人生は退屈だ。
俺は18歳にして、とっくに悟ってる。 ガキの頃から欲しいものは何でも手に入ったし、やりたいことは何でもできた。
親が付けてくれた優秀な家庭教師のお陰で、勉強に困った記憶もない。
愛は金じゃ買えないなんて言うけど、それは嘘だ。
人間関係は金で買える。実際今まで俺がそうしてきたんだから間違いない。
俺の持ってるものが欲しくて近づく男。掃いて捨てるほど言い寄る女。不自由なんて何もない。
俺はこの先、つまらない奴らに囲まれながら親の会社を継いで、つまらない女と結婚して、つまらない人生を送るんだろう。
「サキト、迎えに来たよ」
午前0時。クラブのVIP ROOMで湧き起こっていた喧騒が、そのひと声でピタリとやんだ。
「誰だよ、咲都」
隣に座る賢史が俺に言う。大理石のテーブルに空けたばかりのショットグラスを置いて、俺は扉から入ってきたそいつを見上げる。
年は、俺より少し上だろうか。
人間離れしたきれいな顔は、寒気さえ覚えるほど整ってる。真っ直ぐに俺を見つめる、ふたつの眼差し。生まれたての赤ん坊みたいに澄んだ瞳には、妙に大人びた翳りが射す。
桜色の唇が、ゆっくりと開いた。
「サキトの兄です」
そう言って、微笑みの形に唇を結ぶ。
「へえ、こんなきれいなお兄さんがいたんだ」
ざわめきが起こるのを気にも留めずに、そいつは俺の腕を掴む。
繊細できれいな手だと思った。
「咲都、行っちゃうの?」
「えー、つまんない」
名前も知らない女どもが口々にそう言う。
「ごめんね。でも、支払いは済ませておくから、ゆっくり楽しんで」
自称俺の兄は、そう言って腕を掴んでいるのと反対の手を俺の腰に回し、ズボンの後ろポケットから財布を取り出した。
「おい」
さすがに眉を顰めて咎めようとすれば、きれいな眼差しが煌きながら俺を捕らえる。
「行こうか」
─── どっちがつまらない? 夜光虫みたいに寄って来るこいつらと、この得体の知れない男と。
俺は立ち上がる。
導かれるままにつまらない喧騒に背を向けて、振り返らずに部屋を出た。
「俺、兄貴いないんだけど」
店の前で、腕を掴むその手を振り解くと、そいつは全く動じることもなく涼やかに微笑んだ。
「知ってる。ひとりっ子だよね」
全てを見透かすような澄んだ瞳に真っ直ぐ見つめられれば、時間が止まったような気がした。
ガラクタをひっくり返したみたいな夜の街で、ここだけが異空間のようだ。
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