「駄目かな」僕の頬は、のぼせたみたいに火照ってくる。「ううん。すごく嬉しい」軽くキスすると、また体温が上がっていく。もうすぐ僕は沙生と同じ大学に通う。沙生は遺伝子工学の研究が忙しいから、大学ではきっとそんなに会えない。それでも、キャンパスで一緒にいられるときは、沙生と手を繋いで過ごす。そんなことを想像するだけで、心が満たされていく。僕は右手で沙生の左手を取って、しっかりと握りしめる。「沙生、離さないで」沙生の微笑みは、本当に優しくて。このまま時間が止まってしまえば、どれだけ幸せだろうか。「飛鳥」大好きな沙生の声が奏でる言葉は、僕の涙腺を刺激する。『愛してるよ』「アスカ」闇の中でぼんやりと僕の顔を覗き込む瞳が見えた。小さな頃に遊んだガラス玉のような、煌めく鳶色の瞳。でもそれは、サキの瞳じゃなくて。「ユウ……」親指で目尻を拭われて、自分が泣いていることに気付く。「サキの夢を、見てた」言葉にすればそれが夢だったことがはっきりと感じられて、僕はゆっくりと絶望していく。優しく抱き寄せてくれるユウの体温は、夢の中のサキのものに似ていた。夜の空気を吸い込みながらまばたきをすれば、また涙が溢れ出す。本当は、ここが夢の中なのかもしれない。僕は今、サキのいない世界の夢を見ているのだ。でも僕はもう気づいている。これは醒めることのない夢なのだと。夢の中から引き摺り降ろした甘い熱が、僕の身体に燻っていて。その熱さに堪え切れずに、僕はユウの身体にしがみ付き懇願する。「ユウ、抱いて……」与えられるのは、どこまでも優しい口づけ。僕は罪のないユウを闇へと誘う。ユウは何もかもを押し殺して、ただ僕の身体に沈んでいく。抱かれることで全てを忘れたいのに、抱かれる度にサキを思い出す。月のない漆黒の夜が、僕たちに覆い被さる。夜明けはまだ、見えなかった。"Moonless Kiss side A" end - 51 - bookmarkprev next ▼back