灯りを消してリビングの窓を開けると、月明かりが差し込む。

真夜中の空気は冷たく澄んでいて、僅かな眠気を覚ますのにちょうどよかった。

タワーマンションの最上階は見晴らしがよくて、こうして風を受けながら下を覗くとまるで空を漂っているみたいだ。

僕がここにいたいと思う理由のひとつは、きっとサキがいる天国に近いからだ。

僕は時間を持て余しながらじっと待つ。

きっと、もうすぐ帰って来る。

待つのは嫌いじゃない。でも、いつもより遅いと、ひどく不安になる。

このまま永遠に帰ってこないかもしれないなんて、不吉な考えはいけないのに。

カチリと、デッドボルトの回る音がした。

僕は安堵しながら玄関まで出迎えに行く。

「ユウ、おかえり」

「ただいま、アスカ」

仕事を終えて帰って来たユウは、疲れた顔も見せずにそう言う。

「なかなか帰らない客がいたんだ」

仕事だから、仕方ないのに。帰りが遅くなった理由を、きちんと僕に話す。

「大変だったね」

僕はユウと部屋へ向かう。




ユウがシャワーを浴びている間、僕はベッドに潜り込んで待つ。

静かな寝室に一人でいると、さっきとは別の不安が頭をよぎりだす。

いつまでこうしていられるのだろう。

ユウに恋人ができたら、僕はここにはいられない。

そのときは出ていかなければいけないとわかっている反面、いざそうなれば自分が路頭に迷うことは間違いなかった。

ユウがいなければ、毎夜僕の隣で寝てくれる人がいなくなる。

僕は悪夢から目覚めたときに一人でいるのが怖くてたまらない。

「アスカ」

いつの間にかシャワーを終えたユウが、寝室に入って来ていた。

ベッドに入り込んで僕をそっと抱き寄せるその身体は、火照っていて心地好かった。

「また余計なことを考えてたな」

ユウは他人の心が読める。そして、いつも少し先のことが見えている。

それぐらいユウは察しがいい。昔から、そうだった。

「ユウ、好きな人いないの？」

思い切ってそう聞くと、大きな手で包み込むように僕の頭を撫でる。

きれいな鳶色の瞳が僕を映しだす。

「何も心配しなくていい」

「答えになってないよ」

ユウはいつも僕を子ども扱いする。

「アスカが好きだ」

ほら、ね。

「ユウに好きな人ができるまでは、ここにいていい？」

「アスカに好きな奴ができるまで、いればいい」

恐る恐る尋ねる僕に、ユウはそんな言い方をする。

その瞳がサキと同じ色だから。

サキにそう言われた気がして、僕の胸がチクリと痛む。

「早くお休み」

眠りにいざなう深い響きの声を聞けば、急激に眠気が襲ってくる。

微睡みと共に降りてくるのは、唇が触れるだけの、優しいキス。

「おやすみなさい……」

「おやすみ、アスカ」




天上の揺りかごに揺蕩いながら。

僕は、暖かな腕の中で浅い眠りに落ちていく。




"Heavenly Kiss side A" end

- 23 -

bookmark

prev　next

▼back