4.5





《 Side:陰 》










―――俺がその場に到着したのは、まだ澪が攫われる前だった。
声にならない小さな悲鳴を上げて。でも、必死で取り出したナイフは必要最低限の動きで弾かれていた。同時、かしゃん、と乾いた音が響いて―――細い手首に掛けられた手枷。
罪人に科せられるはずのそれが、己の手首に掛けられている光景にか。澪の目が愕然と見開かれたのが見えて、俺もまた息を呑んで。


「・・・Nero?」


名を呼ばれた、気がした。
視線を動かすと、澪にかけた手錠を引っ張って己に引き寄せた人物―――初代『雲』、アラウディが、その蒼氷色の目を俺に向けていた。
さらり。薄い金色が、揺れる。


「何で君が、ここに居るの」


訝しそうな視線に、俺の頭は、珍しくも一瞬―――何も、考えられなくなった。
聞き取れなかった名前。恐らく俺を呼んだのだろうそれ。彼は今、何故、俺を呼ぶことが出来たんだろうか。彼は俺の名前を知っているはずがないのに。いや、そもそも彼は―――俺のことを、何て呼んだ?
瞬きを一つ。そうしてやっと、頭が状況を理解し出す。ああ、そんなことよりも優先すべきことがあるだろうに。
俺の存在に気付いた澪が、恐怖と焦りに塗れた視線で俺を見ている。助けを求めるような目ではないことにどこか救われながら、小さく息を吐き出した。


「手を離してください。初代『雲』」


すんなり出てきた言葉と同じく、頭の中も冷静になった。
反して、俺の滅多に聞けない敬語に驚いたのか(失礼な)、澪が目を丸くして俺を見て。アラウディもアラウディで、静かに目を細めて品定めするような視線を向けてきた。


「・・・へぇ。『彼』かと思ったんだけど・・・君は、違うんだね?」


そう呟きながらも、疑心に満ちた眼差しを向ける彼。いやいや口から出る言葉と視線で語る言葉が間逆ですから、と内心突っ込みたくなりながらも、どうにかこうにか飲み込んで。


「お分かりと思いますが、その娘は我々の『夜空』です。彼女を一体、」
「ああ、やっぱり。ちょっと借りていくよ」
「・・・だから、如何するつもりですか」
「さっきこの子にも言ったけど。悪いようにはしないさ、抵抗しなければね」


そう返されて、唇を閉ざす。
本当だろうな、と目で問えば。アラウディは愉快そうに小さく笑った。


「君は、そういう目もできるんだね。『彼』は出来ないよ」


表情は変えず、ほんの少しだけ手を握り締める。
何だか無性に悔しかった。―――いや、腹立たしいと言った方が近いかもしれない。全く知らない赤の他人と勝手に比べられて、優とも劣とも取れない言葉を頂戴するのは何とも複雑な気分だ。親戚に「あら随分大きくなって!」とか言われた時の心境に似ている。


「―――まぁ、君が『彼』であろうとなかろうと、僕には関係ないかな。とりあえず、この時代の守護者たちの足止めを2〜3時間くらい頼んだよ」
「・・・・・・・・・」
「・・・随分と疑われてるんだね。僕は」


否定も肯定もせず、ただ静かに見返すだけの俺に、アラウディはそう呟いて目を細める。


「何度も言うけど、悪いようにはしない。だから―――“抵抗しないで”くれるかな」


ま、判っていたけど。
澪が捕まった時点で―――コイツに逆らうなんて選択肢、選べるわけがないから。































「先生が・・・こ、言葉で負けた・・・!」

「驚愕するところそこか。てかお前を引き合いに出されちゃ何も出来ないし、長いものには巻かれろってことで」

「―――!!」

「・・・『夜空』、ここは恥ずかしがる場面じゃないと思うよ」

「恥ずかしがってるんじゃなくて、頭抱えてるの・・・! それよりもこれ外して! 放せ!!」

「こーら、お前が暴れたら俺が巻かれた意味がなくなるだろ。ちゃんと助けてやるから、抵抗しないで大人しくしてろ」

「・・・・・・・・・。」







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