the 3rd day[2/7]

赤レンガとクリーム色の壁が組み合わさった、ミッション系の建物。何度も沙生とくぐった美しいアーチのカーブを、一人で通り抜ける。
大学の事務局で休学願の用紙にペンを走らせながら、僕はまた虚しさに襲われる。沙生のことを避けていながら、結局僕は沙生と一緒にいるためにこんなことをしている。
やっぱり、少しでも沙生と長く時間を過ごそう。あんな形で裏切られても、僕は沙生から離れられない。
手続きを終えて外へ出ると、もう空がきれいな夕暮れに染まろうとしていた。

『飛鳥』

久しぶりに聞く声に、思わず振り返ってしまう。そこには、かつてここで一緒に過ごした気の置けない友人がいた。

『光希……』

僕たちは少し離れた距離で向かい合う。少し大人びた雰囲気の同級生は、心配そうな眼差しで僕を見ていた。ひた向きな性格が瞳によく表れていると思った。変わらないその姿が懐かしくて、涙が出そうになる。
僕の顔をじっと見つめながら、光希が歩み寄ってきた。このキャンパスで共に過ごした他愛もない時間が脳裏に甦る。
学部が違う光希とは同じ一般教養の授業を履修していて、偶然隣の席に座ったことで知り合った。
子どもの頃から他人と一定の距離を置く癖がついている僕にとって、踏み込み過ぎずに自然体で接してくれる光希の傍は、とても居心地がよかった。気がつけば、僕たちは一緒に過ごすことが多くなっていた。沙生の話も沢山聞いてもらった。
ほんの数ヶ月前なのに、ずっと遠い昔の記憶みたいだ。沙生がまだ元気だったあの頃、僕は確かに幸せだった。
一人でちゃんと立つことができていたのに、光希の顔を見た途端、何もかもを曝け出して縋りたくなってしまう。僕は本当に弱くて、だらしのない人間だと思った。

『飛鳥、どうしたんだ』

凛とした響きの優しい声。以前と変わらない真っ直ぐな眼差しだ。沢山連絡をくれて、それにずっと応えないままだったのに、それでも光希は僕のことを心配してくれている。それだけでもう、胸がいっぱいになった。
頭で考えるよりも先に、僕は手を伸ばして光希の腕を掴んでいた。

『光希、ちょっと付き合って』

戸惑った顔をしながら、光希は何も言わずに僕についてくる。構内の奥へと進んで、OAルームの入った棟に辿り着いた。光希の手を引いたまま、閑散とした建物の中に入っていく。後ろから名前を呼ばれた気がしたけど、振り返らなかった。
小さな空き教室に、僕たちは入り込む。後ろ手に扉を閉めて向き合えば、痛いぐらいに真摯な瞳で見つめる光希がすぐ目の前に立っていた。

『お願いが、あるんだ』

夕闇が迫る薄暗い教室の中で、僕は抱え込んだ想いの全てを振り絞るように口を開く。

『僕を……抱いて』

みっともなく声が震える。光希の眉がわずかに上がった。

『何……』

『光希、抱いて』

今度は、はっきりと言えた。光希の喉がこくりと動くのがわかった。

『冗談はやめろよ』

そう言って、じりじりと後ずさる。けれど、その瞳は惑うように揺らめいていた。
腕を伸ばして光希の首に回した。視線が絡み合う。捕らえた。そう思った。
強引に唇を重ねると、熱い吐息が流れ込んでくる。脳がチリチリと灼けるような感覚。それは一瞬で劫火のように拡がって、僕の抱く余計なしがらみを燃やしていく。ゆっくりと離れれば、熱を失った唇が淋しかった。

『飛鳥……』

僕はただ、求められたかった。醜く歪んだ嫉妬も、報われない虚しさも、全てを忘れるぐらいに強く。

『光希、もっと……』

きっと、光希なら僕をここから救い出してくれる。
必死にねだる僕を見つめる瞳に、一筋の光が宿る。それが情欲だと気づいたときには、押さえ込むように口づけられていた。
唇を割って挿し込まれた舌が僕の舌を絡め取れば、その先を求めて身体が火照りだす。深いキスに夢中になっているうちに、背中を壁に押し付けられた。
光希の手がシャツを捲りながら僕の肌に触れた。もどかしい快楽の火種がゾクゾクと背筋を這い上がっていく。

『飛鳥……好きだ』

唇を離して紡がれた言葉に、僕は目を開ける。真摯な眼差しが、僕だけを映していた。

『ずっと、好きだった』

思い掛けない告白に、涙が出そうになる。光希なら、僕をここから引き摺り出してくれる。
胸の突起に触れられれば、その感覚が下肢まで響いた。

『……ん……っ、光希……』

思わず声をこぼしながら見上げると、少し心配そうな顔をして僕を見ていた。胸を射抜く、優しい眼差しで。
光希は僕を抱きしめる。抱き返せば伝わる身体の熱さが心地いい。光希の右手が、僕の中心をそっと撫でる。そこは恥ずかしいぐらいに反応していて、思わず俯いてしまう。
ベルトを外されて、素早く手が挿し込まれた。直に触られて、電流が走ったように身体が震えた。硬く張り詰めた僕のものを、光希は躊躇いもなく握り込んで扱いていく。与えられる性急な快楽に、悦びの声が素直に漏れた。

『あ、あ……っ、みつ、き……ッ』

教室に響く、罪を帯びた淫らな声。光希のくれる熱に、僕は浮かされ昂ぶっていく。
喘ぎを塞ぐように口づけられて、舌を絡められればまた下肢の熱が上がる。僕を扱く手の濡れた感触に、自分が先走りを滴らせているとわかった。

『あ……、ん、ふ……っ』

キスの合間に漏れる声さえ、絡みつくように吸い取られる。こんなにも熱く激しく求めてくれる光希を、僕は今確かに必要としていた。
もっと、もっと欲しい。夢中で昂みに昇っていくその時、聞き慣れた電子音が二人だけの空間を斬り裂いた。
光希が我に返って僕から手を離す。携帯電話の呼出音だった。




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