K02 : 春の海 [1/13]


『なんだ、楓。彼氏できたの?』


耳元であからさまに響くガッカリした声に、ちょっと笑ってしまう。

こうやって同じことを説明するのは何人目だろう。彼氏ができる度に同じことの繰り返し。こういうとき、俺って結構セフレいるのかもなあなんて実感する。数えたこともないからよくわかんないけど。

同じ学部でよく俺と一緒にいる涼平は、『楓のセフレネットワークは複雑』なんて言って茶化すけど、そもそも俺の中でセフレのボーダーは随分曖昧だ。昔はよくエッチしてたけど最近してない人。不定期でエッチする人。数える程しかしてない人。どこからがセフレでどこからがそうじゃないんだろう。正直なところ、楽しくて気持ちよければ何でもいいと思う。

だけどそういう適当な関係で繋がった人たちからの連絡も、この2ヶ月ほど捌いていくうちに随分減ってきてた。

そんなわけで俺は今も、前のバイト先で一緒に働いてた元上司からの誘いを断ってる。


「そういうこと。だから、ごめんね」


『いいよ。彼氏と別れたら連絡して。待ってる』


甘い囁きに、最後にこの人とエッチしたのっていつだっけ、なんて考えてしまうけど、はっきりと思い出せない。思い出せないけど数ヶ月に一度、会う度にエッチしてたのは憶えてる。

そういえばこの人も奥さんいたよね、なんて思う。その程度の薄い関係。

彼氏と別れたら、ね。

そんな言葉にチクリと胸を刺激されながら、俺は明るく笑って答える。


「うん、わかった。じゃあね」

通話を終えていつの間にか下がっていた視線を前に移せば、並んで歩く美桜ちゃんと涼平の後ろ姿が遠くに見えた。ちょっと電話に出てただけなのに随分距離が空いてるのは、2人がこの電話の内容に気を遣って歩みを早めたからかもしれない。


「ごめん、終わった」


駆け寄って背後から声を掛ければ、振り返った涼平が呆れた顔をして口を開いた。


「楓、マジで愛人やってるわけ?」


「へ? そうだよ。もしかして冗談だと思ってた?」


「いや、そうじゃなくてさ」


濃い色をした新緑が輝くキャンパスの構内は、昼休みで学生がごった返してる。まだ5月だから、きちんと全部の講義を履修する新入生が多い。もう少し経てば、出なくてもいい講義と真面目に出なければいけない講義の区別が付くようになってくるはずで、そうすれば昼休みの混雑もずっと落ち着くだろう。

木陰を通れば吹き抜ける風が頬を撫でていく。爽やかで気持ちいい季節だ。

カフェテリアで昼食を終えて今から次の教室に移動するところで、そういえばこうして3人でいるのって久しぶりかもなあと思う。

涼平は講義に出席するときとしないときのムラが激しくて、大学に来ないときは1ヶ月ぐらいは平気で姿を現さない。それでも単位を落とさないのは、あちこちにいる彼女未満の女の子たちのお陰で講義の情報やノートの入手に事欠かないからだ。この要領の良さは天才的だと思う。


「楓って、相手が結婚してても随分誠実に付き合うんだなって思って。めちゃくちゃ感心してる」
涼平にそう言われて、俺はちょっと笑いながらその隣に並んで歩き出す。


「だって、他の人とエッチする気になんないし」


「俺、不倫ってイマイチなんだよな。向こうに入れ込まれるとめんどくさいことになるし。どれだけいい女でも結婚してるってわかればその時点で付き合う対象にはなんないね。遊びなら全然イケるけど」


呆れた口調でそんなことを言いながら、涼平はきれいに染まったアンバー色の髪を掻き上げた。左の耳朶ではブラックダイヤモンドのピアスが陽射しを反射してキラリと自己主張する。

涼平がそう思うのも、わからなくはないんだけど。


「涼平は自由恋愛の達人だもんね」


「そうそう。不倫するぐらいなら最初から結婚しなけりゃいい。不倫相手にマジになるなんて、俺に言わせりゃとんでもないね。まあ楓の自由だけどさ」


「多田さんはそれだけ素敵な人なんだよね」


頭の中であの知的でセクシーな顔を思い浮かべて思わずにやけてると、冷たいトーンの声が耳に入ってくる。


「真っ昼間から、いい話題ね」


今日も美桜ちゃんはクールビューティ。サラサラの髪を靡かせながら、背筋を延ばして横にいる俺たちのことなんて見向きもせずまっすぐに前を見て歩く。

それでも涼平は「でも皆がしてるんだったら、俺もしようかな、不倫」なんて悪びれもせず言ってる。


涼平に掛かれば不倫だって軽くなる。相手が結婚してることも、レンアイのスパイスに過ぎない。

こうしてキャンパスを歩いてるだけで、擦れ違うかわいい女の子たちが次々と涼平に手を振っていく。涼平は、きっと歩く恋の探知機なんだ。

愛想を振りまくのに余念のない涼平の口から、軽い言葉がこぼれだす。


「俺、別に人妻が嫌いってわけじゃないよ。いい感じに飢えててガッツいてくるとこはかわいいと思う。ただ、それがいつもだとね。たまにエッチするぐらいがちょうどいいっていうか」


でも、俺が人妻と聞いて真っ先に思い浮かべてしまうのは、会ったこともないあの人の奥さん。

どう考えたって、社会通念上は愛人の俺が悪いんだってわかってる。それでも、俺の知らないところで好きな人が奥さんと仲睦まじくしてるところを想像するのは、やっぱり気分のいいことじゃなかった。

あの優しい声も、情熱的な眼差しも、俺だけのものじゃなくて。きっと奥さんにだって向けられてる。

いちいち訊いたこともないけど、もちろんエッチもしてるんだろう。それは別に仕方ない。後からちょっかいを掛けたのは俺だから。


「 ─── あ」


涼平が素っ頓狂な声をあげる。前の方から歩いてくるのは、講義こそ取ってないけれど俺も知ってる教授だった。

美桜ちゃんはもうとっくに気づいていたんだろう。まっすぐに前を見据えて、すれ違う直前に口を開く。




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