いつも当たり前のようにこの人の隣で眠り、身体を重ねて、朝を迎える誰かの影を感じながら、俺は挿し込まれる舌を抗うことなく受け容れていく。
口の中で熱を交換しているうちに、会ったこともないその女の人に言いようもない強い感情を抱いてしまう。
その正体に気づいた俺は、昂ぶる身体にゾクゾクと這うような寒気を覚えて、ふと我に返る。
何とも言えない後ろめたさと、そんな罪悪感に包まれた、この想いは。
きっと、少しだけ ─── 優越感。
「……ん、ぅ……ん、ンッ」
しっかりとしがみつくように両腕を多田さんの背中に回して、ぽっかりとした穴の空いた歪(いびつ)な心を押しつけるように、力を込めて強く抱きしめる。
この肌を突き抜けて、ひとつになれればいいのに。
そんな無茶な願いを抱きながら舌を絡ませ合い懸命に腰を動かしていけば、ぐちゃぐちゃと空気を含んだ水音が耳に届いて、一瞬だけ戻ってきた理性はあっという間にドロドロに掻き混ぜられて溶けていく。
2人の境目で鳴ってるその卑猥な音は、もう快感を増長させる旋律でしかない。
「かえ、で……ッ」
余裕をなくした声が聴こえると同時に下からリズミカルに突き上げられて、全身に張り巡らされた未熟な感覚が次々に芽吹いていく。
電気のような快感が、身体の内側をビリビリと駆け巡る。
「あぁ……っ、う、あ……ッ」
目の前がチカチカと瞬いたとき ─── ほんの一瞬、ふわりと浮くような感じがして、意識が急激に遠のいていくのがわかった。
熱い肌を抱きしめる手から力が抜けて、ずり落ちる。
ああ、飛びそう。
「多田さ……、あ……」
か細い声しか出なくて、視界がみるみる白んでいく。
けれど途切れそうな意識の中で力なく名前を呼んだ途端、腰の動きはそのままで多田さんは俺の身体を支えるように抱き直して、耳元に口を寄せてきた。
「かえで」
「 ─── いッ、あ……っ!」
掠れた囁きと共に耳朶に灼けるような刺激を感じて、反射的に背中が仰け反る。浮ついていた意識が一気に呼び覚まされて、ちゃんと身体の中に還ってきた。
多田さんは、わざと俺をこっち側に引き戻したに違いなくて。
それに気づいた途端、ぞわぞわとした強い波の感覚が全身を満たしていく。
ああ、俺はもうこの人に支配されてしまったんだ。
「あ、ぁ……」
ゆっくりと舌を這わされる部分が熱くて、喘ぎ声が漏れる。
見えないけどきっとそこはほんの少し切れてしまってて、それを癒すかのようにそっと咥えられ、ねっとりとした感触に何度も撫で上げられる。
傷口を舐められる度にチリチリとした痛みが走り、それさえも快感に変わって背筋が痺れたように小刻みに震えてしまう。
揺さぶられたままの身体の中を毒のように廻るのは、神経を灼き切るほどに強い、麻薬のような快楽。
「あ、ん…ぁ……! あ……っ」
熱くて熱くて堪らなくて、このまま融けてしまいそうだ。
本気でそう思うぐらい、与えられる感覚は目まぐるしい速度で俺を蝕んでいく。
みっともないとかそんなことを考える余裕さえなくて、もう何もかもを投げ出してただひたすらにその感覚を貪ってた。
「あ……ッ、多田さ…、はや、く……っ」
もうこれ以上受け容れるのは無理だった。何かがすぐそこまで来てる。溢れてくる何かに今にも流されそうで、爪の痕が付くぐらい強くしがみついて必死に訴えれば、切羽詰まった声に応えるかのように多田さんが角度を変えて俺を突き上げた。
「 ─── ん、ああ、あッ」
1番弱いところを抉るように穿たれて、ひときわ大きな声が零れる。
身体も心も、俺の全部が多田さんでいっぱいになっていく。
とうに限界を超えてる身体がぶるりと大きく震えて、小刻みに痙攣し出した。
「あぁ、あ、イク……ッ!」
振り落とされたくなくて必死に抱きついていたはずなのに、頂点からふわりと下降してしまう。
強く絞り込むように中が縮まって、意思とは無関係に弛緩と収縮を繰り返す。
何度も声を漏らしながら、俺は溜め込んだ欲を解放していく。
「 ─── っ」
耳元で多田さんが小さく呻く声がして、中に熱が放たれる感触がした。
ゆっくりと覆い被さってくる身体の重みが、心地よくて。
今まで感じたことがないぐらいに何もかもが気持ちよくて、朦朧としてくる。
浅い呼吸を繰り返す度に、波に浮かぶ小舟のように意識はゆらゆらと揺れる。
うっすらと目を開ければ俺の顔をじっと覗き込むふたつの瞳が見えた。
すごく優しくて、だけど少し困惑したような、悲しげな琥珀色。
ああ、そんな瞳で見ないで。
俺は1ミリも後悔なんてしてないよ。
でも多田さんは、もしかしたらそうじゃないのかな。
胸が痛くなってゆっくりと視線を逸らせば、閉ざされたラブホテルの窓が目に入った。
いつもは景色が見えないのが好きじゃないのに、今はそれが俺をすごく安心させる。
─── 大丈夫だよ、多田さん。誰も見てないから。
熱い身体を持て余しながら呼吸を整えていくうちに、視界は狭まり闇に閉ざされる。
そこでとうとう俺の意識はふつりと途切れてしまった。
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