大丈夫。他には何もいらないんだ。
いろんなものを失う覚悟なら、もうとっくにできてる。
赦されない愛を告白した、あの夜から。
インターホンを鳴らすと、待ち焦がれてたかのようにすぐに扉が開いた。
僕は後ろを振り返り、人がいないことを確かめてから滑り込むように中に入る。
「唯斗」
低い声でそう呼ばれると、心の中にじんわりと暖かいものが流れ込んでくるのを感じる。
後ろ手に扉を閉めて、鍵を掛けて。
僕は目の前の人に抱きついてキスをねだる。
「ーーー兄さん」
その言葉の響きが背徳を含んでいることは、十分わかってる。
でも、慣れた呼び方を替えることはなかなか難しくて、2人きりのときはやっぱりこう呼んでしまう。
週に1度だけ。仕事が休みの日の夜、僕は愛する兄の元を訪れる。
唇が重なれば、1週間分の想いを注ぎ込むかのように熱い舌が口の中に入って来る。
「……ん……ッ」
濃厚なキスを交わすと、服の裾を捲られて直に肌に触れられる。待ち侘びていた感触に身体が震える。
「兄さん、シャワー……」
顎を引いて何とか唇が離れた隙にそう訴えると、兄さんは口を開く。
「出る前に浴びてきたんだろう」
こくりと頷いてそのまま額を胸に押し付けると、背中を這っていた掌がゆっくりと背筋をなぞりながら降りてきて、ズボンのベルトに掛かった。
求められるのはすごく嬉しいけど、その動きがあまりにも性急だから、つい笑みをこぼしてしまう。
「ベッドで、しよう」
見上げながらそう提案すると、兄さんは僅かに頬を緩ませてまたキスをくれた。
早く欲しいのは僕も同じだ。
靴を脱いで数秒で辿り着ける距離さえもどかしかった。
7歳年上の兄が好きだと自覚したのは、中学2年生の頃。
周りの友達は皆女の子の裸に興味を持つのに、僕は兄さんのことしか考えられなくて、兄さんに彼女の影がちらつく度に心を痛めてた。
僕が中学を卒業すると同時に、兄さんも大学を卒業する。
なのに、兄さんは突然、就職先の社員寮で1人暮らしをすると言い出した。
家から通えない距離じゃないのに。やり場のない想いをを抱えたまま離れるのがつらくて、思い余って好きだと告白したのは兄さんが家を出る前夜。
それが初めて僕たちが肌を重ねた夜になった。
絶対に叶うことはないと思っていた想いが通じて幸せだったのも束の間。
必死に隠してたつもりなのに、なぜか両親に僕たちの関係がすぐにばれてしまった。
高校生になったばかりの僕は、当然家にいられなくなって、兄さんの住む寮に転がり込む。
でも、そこでもやっぱり周りの人に感づかれてしまう。
決定的なところを見られたりするわけじゃない。なぜかはわからないけど、僕たち2人の間にはただならぬ空気が漂っていて、周囲に不穏な気持ちを抱かせてしまうらしかった。
兄さんは会社を辞めざるをえなくなった。僕たちは根無し草みたいにあちこちを転々として、仕事と住む家を決めては落ち着こうとする日々が続く。
でも、どんなに隠していてもやがては誰かに気づかれて、追われるように出なければならなくなる。いつもその繰り返し。
流れ流れて僕たちが辿り着いたのは、ゲイ専門のデリバリーヘルス店「CAGE」だった。
籠という名の性風俗店に、僕たちはなりふり構わず飛び込む。
兄さんはそこでマネージャーとなり、僕は名前を捨ててボーイになった。
一緒にいられるのなら、僕は何だってできる。
兄さんもきっと、同じ気持ちだったんだろう。
周りの人にばれないように、僕たちは他人を装って別々のところに住むようにした。
僕は従業員寮。兄さんはそこからタクシーでワンメーターの、このマンション。
店の事務所以外で逢うのは週に1度だけ。本当は、もっと一緒にいたい。でも、誰かに気づかれればここにはいられなくなるから。
だからこそ、密やかな逢瀬はいつも甘くて激しい。
「あ、あ……ッ」
愛する人の上に跨って、先端をあてがいゆっくりと腰を落としていく。全部入った途端、中を掻き混ぜるように腰を揺さぶれて堪らず大きな声が漏れた。
「唯斗……」
熱っぽく名を呼ぶ兄さんは、濡れた漆黒の瞳に僕を映し出す。
僕だけが知ってる。普段寡黙で表情を出さない兄さんが、実はすごく情熱的だということを。
スプリングを軋ませながら腰を弾ませると、兄さんの唇から深い吐息が漏れた。
「兄さん、好きだよ……」
繋がってるところがもう熱くて蕩けそうだ。
このまま、一緒に融けてしまえればいいのに。
そうすれば僕たちはずっと離れずにひとつになっていられる。
「ん、んっ、あ……ふッ」
突き上げられて声を漏らすと、抱き寄せられてそのままキスされる。
「ん、ん……ッ」
耳に届くのは下肢から聴こえる濡れた音。中が擦れる度に生まれる熱が、全身に廻っていく。
「唯斗、愛してる」
喘ぎながら何度も頷けば、動きが一層激しくなった。
「も……イッちゃう、あ、あっ……」
前戯で何度も果てた身体はすっかり快楽に貪欲で、すぐに昇りつめていく。
なのに、ピタリと動きが止まって、僕は堪らず顔を上げる。
「兄さん……」
苦しくて全身がドクドクと脈打ってる。早く頂上まで辿り着きたくて、目が潤んでくる。
「唯斗、名前」
短くそう言われて。駄々っ子みたいな兄さんを愛おしく思いながら、僕は口を開く。
「絢斗、愛してる……」
途端に、律動が再開されて。
「ふ……ぁ、あぁッ……あっ!」
腰を弾ませるように揺すられれば欲しくて堪らなかった絶頂が容易く訪れる。
胎内に熱いものが注ぎ込まれるのを感じながら、僕は熱が引くまでその胸に頭を預けてじっと余韻に浸っていた。
週に一度こうして兄さんと愛し合うことを待ち望みながら、普段の僕は店で男の人を相手に前戯だけのプレイをする。
兄さんのことを想いながら、淋しさを埋め合わせるようにお客さんと肌を合わせると、自分でも不思議なぐらい気持ちのバランスが取れてくる。
兄さんは、僕が性風俗の仕事をすることには何も触れない。
もしかしたら、本当は僕が他の人とそんなことをするのがいやで、一緒にいるために我慢してくれてるのだろうか。
考え出すとキリがないけど、答えが出たところで行くあてはない。
ここは僕たちが辿り着いた、最後の場所だから。
「新しいボーイが入ったんだ」
情事のあとの気怠い身体をベッドに預けながらうとうととしてると、兄さんが話し掛けてくる。
「どんな子?」
「顔もいいし、雰囲気もある。気が強くてプライドが高そうだが、本人がちゃんと割り切ることができれば、売れるだろうな」
簡単に割り切れないような事情があって、入ってきたんだ。そう思いながら、兄さんから聞いたその子の名を胸に刻み込む。
ここはそんなに悪いところじゃない。色々教えてあげられたらいいな。
ゆっくりと微睡みが訪れる中、揺らぐ意識の狭間を縫うように唇に暖かいものが触れる。
そのまま唇をこじ開けるように柔らかな舌が挿し込まれるから、なすがままに受け入れて絡ませる。そこからひとつに融け合うような錯覚がした。
罪に濡れた身体がまた熱を持ち出す。
誰にも赦されなくていい。
他には何もいらないから。
どうか、この夜が永遠に繰り返されますように。
"Forbidden Kiss" end
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