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《 8 》











目の前に広がった、何処までも透き通った濃い紫陽花色の炎。
未だ手錠に繋がれたままの両腕を顔の前で交差させて、目を閉じて―――。


「―――・・・っ?」


ふわり。と、直後に訪れた浮遊感に、そっと目を開ける。
そこにあったのは闇。その中央に、私は座り込んでいた。目を瞬かせたとき、もう一度浮遊感を感じて、慌てて手を着くと―――そこで、初めてここが何処か理解する。
球針態となっているロールの、「内側」だ。


「・・・ロール・・・?」
『クピッ』


呼びかけると返ってきた、短い返事。
手を動かすと、それは私を包むように滑らかな曲線を描いている。壁に体重を預けてこつりと頭をつけると、ロールの動力源である炎越しに、お兄ちゃんの聲が聞こえた。
それに酷く安心して、ホッと息をついて微笑めば。
正面の闇が、濃い紫の炎となり。そこから裂けて、光が差し込んでくる。一瞬目を細めたけれど、直ぐに慣れた視界には―――お兄ちゃんが、私を見上げて立っていた。
目が合うと、お兄ちゃんはほんの少しだけ苦く笑い、手を伸ばしてくる。私もそれに応える様に手を伸ばし―――。

とさり。

ロールから零れ落ちた私を、受け止めてくれた。
一拍後、クピッと小さい鳴き声とともに私の肩に落ちてきたハリネズミのロールに、少しだけ微笑み―――同時にひやりと冷め切った空気に、ぎくりと体を強張らせる。咄嗟に体を離そうとした、けれど。
・・・遅かった。


「いひゃ、いひゃいいひゃいいひゃいー!」
「この莫迦。大莫迦。何勝手に誘拐されてるの莫迦澪」
「ご、ごめんらひゃい・・・!!」


お兄ちゃんの指が頬に触れ、そのまま思い切り抓られる。しかも片方のほっぺたじゃない、両方だ。本当に容赦ない。
ロールが肩でオロオロしてるけどごめん、構ってられないよ。今は私のほっぺたの救出が先だ。


「いいひゃげんはらして! いひゃいってぶぁ!」
「何言ってるか判らないんだけど。澪、莫迦な子?」
「ひゃれのへいらと・・・! いひゃいー!」


文句を言おうとすれば更に強く抓られる。容赦の欠片もない。お兄ちゃんはお兄ちゃんで、私の顔と言葉を鼻で笑う。笑うのは別にいいけど本当にいい加減放してほしい、ほっぺた腫れたら如何してくれるんだ。
っていうかお兄ちゃん本当に止めて明日本気で学校休むよ!


「あっ、ヒバリさんやっと追い付―――・・・何この状況!?」
「ははは、相変わらず仲良いなー!」
「何やってんだこいつら・・・」


背後からの声に慌ててお兄ちゃんを押し返すけど、お兄ちゃんが腕を伸ばしただけで両頬をつねったまま離してくれない(悲しいけどリーチの差でこれ以上は無理)。
しかも、私がお兄ちゃんを押し返した事で更に痛みが強くなった。何で。


「あぅ、お、おにぃひゃ、ほんひょにいひゃいほぉ・・・!」
「自業自得だよ。取り敢えず僕の気が済むまでこのままね」
「ひぇ・・・!」
「(うわー澪ちゃん頑張って)」


助けろ。
と思った直後、何を思ったのかパッと手を話された。それでもほっぺたが引き千切られた様にヒリヒリ痛くて両手で押さえる。本当に、一切の手加減もない。トンファーで殴りはしないだけマシかもしれないけど、これはこれで酷い・・・。


「で。―――貴方が、誘拐犯?」
「そうだよ。・・・兄妹仲、良いんだね」


神社の屋根の上から様子を見ていたらしいアラウディさんに、お兄ちゃんが視線を向ける。その背後で私は両頬を抑えたまま項垂れて、沢田先輩に「大丈夫?」とか聞かれたり、山本先輩に笑いながら頭撫でられたりした。まだ肩に乗ってるロールは、励ます様にすりすりと頭を擦り付けてくる。
子供扱いしないで欲しいけど、お兄ちゃんに叱られた直後だからか、今はその優しさがすごく身にしみて嬉しかった。
・・・そういえば沢田先輩たち、何でここに居るんだろうか。リボーン君あたりにけしかけられたのかな。


「―――(彼らに似ていて、)すごく不愉快だ」


アラウディさんが、冷たく嗤ってそう呟いた声に―――あれ、と首を傾げて彼の方を見た。けれど。
途端、お兄ちゃんの纏う空気が、張り詰めたものから鋭く尖ったものへと変化する。沢田先輩が口元を引き攣らせて一歩下がったのを横目に見ながら、私はお兄ちゃんに声をかけた。


「ま、待って! お兄ちゃん、アラウディさんは―――」
「へぇ。捕まってる間に随分と仲良くなったんだね」
「あ・・・え、えっと・・・」


逆効果だった。
鋭い睨みと同時に返ってきた辛辣な言葉に(多分あれ「後で覚えとけよ」な意味も混ざってたよ!)、思わず口篭る。
そんな私の反応を見た後に、お兄ちゃんは―――私の手首に付いたままの手錠を一瞥。もう一度アラウディさんへと視線を戻した。


「・・・ねぇ。この無粋な手錠、さっさと外してよ」
「―――構わないけど、僕がその子の傍に行く事を、君は許してくれるのかな」
「鍵があるならそこから投げれば良い、二度とこの子には近付くな」
「・・・面倒な子供だな」


視線を逸らして呟いた言葉は、故意なのか判らないけれどこちらまで聞こえるもの。案の定、まるで空間に皹が入ったような―――そんな音が、お兄ちゃんの方から聞こえた、気がした。
禍々しい雰囲気に包まれた辺り一帯に、私は沢田先輩と同時に肩をびくりと上げた。山本先輩はニコニコ笑っていて、獄寺先輩に到っては―――どこを如何勘違いしたのか、沢田先輩に「ヒバリは殺るときゃ殺りますよ!」なんて笑顔で言っていた。どうしよう否定できない。
私は、お兄ちゃんは止められるけどアラウディさんは止められないし。


「・・・お兄ちゃん、」


不安に、小さく彼を呼んだととき。
―――ピピッ。と言う小さな電子音が、アラウディさんの方から聞こえた。

































「・・・? 何でここで緊急連ら、―――・・・。ねぇ、その妙なハリネズミ飛ばさないでよ。危ないよ」

「四の五の言わずさっさと手錠外してよ。さっきから言ってるだろう」

「お兄ちゃん少しくらい待ってあげようよ・・・!」

「はははっ! ヒバリにゃ漫画やゲームのセオリーとか通じねーな!」

「まぁ、ヒバリさんだもんね・・・」







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