第三悔

Amoris vulnus idem sanat, qui facit. 

××

雷門の屋上

そこに吹雪士郎は居た

なぜ彼がそんな所に居るのかというと、暑いのが苦手と言う至極簡単な理由だからだ

だから、まだ屋上の方が風があって涼しいだろうと思い、屋上へ勝手に入ったのだ

入った後で部外者である自分が入ってよかったのだろうか?と思ったが屋上の扉は開けられていたし、まぁいいだろうと勝手に自己完結することに


………やんなっちゃうなぁ


流れる雲を見つめて吹雪は先ほどの出来事を思い返す

先ほど体育館に全国の有能なサッカー選手が集められ、そこでFFIが開催される事を始めて聞かされたのだ

それについては別段不満など無いのだが、あの玲姫が居るということが吹雪にとっては何よりも嫌だった

吹雪は昔から周りの気配に敏感な少年でもあった

だからこそ、北海道で亜紀に会った時、彼は言い様の無い闇を感じてしまったのだ

ドロドロとした、底の見えない闇

それが気持ち悪くて、振り払いたくて、吹雪は勝手に亜紀を嫌悪した


………あの玲姫も、亜紀と同じような気配が少しした


そして、吹雪にとって最悪なことに玲姫はあの子と同じ気配を出すようになってきたのだ

それが吹雪にとっては何よりも嫌悪すべき事であり、そしてそれと同時にアレが同じチームのマネージャーとして働くのが何よりも嫌だった


「………どうしよっかな」


手を抜いて代表に選ばれないようにするという手もある

だけど大好きなサッカーに嘘を付きたくない

第一、嫌いな人間が居るという理由だけどそんな事をするだなんて……ありえない

結局考えがまとまらず、1つ溜息を吐いて屋上から出ようとした時だった


「おやおや、悩める少年…どうしたんだい?」


突然、見知らぬ少女が目の前に現れた

言い方がおかしい気もするが、だが本当にその通りなのだ

ドアが開いた音など聞いてない、足音など聞いていない

だけどその少女はまるで最初から居たかのように、そこに存在した


「いや、やっぱり何にも言わなくていーや、悩んでる内容知ってるし、あはは」


何が可笑しいのか、少女はニヤニヤと意地悪く哂う

少女の見た目はなんともちぐはぐだ

右側の髪はおかっぱの様に短いのに、左側の髪は肩にかかる位長い

袖が余りに余ってる大きすぎる白衣を着ながら、短すぎるスカートを履き

そして幼い顔をしながら、その声は大人の女性に近かった


「ねぇねぇ、何をそんなに悩む必要があるのさ……わかってるんでしょう?自分の気持ち、自分なんだからさ」


もの凄く嫌な言い方をする

悩む?自分の気持ち?

それの答えがわからないから困ってると言うのに


「本当に?」


不意に、少女が言う


「ほんとぉにぃ、わかってないつもりなのぉ?だとしたらおわらいぐさだねぇ」


ニヤニヤニヤニヤニヤニヤ、

哂いながら少女はゆっくりと、ゆっくりと、間延びした声で喋る

まるでそこだけ時の流れが遅くなったかのように、全てが遅れて見える


「ま、いいや……だったら教えてあげるよ」


かと思えば、急に普通に喋る

先ほどまでの意地の悪い声が嘘かのように

まるで何事もなかったかのように

全てが元通りになっていた

……何なんだこの少女h、


「好きなんでしょ?風丸亜紀が」


ドロリと、周りの景色が溶け始めた

先ほどまで普通だった景色が突然ぐるりとかき混ぜられ、立っていたコンクリートの地面がぐにゃぐにゃ曲がる

まるで真夏の溶けたアイスクリームかのように全てのものが溶けて混ざる

安定しない感覚が続き、なんだか気持ち悪くなってきた

先ほどまで少女の様に見えた子が、急に悪魔の様に見え始める

少女の顔が、口の端が耳元まで上がり目がドロリと真っ黒に染まり上がっていて整っていた顔立ちが一気に崩れてゆく

ケタケタと、甲高い娼婦の様な甘い声をその歪んだ口元から発する

これは、悪魔と言うより……


「魔女、って思ったでしょ?にゃは、ハズレ〜」


そう言われた瞬間、世界が正常に戻った

先程まで溶けていた景色が元通りになり、少女の顔も元に戻っている

そして、いつの間にか少女は屋上についてる柵の向こう側に立っていた

一体、何時の間に?

いや、それよりもどうやってあんなに高い柵の向こう側へと行ったんだ?

屋上に付いてる柵は軽く三メートル位はある

あの小柄な少女が登る事が出来たとは思えない


「じゃぁね、吹雪士郎……答えをこの『天才』がわざわざ教えてあげたんだから……少しは面白いの見せてちょーだいね」


そう言って少女はまるで友達に別れを告げるかのように、屋上から飛び降りた

って、え?


「ちょ、っ…嘘でしょ!!」


急いで柵に寄りかかって下を見る

先ほどの少女の突然の行動に驚いて手足が震え、柵に張り付く様な形で下を見る

だけどそこには自分が想像した様な少女の凄惨な死体などなく、変わらぬ日常が映し出されていた

部活動をやっている生徒が居て、カバンを持って帰ろうとしている生徒が居て、生徒を指導する先生が居て、

どこにも、少女なんて居なかった


「え?な、なんで」


あまりにも異常で普通な光景に、一瞬笑ってしまう

確かに、少女が飛び降りるのを見た

だから本来なら下には少女の死体があるはずなのに……

死体がないなら先ほどの少女は一体何だったのだ

まさかこの真昼間から夢でも見たというのだろうか?

それとも、先ほどの少女は屋上に住まう幽霊だったとでも言うのか?

それとも―――


『魔女、って思ったでしょ?にゃは、ハズレ〜』


先ほどの少女の言葉が頭の中でリフレインする

いや、違う

彼女は自ら言ったではないか

悪魔でも魔女でも幻でも幽霊でもない


「……『天才』」


なんとも可笑しな表現だ

自己紹介かのように、自分を自分で『天才』と言うだなんて

なのに先ほどの少女にはしっくりと当てはまる

まるで、『天才』と言う言葉が彼女の為にあるみたいだ

いや、実際に『天才』なのだろう

だって少女は意図も簡単に答えを出してくれた

まるでそれが当然の様に、空気を吸うかのような感覚で


「………好き、か」


あぁ、そうか、そうなんだ

なんだか憑き物が落ちた様な感覚だ

なんで、わかんなかったんだろう


「僕は、あの子が好きだったんだ」


たぶん、初恋

あの子は僕が始めて意識した異性でもある

昔、アツヤと僕とあの子で遊んだ時から……あの子だけが特別だった

僕の中の世界に初めて出てきた人でもある

だからこその、初恋

初めての人だから、特別で、初恋で、そして恐かった

あの子を初恋だと認識したら、僕の世界に家族以外の人が出てきたら、壊れると思った

壊れる事が、変化が恐かったのだ

だから無意識にあの子の事を考えないようにした

だけど、


「馬鹿だなぁ……本当に馬鹿だ」


自分からあの子を世界から追い出したのに、僕は身勝手に嫉妬した

浪花修練場での出来事

あの時は僕はあの子があの子だと確信を持っていなかった

だけど、あの子が発したたった一つの言葉


『あーちゃん』


それは幼い頃、あの子がアツヤにつけたあだ名だ

悔しかった

あの子は自分の名前ではなくアツヤの名前を呼んだのだ

幼い頃に雪崩に巻き込まれ、自分と同じく助けられた筈なのに行方不明な大事な弟

明らかにアツヤより自分の方があの子と一緒に居た時間は長いはずなのに……なのに、あの子は僕じゃなくて、アツヤの方を思いだした

それがどうしようもなく悔しかった

アツヤもあの子のことが好きなのはわかっていた

だから、その時自分でも驚く位嫉妬して

それで、


「……っ、亜紀ちゃん」


あの時、自分はあの子を殴ろうとした

間一髪であの子はその事に気づいて反撃したけど、それをキャプテンに誤解されて

自分も何も弁解しなくて、ただ良い気味だと思って


「本当、馬鹿だよ」


なんで、ちゃんとあの子の側に居れなかったんだろう

なんで、自分の身勝手で彼女を世界から追い出したのに嫉妬したんだろう

なんで、あの子のことをちゃんと理解しなかったんだろう


次々と溢れ出てくる後悔

だけどもう遅い

何もかも遅いのだ


「なんで、居なくなっちゃうのさ」


もうあの子は何処にも居ない

前まで手の届く範囲に居たのに、なのにもう何処にも居ないのだ

皆々、僕を置いていってしまう

すぐ側に居たはずなのに、なのにアツヤもあの子も遠くへ行ってしまった

小さな手を、まるで霞かのようにすり抜けて消えていく

どんどん、自分の中の小さな世界が塗り替えられていく

それは悪い事じゃないのに、良い事なのに

だけど、でも、それでも僕は、


「恐い、よ」


あんなにも、優しいチームメイトが側にいてくれたのに

それでも捨てる事ができない、アツヤへの思いも、あの子への初恋も

捨てれないし、消す事ができない


「っ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」


思いっきり泣いた

たくさん泣いて、叫んだ

それでも時は戻らないのに

意味のないことなのに

わかっていても、涙を止めることなんてできなかったし、

したくなかった


××


「あはははははっ、やっぱり面白い、実に面白いよっ!!」


くるくるくるくる、少女は愉快そうに回り続ける

まるで新しい玩具を手に入れた子供のように

まるで新しい快楽を見つけた大人のように

少女は愉しそうに哂う


「ユエ、どうしたの?すごく愉しそう」


ふと、どこからか新しい少女が出てきた

黄色いラインの入った青いセーラー服を着た無表情な少女

その濁った瞳からは何も読み取る事が出来ない


「愛奈、だってだってすっごく愉しいじゃん!!あの『王様』を殺した奴等が後悔する様が、絶望する様が!!実に愉しいよ!!」


「……『おうさま』、殺した人たち?」


「そうそう、これだから『王様』の側に居るのをやめられない!!あの人は何時だって私達を楽しませてくれる!!」


愉しそうに、楽しそうに、少女が哂う

クスクスドロドロ、周りの景色が徐々に掻き混ぜられていく

まるで溶けたアイスクリームの様にドロドロに溶けて、グチャグチャにスプーンでかき混ぜられて

アイスもケーキもクッキーもミキサーで全部かき混ぜて

クスクスと囁く様に哂う


「折角この『天才』が皆をこっちの世界に連れてきてあげたんだ、愉しい復讐劇を見せてもらわないと困るよ?」



愉しそうな笑い声が、劇の開幕ベルの様に町中に響いた



Amoris vulnus idem sanat, qui facit.


(自分に恋の傷を負わせた相手でないと、その傷は癒すことはで きない。)

(幕の上がった復讐劇)

(観客は私、役者は貴方達)


――――――――――――

DATA

ユエ『天才』―――誰か達をこの世界に連れてきた張本人
愛奈『???』―――ユエと一緒に居る謎の少女

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