the 2nd day[12/16]

呼吸もままならないこの瞬間を僕は待ち望んでいた。自分の意志で制御できない快楽を、沙生はいつも与えてくれる。苦しみと悦びの狭間に揺られながら、僕たちは闇雲に互いを貪り合う。
白い閃光が瞼の裏に走り、下肢が痙攣を繰り返す。それがこの行為の終焉を示す合図だった。

『ああ、イく、ああァ……ッ!』

身体の内側を巡っていた熱が爆ぜて、堰を切ったように溢れ出した。
声にならない声をあげながら、震える身体を沙生に押しつける。奥に広がる熱の流動を感じてまた喘いだ。
幾度も経験しているこの瞬間を迎える度、僕は死の淵にいるのかもしれないと思う。それは、生殖に繋がることのないこの行為が生とは対極にある気がするからだ。

『あ……さ、き……』

収まらない余韻に心許なく揺られながら、僕たちは長い間抱き合っていた。ドロリとしたもので僕の中がじわりと満たされているのがわかる。
沙生の全てをこの身体に取り込んでしまえたら、どれだけ幸せだろう。そんなことを口にすれば、沙生はどう思うだろうか。
呼吸を整えながら顔を上げてじっと見つめ合う。ぼんやりとしていた視界がゆっくりと輪郭を繋いでいき、やがて美しい恋人の姿を紡ぎだす。

『飛鳥、大丈夫?』

そんなに僕はおかしくなっていたのだろうか。羞恥にこくりと頷けば、唇がそっと重なる。
宥めるような優しいキスにゆらりと繋がる部分が反応して、また吐息がこぼれる。幾度もそれを繰り返してようやく顔を離すと、沙生の穏やかな微笑みが目に飛び込んできた。

『かわいいね』

子どもに言うようなその言葉を掛けられると、嬉しいと思う反面、少しの淋しさを覚える。いつまでも僕は幼馴染みというポジションから抜けられないような気がするからだ。
早く沙生に相応しい人になりたい。いくらそう願っても、僕たちの年齢の差は縮まることがない。そして、恐らくは精神年齢の差も。
大学の研究室で同年代の学生や年長者と肩を並べて遺伝子工学の研究に勤しむ沙生にとって、受験を控えた高校生の僕は幼な子のようなものだろう。
これから歳を重ねれば、いつかこの差は気にならなくなるのだろうか。
名残を惜しむように、僕たちは身体を繋いだまま座り込み、対面で抱き合っていた。滾る熱は余韻を残しながら次第に収束していく。
温もりを確かめたくて、ぴたりと肌を寄せ合う。どちらからともなく顔を近づけてもう一度唇を重ねた。この行為の終焉を惜しみながらもなお、僕は沙生の全てを欲していた。
少しずつ身体に篭る熱が落ち着くにつれて、まだ中に入っている沙生のものがひどく現実的に感じられる。
別個の肉体を交じらせる度、僕は沙生との差を痛感してしたう。

『本当は飛鳥のことを縛りつけて、ずっと傍に置いておきたいと思ってるんだ』

『ペットみたいに?』

沙生の唐突な言葉に思わず訊き返す。それは僕にとって幸せな願いだったから。

『いや、ちょっと違うかな。縛りつけるというより、誰も入ることのできない狭いところに閉じ込めておきたいんだ』

ふわりと脳裏を青く光る生物が掠めていく。
海の月は水面に揺らめきながら、人知れず輝いている。

『たとえば、水槽の中みたいな……』

『ああ、そうだね』

きっと沙生は僕と同じ情景を思い浮かべているのだろう。それが僕には嬉しかった。

『誰も直に触れることができないように。だって、飛鳥はどんどんきれいになっていくから』

誰かに取られてしまいそうで心配だ。
小さな声でそう言って、沙生はそっと苦笑する。けれどその不安はそのままそっくり僕のものに違いなかった。
僕の濡れた前髪を沙生の指先が掻き分けた。思考を探るように瞳を覗き込まれる。

『……大丈夫』

見つめ合ってそう囁けば、沙生は少し目を見開いた。キラキラとクリスタルガラスのように煌めく鳶色の瞳。そこには、ただ僕だけが映り込む。

『閉じ込めても、いいよ』

その瞳の中でずっと生きることができるなら、それこそ本望だ。

『飛鳥と一緒にいると、どんどん傲慢になっていくんだ』

溜息のようにそう言葉を吐き出して、沙生は僕の身体に回す両腕に力を込める。抱きしめられるぬくもりに安堵しながらも、なぜか胸がざわめいた。
僕もだよ、沙生。
少し前までは、沙生の傍にいられるだけでいいと思っていた。だけどこうして想いが叶ってしまうと、ますます貪欲になっていく。
僕だけを見てほしい。もっと一緒にいたい。こうして求められて肌を重ねても、どこか不安で仕方がない。
物心ついた頃からずっと恋い焦がれていた人とこうして過ごせることが、まるで夢のようだ。けれどこれは幻ではない。感じる温もりが、確かに現実なのだと僕に教えてくれる。
このまま雁字搦めに縛り合い、二人で狭いところに閉じ籠もることができればいいのに。そんなことを本気で願ってしまう。
誰も入ることのできない、世間の全てから隔離された場所へ行きたい。
そっと瞼を閉じると、闇の中にふわりとギヤマンクラゲの姿が浮かび上がる。
あの愛おしい生き物が水槽で密やかに呼吸するように、僕はこの腕の中で飼育されたい。

ああ。沙生のいる世界は仄暗く、奇跡のように美しい。










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