ゆっくりと、浮遊していた意識が身体に戻ってくる。目を開ければ厚いカーテンの隙間から射し込む光が眩しい。そして気づくのは、包み込むように大切に抱きしめられているぬくもり。少しの間離れていただけなのに、懐かしく感じられる抱擁に安堵の溜息が漏れる。全身がひどく気怠い。ここへ戻ってきた翌日はいつもこうだ。眠ってしまえば朝早く起きることができないし、頭が重くて身体がいうことをきかない。だから、1日中ぼんやりと過ごすことになる。きっとこれは、誰かと過ごした4日間をリセットするために必要な時間なのだと思う。身を捩れば素肌に触れる滑らかなシーツの感触に気づいて、昨夜何も身につけずに倒れ込むように眠ってしまったことを思い出した。「おはよう、アスカ」耳元で響く艶やかな低い声で、頭の中がはっきりと覚醒していく。「………おはよう」ユウはとうに起きているはずだった。それでもいつものように、傍に寄り添って僕の目覚めを待ってくれている。いつか、僕はユウに訊いたことがある。──── 僕が起きるまでじっとしていて、退屈じゃないの?けれどユウは、ただ笑ってかぶりを振るだけだった。『お前がいない4日間の方が、退屈と言えば退屈だな』僕はいつまで甘えていられるのだろう。ユウの傍は居心地がいいけれど、永くここにいられるわけではないことはわかっていた。「起きられるか」小さく頷くと、ユウはするりとベッドから抜け出した。失われていく体温が恋しくて、思わず手を伸ばす。宙を彷徨う手を軽く取ったユウはそっと握り返して、もう片方の手でサイドボードから小さな包みを取り出した。目の前に差し出されたのは、落ち着いたグレーの包装紙に赤のリボンが印象的なパッケージだ。どうやら僕へのプレゼントらしい。起き上がって、恐る恐る訊いてみる。「ありがとう。どうしたの?」僕の問いかけに、少しだけ困ったような表情になる。ユウがそんな顔をするのは珍しい。「買うつもりじゃなかったんだが、流れでな」「流れ?」「付き合いだ」付き合い、ね。妙に歯切れが悪いのは、僕には言いにくいようなことがあったのだろうか。そう考えた途端、胸の内に小さなわだかまりが燻る。これ以上ユウを縛り付けてはいけないと思うのに、そんな気持ちとは裏腹に僕はユウの影に誰かの存在を感じると、なぜだか焦燥感に駆られてしまう。「開けていい?」向けられた穏やかな微笑みに同じものを返そうとするけれど、もしかするとうまく笑えていないかもしれない。鮮やかな赤のリボンを解いて包装紙を剥がし、箱を開けてみれば丁寧に折り畳まれたそれが目に飛び込んでくる。海の色のような深い青の美しいストールだ。「素敵だね」僕の手からそれを取ったユウは、そっと首元に巻き付けてくれる。ふわりとした肌触りのいい生地に包まれながら、僕はユウを見つめる。「よく似合ってる」そう言って僕を見る眼差しが本当に優しくて、懐かしさに胸が疼いてしまう。サキと同じ、きれいな鳶色の瞳だ。だから ──── だから僕は、この場所にしがみついてしまう。「ユウ」名を呼んで両腕を伸ばせば、ちゃんと届くように身体を寄せてくれる。絡み合う視線の間にじりじりとした熱が生まれていく。その距離を詰めて唇が触れるだけのキスをする。もどかしさを感じながらゆっくりと離すと、窺うように顔を覗き込まれた。「まだ、疲れてるだろう」この瞳は、僕の身体の中に燻る情欲さえ見透かしてしまう。「大丈夫………」もう一度、唇を重ねてみる。今度は僅かな隙間を縫って入り込んでくる舌が、僕のそれを容易く絡み取る。「………ん、ん………」甘く濡れた音を耳が拾って、ドクドクと鼓動が高鳴っていく。反応を示すそこに指を絡められた時にはもう、胸に抱いていたつまらない焦りや淋しさは、きれいに吹き飛んでしまっていた。するりと首元に巻かれたものを抜き取られて、そこにキスを落とされる。小さな熱を感じるたびに身じろげば、シーツに縫いとめるように押さえつけられた。ユウのもたらしてくれる快楽は僕を容易く浚い、深い海の底へと導いていく。うっすらと目を開ければ、白い天井がぼんやりと見える。曖昧な、けれど確かに存在する淡い境界。ここからサキのいるところまでは、あまりにも遠い。「好きだよ……」僕の言葉に応える代わりに、強く抱きしめてくれる。僕がこの場所に縋りつく意味をわかった上で赦してくれるのだ。ここには愛などない。けれど、僕たちは何かに導かれるように身を寄せ合い、上滑りな絆で繋がる。この海の底から見えるのは、プラスチックに描かれた空。“after Plastic Love side A” end2015.1.19 - 1 - bookmarkprev next ▼back