趣味とか、好きなこととか。蒼ちゃんからこれといったこだわりを聞いたことがない。高校の時、成績はよかったけど順位なんて気にしてるような感じじゃなかったし、蒼ちゃんはポジションにしがみつかない。相対評価に興味はないんだと言ってるのを聞いたことがある。
俺が時々連絡を取ってるからこうして繋がってるけど、疎通になればきっとそのまま会うこともないし、それに対して蒼ちゃんがどうこう思うこともない気がする。
そんな調子だから蒼ちゃんは友達にも勿論淡白だけど、恋愛となると特にそうだ。彼女と付き合ってもはしゃいだりしないし、別れたってこれといって悲しむわけじゃない。少なくとも傍目には何も変わらない。そもそも、何かに必死になってる蒼ちゃんを俺は知らない。 蒼ちゃんが熱くなってるところが見てみたい。だけど想像がつかないな、なんて思う。
「じゃあさ、それはもういいから。その代わり、蒼ちゃんが引っ越して落ち着いたら、遊びに行っていい? 一緒に家呑みとかしよう」
いかにも譲歩したみたいにそんなことを言ってみれば、蒼ちゃんは小さく溜息をついて微笑みを浮かべた。
「うん、いいよ。おいで」
「本当? 楽しみにしてるね! あ、彼女が来るときは避けるから。遠慮しないでちゃんと言ってくれればいいし」
そう言わないと、俺が押し掛ければ蒼ちゃんは彼女が家にいたってお構いなしに招き入れかねない。
トレイを手にテーブルまでやって来た店員さんが、蒼ちゃんと俺の間にそっとお皿を置く。きれいな黄金色に揚がったチーズスティックフライ。熱々のそれを両手で1本ずつ手に取って、蒼ちゃんに1本差し出しながら口の中に入れてみる。カリカリの衣の中から濃厚なチーズが蕩け出してきて、舌を刺激する温度に思わず顔を顰めた。
「あっつ!」
「火傷するぞ。もうちょっと冷まさないと」
「うん。おいしいね」
「楓、俺の話聞いてる?」
「聞いてる。大丈夫だって」
蒼ちゃんは笑いながら、俺の手から取ったスティックを涼しい顔で食べてる。 そうだ。火傷するかもしれないっていうのはわかってた。でも、俺はしないと思った。だから手を出して、口に入れた。食べてみて、実際これぐらいなら何ともなかった。
まるで遥人さんとのレンアイみたいだなとぼんやり思う俺の前で、蒼ちゃんは小さく溜息をつく。
「別に、わざわざ気を遣わなくても大丈夫だから。彼女なんていないし」
「そうなの? でも、絶対これからできるじゃん。その時は言ってほしいな。わかった?」
念を押す俺に、蒼ちゃんは何も答えない。きっとまた教えてくれなくて、いつの間にか女の子と付き合ってるんだろうなと思う。 蒼ちゃんはすごくモテる。一見無口で取っ付きにくい雰囲気なのに女の子が寄ってくるのは、それだけの魅力があるからだ。
だからこそ、蒼ちゃんはいつも選りすぐりの女の子としか付き合わない。隣に連れているのは、決まってかわいくて清楚で、いかにも性格の良さそうな朗らかな女の子だ。だけど、俺は蒼ちゃんが人前で彼女とベタベタしてるところを見たことがないし、惚気話のひとつも聞かされたことはない。別に付き合ってる相手を大事にしてないというわけじゃないんだろうけど、レンアイにのめり込んでいる感じがないのは、蒼ちゃんが彼女がいなくても大丈夫な人だからかもしれない。
蒼ちゃんはすごく真面目だし、俺と違って遊びでセックスするようなタイプじゃないから、彼女がいなくて欲求不満にならないのかなとか思うんだけど。ああ、これは完全に余計な心配。
「楓は、彼氏とうまくいってんのか」
「へ? ああ、うん。まあね」
急に話を振られていつの間にか下がってた目線を上げると、少しだけ目を細めて探るように俺を見据える蒼ちゃんの顔が視界に入った。
年上の社会人と付き合ってることは一応報告してたけど、その相手が結婚してることは、実はまだ言えてない。別に隠してるつもりじゃないけど何となく言いそびれてしまってるのは、蒼ちゃんにとっては俺のレンアイなんて取るに足らないことで、そんなことまで言う必要はないと思ってるのもある。でもそれだけじゃなくて、不倫してるという後ろめたさがやっぱり心のどこかにあるのかもしれない。
遥人さんとは、うまくいってると思う。愉しくて気持ちよくて、ふわふわ浮き足立った毎日を送ってる。今の関係に不満なんてないし、何の心配もない。 でも、じっと見つめる漆黒の瞳は言葉の続きを促してる。だから俺は耐え切れずについ漏らしてしまう。
「あのさ。その人、えっと。多田さんって言うんだけど」
名前なんて別に言わなくてもいいのに口にするのは、蒼ちゃんにはいつも付き合ってる相手のことを報告してきたからだ。
「結婚してるんだよね」
なるべく軽く聞こえるようにそう切り出せば、蒼ちゃんは持っていたビールジョッキをコトリとテーブルに置いた。
「………それ、付き合ってんのか」
「俺はそのつもり。今は多田さんだけだし」
セフレは全部切ってるから、と言葉を続ければ、蒼ちゃんの表情がみるみる曇り出す。
「楓」
咎めるような口調に、俺はびっくりして蒼ちゃんを見つめ返す。こちらに向けられる眼差しは真剣そのもので、居た堪れなさに胸がぎゅっと痛くなる。 今まで俺が誰と付き合っても、セフレと取っ替え引っ替えエッチしてることをわかってても、蒼ちゃんは何も言わなかった。それでも友達として絶妙な距離感で接してくれる蒼ちゃんの傍が俺には心地よくて、すごく楽しかったんだ。
「 ──── 蒼ちゃん?」
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