「良真」
その名を呼べば、美貌の少年がゆっくりと振り返る。
「イライラしてるね」
そう指摘する僕を上目遣いで睨むその瞳には、淡く美しい光が宿る。
今日は朝から機嫌が悪そうだったけど、夕刻を迎えた今、もはやピークになっているようだった。
「お腹すいてる?」
前に取った食事の時間から換算すると、そろそろ空腹を覚える頃だからそう言ったのに、良真は余計に腹を立て出した。
「はあ? いい加減にしてくれ」
そう言って、さらさらとした髪が靡くほどの勢いで足早に歩み寄ってくる。
「透也。お前、何か忘れてないか」
手を伸ばせば抱き締められる距離で、良真は僕を見つめる。
忘れる、だなんて。良真はおかしなことを言う。
僕のデータはどんどん蓄積されていく。忘れることなんて、決してないのに。
「何が?」
とぼける僕に、ますます機嫌を損ねてしまったらしい。「もういい」と踵を返して戻り、再びコンピュータと向き合い出す。
繊細なカーブを描く頬が、むくれて膨らんでいる。
僕の主人は、我儘だし素直じゃない。優秀な遺伝子を掛け合わせて作られた良真は、最高の頭脳と綺麗な顔を持って生まれた政府の宝なのに、残念ながら性格がいいとは言い難い。
それが持って生まれたものでないのだとしたら、良真の教育係として造られた僕の育て方が悪かったのかもしれない。
どこをどう間違えたのだろう。僕は密かに自問する。
鬱蒼とした緑に覆われたガラス貼りの小さなドーム内には、澄んだ空気が満ちている。樹々のざわめきが聴こえるようなこの空間を、僕達は気に入っていた。
良真の開発した乾燥ストレス耐性植物は砂漠緑化に大きな貢献をもたらし、地球の深刻な砂漠化に歯止めを掛けようとしている。
まだ幼さを残すこの少年は、沢山の可能性を秘めている。次はどんな魔法を見せてくれるのだろう。
神様に一心に愛されたその美しい横顔を、僕はそっと眺める。見られていることに気づいたらしく、形の良い唇が動いた。
「透也の馬鹿」
子どもっぽい言い方に、僕は苦笑する。
「そうだね、僕は馬鹿だ」
良真のもとにゆっくりと歩いていく。 屈み込んで、その頬にそっと手を置き、こちらに顔を向けさせれば、掌の中の頬がほんのりと色づきだす。
「16歳の誕生日、おめでとう」
僕の言葉に良真は目を伏せる。睫毛が頬に影を落とす。
僕はその唇にゆっくりとキスをする。 心拍数の増加。体温の上昇。唇から流れ込む良真のデータを、しっかりと蓄積していく。
「……意地悪」
上目遣いに僕を睨む瞳が、僅かに黒目がちになる。
人間は好きなものを見ると瞳孔が拡大する。その拡大率を細かい数値まで算出して、それも僕は記録する。
全部、良真が僕に好意を寄せている証拠。だから僕は、そのデータをとても大切にしている。
「何歳になっても、ずっと大好きだよ」
そう口にすれば、恥じらいながら目を逸らす良真がまたかわいくて。
いずれ僕は良真に年を追い越される。でもそれは、外見上の年齢の話。
僕は良真の寿命より長く稼働するはずだ。
良真が天寿を全うしたら、必ず僕が弔おう。
毎日毎日、良真の眠る場所に花を絶やさない。
僕はエンバーミングを施した美しい亡骸の前で、集積した良真のデータを夢見るように反芻し続けるのだろう。
いつか僕の機能が停止する、その日まで。
「……俺も」
ポツリと、呟くように言う。
「俺も、透也が好きだ」
首に腕が回される。華奢なその身体を、僕はしっかりと抱き締める。
二度目のキスは、さっきよりも深く。 高度な技術の結晶として造られた僕は、多分キスをしても人間とそう変わらない感触になっている。
「……ん、ふ……」
キスの合間を縫うように漏れる声。普段とは違う声域。このデータは、不足している。もっと集めないと。
僕の中で、カチリと音がする。新しい域に達した時の信号だ。
唇を離すと、良真は恍惚とした顔で僕を見ている。
次の段階に進むべきか否か。アンドロイドなのに、僕は少し逡巡する。
その瞬間には、導かれる答えはもう出てしまっているのだけど。
「良真、愛してるよ……」
ガラス貼りのドームに月の光が晄晄と降り注ぐ。
誰もいない世界の片隅で。
僕はゆっくりと禁断の果実を食む。
fin.
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ブログで私が中学生のときに書いていたベタベタな設定のSF小説について暴露したところ、その中に出てくるアンドロイド×天才少年を読んでみたい!と言って頂けたので、思い切ってまさかの番外編を書いてみました。 時を経た番外編も、やっぱり垢抜けない近未来物ですね……。でもこの2人は好きだったので、勇気を出してお披露目です。妙に恥ずかしくて、消したい衝動に駆られてます。
2013.3.23
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