K01 : 熱の入江[2/24]


独身かどうかなんて、気にしたことないのに。

「でもね、最近は女の子とエッチしてないんだ。女の子って色々めんどくさいし、男同士の方が気持ちいいし」

「楓くんは、すごく自由なんだね」

にこやかに微笑みながら、眩しいものを見るみたいに目を細める。

「多田さんは、自由じゃないんだ。結婚してるし」

俺の言葉に、多田さんは左手の薬指に視線を流す。

「まあ、そうかもしれないね。でもこの年になると、拠り所が欲しくなる」

指輪を見つめながらそんなことを言うこの人は、きっと奥さんのことを思い浮かべてるんだろう。

多田さんがこんなに素敵なんだから、奥さんだってきっと外見も内面もかわいらしい人なんだろうな。

「結婚してまだ半年だし、子どもがいないんだ。だから、夫婦というより恋人同士の延長みたいな感じかな」

「へえ、新婚さんなんだ。奥さん、どんな人? 美人?」

「ああ、うん。まあね」

「うわ、デレデレしてる!」

頬杖をつきながらそう茶化せば、多田さんは少し恥ずかしそうに笑った。

その笑顔に、俺は眩しい陽の光を見るみたいに目を細めてしまう。

羨ましいとかじゃなくて、なんか、この人は俺とは違う世界に住む人なんだなって思う。

俺はきっと一生結婚なんてしない。誰かとずっと一緒にいることもない。

「楓くん、人懐っこいし友達がたくさんいそうだね」

「友達? いないよ。セフレならいっぱいいるけど」

即答した途端、多田さんはむせてしまって、口につけていたビールジョッキを離す。

「大丈夫?」

顔を背けながらしばらく咳き込んで、やっと調子の戻った多田さんは開口一番「ごめん」と謝った。

「ちょっとびっくりして」

それが普通の反応なんだろう。初対面の相手なのに、俺も酔いに任せて飛ばし過ぎたかもしれない。

「ちょっと仲良くなったと思ったら、すぐ恋愛とかエッチに発展しちゃうんだよね。そういうのって、友達って言わなくない?」

「ああ、なるほどね」

どこまで納得してくれてるのかはわからないけど、多田さんは優しく相槌を打ってくれる。

「そんなふうにならないのは、1人だけなんだ。高校のときの同級生なんだけど。その人が、俺の唯一の友達」

俺はちょっと無愛想な「友達」の顔を思い浮かべる。

戸高蒼(とだか そう)。

蒼ちゃんとは、俺が高校1年のときからの付き合い。2年間同じクラスで、3年のときは文系と理系で分かれちゃったんだけど、高校時代は蒼ちゃんといるのが居心地よくて堪らなかった。

蒼ちゃんを一言で表せば、クール。でもってもう一言付け足せば、イケメン。

無口な蒼ちゃんの涼やかな眼差しは、女の子の心臓をガンガン射抜く。

だから蒼ちゃんは俺なんかよりよっぽどモテるし、周りにはかわいい女の子が遠巻きに、でもいっぱい寄ってくる。

蒼ちゃんはそんな視線にはあんまり興味がなさそうで、それでいていつの間にかちゃっかり1番きれいな子と付き合ってる。

で、俺がそれを知ったときにはもう別れた後だったりする。

そういうのが日常茶飯事だから、『蒼ちゃんはつれない』って何度口にしたかわからない。

でも一見淡白な蒼ちゃんは、実はすごく優しい。

俺のことをありのままに受け入れて、時々軽くお説教めいたことを言いながらも余計なことは訊かずに淡々と話を聞いてくれる、たった1人の大切な友達だ。

蒼ちゃんは、理工系の総合大学に通ってる。高3のときに志望大学を聞いたとき、完全に文系の俺には全然行けるところじゃなくて、同じ大学に進学できないことにめちゃくちゃ落ち込んだ。

でも、今でも連絡は取ってるし、そんなに遠くないから家まで会いに行ったり、時々泊めてもらったりもしてる。

蒼ちゃんのことを考えてたら、久しぶりに会いたくなってきた。

最近会ってないなあ。また近いうちに連絡しようっと。

「───楓くん?」

ぼんやりしてたら多田さんに名前を呼ばれて、我に返る。

そうだ。今はこの人と飲んでるんだから、蒼ちゃんのことはまた今度。

俺は気持ちを切り替えて、何の話をしてたか思い出す。

セフレがいっぱいって話だっけ?

「でもねえ、俺、誰かと付き合ってるときは浮気しないって決めてる。いいなって思う人が現れたら、ちゃんと別れてからそっちに行く。その方がこじれないしね。ドロドロするの、イヤだし。
楽しくて、気持ちよくて、後腐れなくて。俺はそういうレンアイが好き」

恋愛じゃなくて、レンアイ。

軽くてふわふわした、綿菓子みたいな関係。

上澄みを掬うようにおいしいとこ取りができるなら、それが1番いいに決まってる。

多田さんが俺をじっと見つめて、おもむろに口を開く。

「楓くんは、自分に自信があるんだね」

そんなふうに言われるとは思わなかったからびっくりした。

多田さんは俺に言い聞かせるみたいに続ける。

「普通の男は、そうはできないよ。自信がないから、今の人を繋ぎ止めたまま気になる人にアプローチを掛ける」

「へ? そういうもんなの?」

「楓くんはそんなこと、したことないんだ」

ビールジョッキを片手に大きく頷けば、多田さんは薄く笑った。

「保険を掛けておきたいんだろうね。全部は失わないように。男って、ずるい生き物だから」

誠実で真面目そうな多田さんの口からそんな言葉が出るとは思わなかった。俺の目を見ながら、多田さんもビールを呷る。



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