CRESCENTIC SENSE[1/2]

(そう)ちゃん!」



午後8時。『今から行くね!』のメール1本で突然家までやってきた中澤楓(なかざわかえで)が、玄関から出てきた俺の姿を見て嬉しそうに笑う。花が咲いたような明るい笑顔だ。

脇にとまっているのは、楓の愛用する空色の自転車。楓の家からここまで、きっと30分以上掛かったはずだ。夜とはいえこの暑いのによく自転車で来たなと感心する。


「何だよ、こんな時間に」


なるべくつっけんどんに聞こえるように言うのに、楓は全くこたえる様子はない。


「うん、ちょっとね」


そう言いながら上目遣いに見せるのは、老若男女を惑わせる、はにかむような無敵の笑顔。

自他共に認めるバイセクシャルの楓には、節操がまるでない。

折しも夏休みの真っ只中。楓はきっと、勉強なんてお構いなしに、ここぞとばかりに男女見境なく奔放な性生活を満喫しているはずだった。

最後に会ったのは、確か1週間程前だ。



*****



『ひーくんとデートの待ち合わせしてたらサエちゃんと鉢合わせちゃって、何となく3人で一緒にいたんだけど、2人が結構いい感じになってきたから、俺だけ抜けてきたんだよね。俺、超空気読めてエラくない? だから蒼ちゃん、一緒に遊ぼ!』


電話越しに一気にまくし立てる楓に、もはや掛ける言葉も見つからない。

ひーくんは楓の今の彼氏で、サエちゃんは楓の元カノだったりするんだが、そういうことを深く考えてはいけないと、楓との付き合いの中で俺は悟ってしまっている。

そんなこんなで呼び出されて、一緒にゲーセンに行って、UFOキャッチャーで楓が欲しがるよくわからないヘンテコなぬいぐるみを取って。


『蒼ちゃんって無愛想だけど、すごくイケメンだよねっ』


急に気持ち悪いぐらい俺の容姿を褒め出したと思ったら、目が痛くなるようなキラキラしたコーナーに連れて行かれて。


『ほら、蒼ちゃん! カメラあそこだから、よく見て。もっとちゃんと笑って!せーの!』


人生初のプリクラまで撮らされて。


“初デート”


意味のわからない落書き入りで、ハサミでカットしたシートを押し付けられた。



*****



「蒼ちゃん。今日、何の日か知ってる?」


期待に満ちたその瞳を見て、もしや楓の誕生日かと気づく。

いや、確か早生まれのはずだ。


「知らない」


とうに陽は暮れているのに、気温は高い。ねっとりとした生ぬるい湿気が肌に絡みつく。

今夜もきっと、寝苦しい夜になる。


「あのさ、今日は8月9日だから」


ぽん、と楓が地面を蹴った。


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