「お前、何なんだよ」
「アスカ」
「 ─── は?」
「僕の名前」
そんなことは訊いてない。
「大方、親父に頼まれでもしたんだろ」
さっきから思っていたことを言うと、アスカはそれには答えずに口を開く。
「とりあえず遅いし、帰ろうか。サキトのマンション」
「まさか、お前はついて来ないよな」
「そのまさかだ。そういう契約だから」
意味のわからないことを言ったと思えば、もう通りがかった空車のタクシーを止めている。
「勝手なことすんなよ」
黒塗りのタクシーの後部ドアが開けば、アスカは俺を押し込むように乗せて、自分もその後に続く。
アスカが運転手に告げた行き先は、紛れもなく俺が1人暮らしをするマンションの住所だった。
どういう関係かは知らないが、親父が俺の様子を窺うためにアスカを寄越したことには違いない。
中途半端に過保護な親を忌々しく思いながら、溜息をついて左隣を見る。
窓の外を流れるイルミネーションに目をやるアスカの横顔は、ハッとするぐらいきれいだった。
「さっきのお店にいたとき」
桜色の唇を動かしながら、アスカがこちらを向く。
「サキト、すごく退屈そうだったね」
俺はアスカを見つめる。吸引力のある瞳は、夜の街が放つ全ての光を集めたかのように煌めいていた。
そうだ。俺はこの世界に退屈してる。
「親父に言っとけよ。あんたの息子は品行方正に真面目な大学生活を送ってるってな。追い返したなんて言われたくないから今夜は泊めてやるけど、朝になったら帰れ」
アスカは返事をせずに、また窓に目を向ける。
さっきまであんなに賑やかな空間で馬鹿みたいに騒いでいたせいか、今はこの沈黙が心地好かった。
部屋に入った途端、アスカが少しだけ目を見開く。
「いいところに住んでるね」
都心に建つマンションの最上階、2LDK100平米。
大学に入って家を出たいと言った途端親から買い与えられた部屋は、幾らか知らないが普通のサラリーマンじゃ買えないような値段には違いなかった。
バカみたいに飲んだせいで頭がぼんやりしていた。俺はリビングにアスカを置いてシャワーを浴びに行く。
熱めのシャワーを浴びて戻ると、アスカは立ち尽くしたまま窓の外を眺めていた。
空の向こうを一心に見ようとしているみたいだった。
「お前も浴びてこいよ。バスタオル、洗面所に置いてるから」
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