ったことは言ってないよ」
「そーですけど!」


何でそんなに胸張っていられるんですか、と片手で頭を抑えた綱吉。そのままクシャッと髪を少しだけ乱暴にかき回した彼を一瞥後―――視線を下ろして、私の手と繋がっている、もう片方の手を見た。
指が交差しているそこから伝わるのは、温かい体温。一度瞬いてから視線を動かすと、そこは広いロビー。老人、親子連れ、マスクを付けた人、車椅子に乗る人、杖をつく人―――など、老若男女多種多様の人間がいた。
並盛の、中央総合病院。
困ったなぁ、と胸中呟いて、私はそっと首を傾げた。


「殴られた人、一発で気絶しちゃったね」
「うん・・・まぁ、ヒバリさんだから大丈夫だとは思うけど。もし何かあったら大変だしなぁ・・・」


“兄さんだから”。・・・その言葉が嬉しくて、思わず頬が緩んでしまった。
同じ「相手を傷つける」という行為でも、素人と玄人のそれは大きく違う。経験とか知識とかの差。同じ場所への攻撃だって、無意味に雑な破壊を齎すのは無知な素人。兄さんほどの人なら、必要最低限のダメージしか与えないように攻撃する事もできる。
遠回りの信頼は、素直に嬉しい―――けれど。私は、綱吉とは逆隣に居る兄さんの顔色を伺ってから、どうするべきか判らなくて眉を下げた。


「・・・兄さん、何時まで拗ねてるの?」
「五月蠅い」
「・・・、」


ロビーに備えられたソファの隅の方に私と綱吉が座り、直ぐ隣の壁に兄さんが背を預け、腕を組んでムスッとしている。声をかけてみると、不機嫌そうで不服そうで拗ねた様な表情で、ぴしゃりと叩き落とされた。
思わず、口を噤む。―――私の質問も、悪いと思う。わざわざ神経を逆撫でする様な質問だった。自覚はあるだけに言い返せなくて、・・・少しだけ胸が痛くなって、戸惑いながら視線を落とす。
ごめんなさい、と小さく呟いたけれど、・・・この静かに賑わう中、その声が兄さんまで届いたか、自信はなかった。


「・・・ヒバリさん?」
「・・・・・・・・・」


綱吉の咎める様な声に、それでも兄さんは何も言わず。―――けれど、なんだか気まずそうな雰囲気だけは何となく感じることができて、おずおずと兄さんを見上げた。ぱちりと目が合って、けれどその表情は顰められている。
また視線を落そうとしたら、その時―――兄さんが動いて、少しだけ乱暴に、私の隣に腰掛けた(綱吉と兄さんに挟まれる形になった)。


「・・・兄さん、あの、ご―――」
「ごめん。」
「・・・え?」
「澪は五月蠅くない。・・・少なくとも周囲の人間よりは」


そう言って、ソファの背凭れに体を預ける兄さん。表情は依然むすっとしているけれど、今は少しだけ申し訳なさそうな表情をしていて―――不謹慎だけど、可愛いと思ってしまった。二十代半ばの男の人に思うことじゃないのにね。
ついさっき感じた胸の痛みは、すぐにどこかに飛んでいく。少し嬉しくなってクスクス笑うと、兄さんはちらりと私を見てから安心した様に小さく溜め息をついた。


「・・・ところで綱吉。何時まで驚いているの、君は」
「―――いや、あの・・・ヒバリさんが謝ったの、始めて聞いたので。・・・その勢いで、一般人殴っちゃったことも、」
「謝るわけないだろう。僕は悪くないよ」
「ですよねー・・・」


あはは、と力なく笑った綱吉。じぃっと見てると、それに気付いた綱吉は苦笑して「大丈夫だよ」と言ってくれた。
・・・・・・・・・。


「・・・綱吉、」
「うん?」
「あの、兄さんは―――」


と、言いかけた時。
ばすんっ、と頭に勢いよく手が乗せられ―――その勢いに顔を伏せてしまった私は、その状態のまま少しだけ考えた。・・・いや、頭の上に乗る手は、兄さんしか考えられないけれど。


「・・・兄さ、―――わぁっ!」
「!?」


その手がぐるっと首に回されたと思えば、そのまま後ろへ・・・つまり兄さんの方へ引き寄せられた。首だけ抱き締められる様な格好で、少しだけ慌てる。―――こんな、人がたくさんいるところでじゃれるのはやめてほしいのに。
・・・でも、


「澪―――いい子だから、下手なこと言わない。・・・ね?」
「・・・はい。」


無意識のうちに、私は、兄さんの神経を逆撫でしてしまったみたいだった。
半ば腕で首を絞められているような状態の私は、そう返事するのがやっとだった。声色から、相当気が立っていることが窺える。今は下手な行動をしない方がいい、とこの時になってようやく認識した。
・・・昔は、直ぐに気付いたんだけどな。最近は、そんなに一緒にいないから、感覚が鈍ったんだろうか。
首を解放され、ふ、と息を吐き出した。溜め息とも違うそれは、安心が少しだけ混ざっていた。
ちら、と兄さんを見上げてみると、やっぱりむすっとしている。視線を前へと向けながら、私はほんの数時間前の出来事に思いを馳せた。






* * * *






「あれ、ダメツナじゃん!?」
「えっ?」


その台詞がその場に響いた途端、隣に座る兄さんの機嫌が急激に悪くなったのが判った。
でも、それに気付いた私がご機嫌取りに右往左往するのは心苦しいと、兄さんも言ってくれたことがある。その所為か、私は少し気遣い気味に兄さんの方をちらっと見ただけで、特に何もせずにまた綱吉の方―――正確には、綱吉に声をかけた男性の方へと視線を向けた。


「久しぶりだな! お前、こんなところで何してんだよ。仕事は?」
「え、あ、えっと・・・ごめん、誰だっけ」
「っはは! まぁ仕方ねーか、中学校以来だもんな」


男性が名乗ったら、綱吉は「ああ!」と思い出したように手を打った。けれど私は全然わからないし、無関係だからとまたお寿司に視線を戻す。


「あんちゃん悪いね、ツナ君の知り合いのようだが、今はツナ君たちの貸し切りなんで。また後で来ていただけますかい?」
「えぇ!? 貸し切りって・・・あのダメツナが貸し切りとかありえねー! 仕事何やってんだよ、給料いいとこ?」
「あー・・・えーっと・・・」


綱吉が返答に困っている姿に、私までも困ってしまって少し眉根を寄せる。
私が口を挟める事じゃないのは判ってる。そもそも私は、この元クラスメイトとか言っている男性のことなんて知らない。気を使ってくれたのか、剛さんが遠回りにお引取り願う言葉を言ってみても、何だか彼は違う方向にテンションが上がったみたいで、更に綱吉に詰め寄ってきていた。


「ねぇ。」


―――そんな時響いたのが、我関せずにお茶を飲んでいた兄さんの声。


「君、誰か知らないけどさ。早く帰ってよ、五月蝿いし邪魔だよ」
「・・・に、兄さん、」
「あ、すいません・・・昔の知り合いに逢ってテンションが上がっちゃって。えーと・・・ダメツナの上司さん?」
「・・・・・・・・・。」


あ。
・・・彼、地雷踏んじゃったみたいだ。兄さんがそっと閉口し、静かに目を細めて無表情になる。かたり、と小さい音を立てて立ち上がった兄さんに、綱吉も兄さんの不機嫌を察したのか慌てて立ち上がった。


「ちょ、ヒバリさん待ってくださいっ、落ち着いて・・・」
「え、・・・は? ヒバリ、さん? って・・・え? あのヒバリさん・・・!?」


綱吉の向こうで、さっと青褪めた表情で後ずさった彼。
・・・けれど、ぐっと綱吉の腕を掴むと、それに驚いた綱吉の耳元で、


「ちょ、お前ダメツナの癖にいつの間に風紀に入ったんだよ!?」
「へっ? あ、いや、俺は風紀じゃなくて―――」


また、ぴくり、と反応した兄さん。
・・・その眉間が、不愉快そうに寄せられて。


「・・・彼は風紀じゃない。僕の部下でもない」
「っ!?」


びくり、と肩を竦めた彼は、ぱっと綱吉の腕を掴んでいた手を離した。
それにバランスを崩してしまった綱吉を、慌てて私が支える。苦笑気味に「ありがとう、」と言ってくれたけど、小さく首を横に振っただけで再度兄さんの方に視線を向けた。


「―――不愉快だ。」


青年を見返しつつ、酷く低い声でポツリと呟いたその一言に、無意識に綱吉の服を握り締める。


「仮にも彼は僕の上司らしき立場に居るし、義理とは言え僕のオトウトにもなったし、だから不本意ながら澪の旦那でもあるんだけど」
「は、・・・んな!?」


兄さんの言葉を聞いて、青年が青褪めながらも驚いた様に目を見開かせた。
そのまま、彼は私の方を一瞥。呆然としながらも、その唇が私の名前をフルネームで呟いたのが判った。


「マジ・・・? あのダメツナが、ヒバリさんの―――」


ぴく。
と、更に寄せられた兄さんの眉・・・あ、彼、また地雷踏んだ。


「君は、」
「はいっ!?」
「僕が一体何を、不愉快に思っているか。君に判るかい?」
「え・・・?」
「―――判らないだろうね。」


顔を引き攣らせ、青褪めさせ、後ずさる青年。けれど、一歩下がれば一歩進むと言う具合に彼との距離を縮めず広げず、兄さんは残酷に微笑むと音もなくトンファーを取り出した。
・・・直ぐ隣で、綱吉の頭から血の気が引いていく「さぁーっ」と言う音が聞こえた気がした。


「待って下さっ、ヒバリさ―――!!」

ゴッ!!

奇麗に、一撃。
崩れ落ちる青年を視界の隅に収めつつ、展開に呆然としている剛さんに一言ごめんなさいと頭を下げてから。
私は、当然のようにケータイを取り出した。






* * * *






僕は悪くない。寧ろ、悪いのは君だよ―――綱吉。
君が、一般人に愚弄されても尚、へらへらと暢気に笑っているからいけないんだ。その内心で呼び名に傷付いているとしても、言い返したくとも言い返せないとしても、はたまたそう呼ばれ慣れてしまっているとしても。何も言わず何も返さず、顔を顰める事すらしない君が、全部悪いんだよ。


「ただ気絶しただけ、命に別状はない、目覚めれば自分の足で元気に帰れる、と。・・・まったく、俺の寿命縮めないでくださいよ。もう一般人相手にトンファー取り出さないでくださいね」
「一応言っておくけど、僕は悪くないよ」
「・・・ヒバリさん、何をそんなに拗ねてるんです?」
「拗ねてない。君があまりにも愚か過ぎてイライラしてるだけだ」


君が莫迦にされると言う事がどういうことか、きっと理解していないんだろう。
君という人間は、マフィア界に存在する数多のマフィアの中で最も強い勢力を持つ「ボンゴレ」のボスなんだ。ピラミッドで言う頂点。そんな君が莫迦にされると言う事はつまり、その下に存在する僕ら守護者やボンゴレ構成員や傘下に入るマフィアも、全部が莫迦にされたって事なんだ。
君と繋がりを持つ澪も、莫迦にされたのと同意だ。


「・・・救いようのない莫迦だよね、君。組織の上に立つ存在として、けれど、なんにも、判っちゃいない」
「ヒバリさん、」
「五月蝿い。・・・五月蝿い」
「・・・・・・・・・」


君は、君の言う「たいせつなひとたち」を愚弄されて、それでも黙ってへらへらと笑っていられるのか。
僕には無理だよ。僕は、澪が愚弄されているのに何でもない振りをするなんて、全くもって絶対に無理だ―――その場で武器を取り出して相手の頭を吹き飛ばすように強打し、仰け反ったその首を握り潰しながら低い声で呟くだろう。君に澪の何が判る、ってね。
本当に君は、甘い。甘い、甘い甘い甘い。甘すぎる、何に対しても。何もかも。


「君の甘さと生ぬるさと愚かさが気持ち悪い。甘い甘いとは思ってたけど、今回の件で改めて実感したよ。・・・もう少しちゃんとしてほしいね。仮にもボンゴレのボスだろう」


イライラしながらも、アジトに帰ってから綱吉の執務室で部屋の主に直接言った。
非情で残虐で冷酷卑劣な人間になれとは言わない。けれど、時と場合によってそんな人間にならなければ、本当に大切なもの、本当に守りたいものが瞬く間に指の間から零れ落ちていくものだ。自分の傍にあるべき存在がどこにもない、そのからっぽな感覚を味わいたくなければ、もっともっともっともっと非情になるべきだ。
・・・そしたらこの莫迦、何を如何勘違いしたのか。


「はい。・・・ありがとうございます、ヒバリさん」
「―――は?」


何だか嬉しそうに肩を竦めて、微かに頬を染めていた。その顔は、とても締りのない―――僕が一番嫌う、暢気な笑顔だ。
・・・一瞬意味が判らなくて、肩透かしを食らったような感覚に陥り、イライラが吹き飛んだ。きっと今、僕は鳩が豆鉄砲食らったような、目を白黒させると言うか、そんなびっくりした表情をしているに違いない。


「・・・ねぇ、話、聞いてた?」
「聞いてましたよ、」


そんな僕を気にせず、綱吉はそのままの表情で、更にとんでもない事を言ってくれた。


「俺のこと、心配してくれてたんですよね」


・・・本当に、とんでもない事を。


「―――・・・な、」
「こんな事言うと不謹慎かもしれませんが、嬉しいです。ヒバリさんは今まで、なんていうか・・・俺っていう存在の、澪が関わらない部分は完全に無関心みたいな態度だったし。本当は心配してくれてたんだなって思うと、嬉しくて・・・」
「・・・違うよ、何勘違いしてるの」
「え? ・・・でも、今の台詞、完全にそういう意味じゃないですか」


そう言ってまた笑って、「これから少しずつでも善処していきます。貴方にも認められるくらいに」、と続けた彼の顔が、何だか本当に嬉しそうで。
訂正する気にもならなくて、うんざりと溜め息をついて肩を下げた。


「・・・じゃあもういいよ、そういうことで」
「はい。ありがとうございます、ヒバリさん」


そう言って、へなっと微笑む。
・・・。『にこっ』じゃなくて『へなっ』。・・・本当に、そんな風な効果音が一番合う笑顔だ。
―――ムカつく。
そしてやっぱり僕は、この部分に関してだけは、彼には絶対に敵わない。


「・・・確認するけど、君のそれは確信犯だよね」
「え、何のことですか?」
「(嗚呼すごいムカつく咬み殺したい今すぐに)」


何もかも判っているような顔をして、でも何も判っていない振りして暢気に笑って。・・・本当は、僕の考えなんて何一つ理解していないだろう? 予想はつくけど理解はできない、そんなところかな。
ねぇ―――悔しいけど、認めてあげる。僕は僕なりに、君の事を結構気に入ってるんだよ。


「―――・・・(澪が好きになったのが君でよかった。でも何か癪に障る、物凄く)」
「・・・? ヒバリさん?」
「なんでもない今話しかけるな」
「??」


・・・きっと君は思い上がるだろうから、絶対に言わないけどね。

























後は野と成れ山と成れ。






■□■□■



せいら様リク、「ダメツナ」発言にイライラヒバリさんでした。リクありがとうございました!

うん、楽しい。
空悪としてのキャラたちの胸の内とか考えとか、あったかくてこそばゆい様な、照れくさくて言えなかったりする思いを書くのは。

たのしい。





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