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《 10 》











地面に足が着いた、感覚。


「―――お帰り、アラウディ」
「・・・『彼女』は?」


最初に目に入ったのは―――執務机に腰を預ける、初代『大空』ことボンゴレT世、ジョットの困り果てたような笑顔。でも何処か安堵が滲んでいる笑顔にすら苛立ち、言葉を無視して視線を滑らせた。
彼の執務室だった。何故か守護者が全員勢揃いしていて、それぞれ戸惑っていたり困っていたり苦笑していたり。唯一、Dだけが満足そう(だけど胡散臭そう)な微笑を浮かべて入り口付近の壁に背を預けていたが―――肝心の『彼女』が見当たらない。
眉根を寄せると、それを見たジョットが先程とは違った苦笑を浮かべた。


「サナなら、引き篭ってる」
「またか。あの女・・・」
「―――聞き捨てなりませんね、アラウディ。私の可愛い妹を『あの女』呼ばわりとは」
「黙れ、シスコンが伝染る」


イラッとして返せば、楽しむようにヌフフと笑って肩を竦めたDを見なかったことにしつつ。
その怒りすら上乗せし、目の前で微苦笑する『大空』に苛立ちの矛先を向けた。


「説明してよ。一体、」


そこまで言いかけて、目の前に現れた一枚の紙に、一度だけ瞬き。
ジョットが突き出しているらしいそれを受け取り、改めて紙を見下ろせば―――それは、適当な大きさの羊皮紙に、たどたどしいイタリア語で殴るように綴られた―――一応は「誓約書」らしかった。
字体を見れば、誰が書いたのかくらい明白。
『彼女』だ。


「何、これ」
「ん? 読めないか?」
「・・・辛うじて読めるけど、これは酷いよ。色々と」
「サナらしいだろう」


何を自慢げに。そう言い掛けて、けれど面倒なことになりそうだったので取り敢えず飲み込む。
―――ボンゴレボスに提出されたにしては、随分とお粗末な誓約書。メモ用紙か何かの切れ端みたいな紙にただの黒いインク。何の判も押されていない。
しかし、それすらも―――世界を覆い尽くす蒼穹に言わせれば、「彼女らしい」の一言で済む様だ。


「要するに、ボンゴレに協力するって言いたいんだよね。『彼女』は」
「ああ」


それにしては、前半部分は明らかにボンゴレに喧嘩を売っているような内容だし、何度も「仕方ないから、しょうがなく、協力してやるのだ」と強調しているし―――その後に続く、今まで迷惑を掛けた旨の謝罪と謝礼、そしてサインはいいとして―――字面全体が、慣れないはずのイタリア語で“丁寧に”殴り書きされている。
しかし、だ。


「・・・僕は、『彼女』の我が侭で未来に飛ばされていた。そして『彼女』の我が侭で帰ってきた」
「そうだな」
「それとこれ、何の関係があるの」


蒼氷色の目に睨まれ、その奥に凄烈な怒りが燻っているのが見えて、ジョットは思わず苦笑した。
それに眉を吊り上げたアラウディだが、ジョットに文句を言う前にDに遮られてしまう。


「サナはずっと、ボンゴレに身を寄せる口実を探していましたからねぇ」


にこにこ、と言うよりはニヤニヤと。独り言の様に呟いたDを一瞥。
そんな彼に質問などしたくなかった。だから目の前のジョットに視線を戻したのだが、彼も苦笑して肩を竦めたから、アラウディは仕方なく再度肩越しにDを見やる。
それに対して、Dはヌフッと口角を吊り上げて。


「例えばボンゴレに裏切られたら、口実の所為にできるでしょう」
「なっ・・・D、俺はサナを裏切ったりはしないし、するつもりも―――」
「貴方の意思が如何あれ、サナが信じるわけありませんよ。彼女の性格はご存知でしょう」
「―――・・・それが不思議なんだ。俺の『聲』とやらを聞けば、裏切るつもりはないと判ってくれるんじゃないか?」
「状況が変わってもそう言い切れますか。極端な話、ファミリー全員の命とサナの命、どちらを取るかと聞かれても?」


口篭るジョットにヌフフと笑うD。Gの方から「お前が言うと冗談に聞こえねーな」との苦々しい呟きが聞こえたが、それを丸まる無視して。
話を戻しますが、と前置きして更に続ける。


「アラウディ。サナがボンゴレに協力する『口実』となるようなものを、未来で見つけてしまったのでは?」


楽しげな視線を受けて、アラウディは顰めた顔をもっと顰めて見せる。
笑う様に睨まれ。殺す様に睨み返し。空気が軋むほどの敵意と敵意がぶつかり合った静寂の後―――ランポウも、倒れそうなほどに顔面蒼白になりながら、耐えて。
先に視線を流したのは、アラウディだった。Dが言う「口実」に、心当たりがあったから。

「一度だけでいいから、信じてあげてください」

『彼女』に伝えて欲しいと承った言葉が、記憶の奥から響いてくる。
随分な物言いだ、とアラウディは改めて思った。信じて「あげる」とは、上から目線も甚だしい。何様のつもりだ、と。尤も、少女としては上から目線のつもりはないのだろうが。
どちらかと言えば、『彼女』の臆病すぎる高い矜持を見越しての発言だろう。その代わり、高潔で高すぎる矜持を持つアラウディを刺激してしまったことに、少女は恐らく気付いていない。
向けられる義理すらない哀れみの視線を思い出し、一瞬だけ沸き起こった怒りを押し殺して―――小さく溜め息を吐き出した。


「・・・否定は、しないよ」


どうやったかは判らないが、『彼女』は、少女の発言をリアルタイムで聞いていたらしい。だから自分に「もういい帰ってこい」と無線を飛ばしたのだろう。・・・時空を超えて届いたこの時の無線も、どういう仕掛けかはさっぱりだが。
けれど守護者たちの反応からして、『彼女』は少女の言葉を彼らに伝えてはいないのだろう。


(当然か。伝える必要もないし―――多少、思い上がるだろうから)


ちら、とジョットへ視線を向ける。彼は説明を求めるような表情でアラウディを見詰めていたが、アラウディが顔ごと視線を逸らして見せると、諦めた様に小さく溜め息をついた。
溜め息を吐き出したいのはこっちだ、と胸中で呟く。もう『夜』にも『大空』にも、精神的に振り回されるのは勘弁だ。―――少なくとも、未来で逢ったあの少女なら自分を振り回す事などしないだろうに。


「・・・本当に」


絞り出すように声を出せば、その表情と声色に「おや?」と目を瞬かせたのは、我等が大空。
遠い未来で接した少女と過ごす時間は、思っていた以上に嫌ではなかった。寧ろ、久しぶりに有意義な時間を過ごしたとさえ思える。


「澪なら、よかったのに」


そんな思いから零れ落ちた小さな愚痴を、一字一句聞き逃すことなく耳にした守護者たちと言えば―――あまりにも彼らしくない発言に、総じて目を丸くさせたのだった。


「・・・澪って誰だ?」
「さぁ・・・」
「―――未来の『夜空』か?」

「そうだよ。・・・(からかい甲斐がありそうで)可愛かったのにな」

「は?」
「な・・・」
「おぉ」
「ん?」
「うっそぉ・・・」
「・・・ちょ、ちょっと待ちなさい! それどういう意味ですか、サナも可愛いでしょう!?」

「五月蝿いよ変態」





























例えば、こんな「虚構」はいかがかな。







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