後ろ手に手錠を掛けられたまま、男は目を見開いてアスカを凝視する。
自分が突然拘束されたことを、ようやく理解したのだろう。
「アスカ……?」
鼻先の距離で視線を絡ませながら、アスカはもう一度男にそっと口づけた。
何度もキスをしながら腰を上げて、体内に咥え込んでいた男のものをずるりと吐き出していく。
「エイジさんとするセックスは、気持ちよかったよ」
濡れた桜色の唇から、溜息をつくように言葉を零した。
「ごめんね」
両腕で男の肩を掴むと同時に、アスカは力を込めて一気に押し倒した。
「─── いっ、ア……!」
無理な体勢に持ち込まれて、男は呻き声をあげる。
待ち焦がれていた機会がようやく訪れていた。
クローゼットの扉を勢いよく引き開けた俺は、床を蹴り上げてベッドに飛び乗る。
仰向けに転がった男の身体に手を掛けて反転させ、その両脚の上にのしかかり力を込めて組み敷く。
アスカは何度も練習を重ねたとおり、男の頭の方から片膝で肩甲骨の間に体重を掛けて押さえつけていた。
どれだけ屈強な男でも、うつ伏せの状態で脚を伸ばされ背中を押さえつけられれば、起き上がることはできない。
うまく組み伏せることができた興奮で、心臓が大きな音で鳴り響いている。
辺りには放たれた精特有のにおいと、花のような甘く芳しい香りが混ざり合うように漂っていた。
「─── 誰だ」
辛うじてわずかに頭を浮かせながら、男は無理な体勢で俺を振り返り見上げる。
驚きと怯えを露わにしたその表情が、みるみる固まっていく。
喉から手が出るほど待ち望んでいたこの瞬間を迎えて、俺の背筋はゾクゾクと震えていた。
「いいザマだな」
嘲りながら、俺はその視界に入りやすいように上体を倒して男を見据える。
俺たちは今ようやく、初めて目を合わせて互いを認識していた。
冷たい沈黙に堪えかねるように、ごくりと喉を鳴らして息を呑む音が聴こえた。
「お前は俺を知らない。だが俺はずっとお前のことを追っていた。お前がどんな奴なのかもよく知ってる」
知らない奴が、何かを喋っている。
そう感じるぐらい、自分の声がやけに遠く聴こえた。
気持ちはこれ以上ないほどに昂ぶっているのに、口から出る言葉は淡々としてひどく落ち着いていた。
自分の味方でないことぐらいは理解できただろう。男は口を挟むことなく、黙って俺の言葉を聞いていた。組み敷く身体は汗で濡れてどんどん冷えていく。
前のめりに男にのし掛かったまま、俺はマットレスの下に手を伸ばす。
指先にあたる金属を、硬く握りしめて取り出した。
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