Graduation Kiss[3/3]

「沙生、これ」


僕は制服の左胸から、白い薔薇のブートニアを取り外す。

花弁がふわりと揺れて、薔薇の匂いが仄かに香る。


「沙生に受け取ってほしいんだ」


そう言って差し出せば、沙生は秘め事を囁くように口を開いた。


「それ、誰かに欲しいって言われなかった?」


僕はかぶりを振りながら、沙生の胸元に香しい花をそっと付け直す。




6年前の今日、沙生が僕に言わなかったことがある。

沙生の母校でもある僕の高校では、代々男子生徒は白い薔薇のブートニアを、女子生徒は赤かピンクの薔薇のコサージュを付けて卒業式に出席する。

そして式が終わった後、好きな人に自分の薔薇を送るのが、慣わしなんだ。




あの時、沙生はどんなつもりで僕にこの薔薇をくれたんだろうか。

訊きたかったけど、知らないままでいるのもいいかな、なんて思っている。


「飛鳥」


わずかな光を反射してクリスタルガラスのように煌めく沙生の双眸は、本当に美しい。


「大好きだよ」


掌がそっと頬に添えられて、唇が重なる。

挿し込まれる舌と共に沙生の想いが身体の中に注ぎ込まれて、暖かく僕を満たしていく。

手持ち無沙汰な両手を背中に回して、何度も角度を変えて舌を絡ませる。

チリチリと燻る熱に浮かされながら、名残惜しく唇を離した。


「僕の方が、大好きだ」


そう呟けば、沙生はもう一度僕の唇を軽く啄ばんだ。


「帰ろうか」


僕は今、きっと物欲しげな顔をして沙生を見ているに違いない。

こくりと頷けば沙生は優しく微笑んでくれて、僕は縋るようにねだってしまう。


「帰ったらすぐに沙生の部屋へ行っていい?」


返事の代わりにそっと頭を撫でられて、ただそれだけで背筋を甘やかな震えが伝っていく。

手を繋ぎ直してホールの扉を開ければ、明るい陽の光が飛び込んできて思わず目を細める。

振り返れば、後ろからきた沙生は眩しがる様子もなく、ただじっと僕を見ていた。

僕の全てを捕らえて離さない、きれいな鳶色の瞳で。

僕はもう身も心も、雁字搦めに愛おしいこの人に囚われてしまっている。

だから僕は、これからもずっと沙生を追いかけていくのだろう。


「沙生、ありがとう」




視線を絡ませるように見つめ返しながら、僕は沙生といられる奇跡に感謝する。





"Graduation Kiss" end


2014.3.2



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