the 3rd day[1/7]

触れる体温が心地よい。
重い瞼を開ければ、カーテンの隙間からこぼれる薄明かりが見えた。少し身じろぐと、僕を抱いている腕が緩む。

「もう目が覚めたのか」

「ユウ……」

サキの夢を見ていた気がする。けれど、どんな夢だったかは思い出せなかった。身体が少し火照っているのは、もしかしたら微熱があるのかもしれない。

「喉が渇いた……」

声を絞り出すと、ユウが身体を起こした。きれいに筋肉の付いた上半身が露わになって、昨夜のことを思い出してしまう。
僕は、ユウと──。
罪悪感が込み上げてくる。顔を見るのが恥ずかしい。
布団に包まって背を向ける僕の頭を優しく撫でて、ユウは部屋を出て行った。
無意識に気を張り詰めていたのか、一人になった途端溜息が漏れた。起き上がって膝を抱え込み、また息をつく。
これからどうすればいいのだろう。必死に答えを探すけれど、僕にはわからない。
サキの生命を奪っておきながら生き続けるなんて、赦されないことだと思う。でも、ユウはこんな僕に死ぬなと言った。僕が本当は生きたがっていることを、身体で教えてくれた。
扉が開いて、ユウが入ってきた。ミネラルウォーターの小さなペットボトルを持っている。手渡されたそれはよく冷えていてひんやりと気持ちいい。
蓋を捻ればカチリと小さな音がした。未開封であることに自分が安堵していることを自覚する。口を付けてゆっくりと飲むと、身体の隅々まで水分が沁み渡っていく。
少しずつ射し込む朝陽のわずかな光を反射しながら、ふたつの瞳が僕を見つめていた。

「僕はこれからどうすればいいんだろう」

ずっと頭の中に渦巻いていた疑問を口にすれば、ユウが少し表情を和らげた気がした。それは、僕から死を回避するような言葉が出たからかもしれない。

「僕には行くところがないんだ」

ルイがいるあの家には戻れない。けれど、他に頼るところもない。

「お前がいたいだけ、ここにいればいい」

そう言われたことが嬉しかった。その答えに縋っていたから。でも、同時に僕はいろんな不安を抱いてた。
ユウと僕は赤の他人だ。昨夜はセックスしたけど、ユウが僕のことを好きで抱いたのではないとわかっている。そんな脆い関係で、ここに置いてもらうわけにはいかない。
察しのいいユウには、僕の考えてることがわかったのだろう。その手が僕の頬に触れた。

「俺とお前は、家族でも恋人でもない」

頬を包み込む掌の温度は、少し冷たくて気持ちよかった。

「だから、終わりがないんだ。わかるな」

ゆっくりと顔が近づく。キスをされるのかと思って身構えたけど、そうではなかった。間近で見るユウの顔はサキにはあまり似てないけど、とても整っていてきれいだ。
終わりのない関係。
それは、身近な人との関係を全て失った今の僕が、喉から手が出るほど求めていたものだった。

「僕にできることなら何でもする。邪魔になったら出て行くから……ここにいさせて」

ユウは微笑みの形のまま、今度こそ僕の唇に口づける。
それは、承諾のキスだった。





低い温度に設定したシャワーを、頭から浴びる。身体の中には昨夜の交わりの証が残っていた。
そっと奥に指を挿れると、中に焦れるような疼きが生まれる。

「……っ、ふ……ッ」

息を吐きながら全部掻き出してしまう。とろみを持つ白濁が、脚を伝って流れていった。
昨夜のことを思い出して身体が熱くなる。僕が求めているのは、死ぬことだけだと思っていた。快楽に堕ちたこの身体を、両腕で抱きしめる。
ここが唯一の居場所。地上より天国に少しだけ近い場所だ。
不意に、キャンパスでの記憶が脳裏に甦って、僕は足元を流れる水をじっと見つめ続けた。
もしもあんなことがなければ、僕はユウではなく彼を頼っていたかもしれない。





沙生が瑠衣と関係を持ったことを知ったあの日から、沙生と会わない日が続いていた。
沙生からの電話には応えない。受信したメッセージも見ずに消してしまう。そうして、沙生を避ける毎日を過ごしていた。
沙生と会うのが怖かった。確かに嫌悪感もあったけれど、一番の理由は、沙生が何を考えているのかわからなかったからだ。
驚くほど食欲がなくなった。夜もあまり眠れない。目を閉じれば悪い夢を見るせいだ。
沙生が近くにいると思うと家にいるのもつらい。だからと言って、沙生を追いかけて入った大学へ行く気にもなれなかった。朝から家を出ては、図書館で時間を潰して帰る。家では瑠衣となるべく顔を合わせないように部屋に閉じこもっていた。
母はいつものように仕事が忙しいと言ってなかなか帰って来ない。瑠衣と二人で交互に作っていた食事や、毎日の洗濯や掃除も、あの日以来互いを避けながらするようになっていた。
虚ろな日常の中で、それでも僕はぼんやりと気づいている。
いつまでも意地を張っていてはいけない。沙生に残された時間は限られている。そしてどんなことがあろうと、僕は決して沙生を嫌いにはなれない。
僕には、沙生を赦す選択肢しか残されていなかった。
そんな日々を送っているうちに、今更ながら何の手続きも取らないまま授業を休み続けていることに気づいた。
授業料の納付を止めなければならない。休学の手続きを踏もうと思い立った僕は、久しぶりに大学へ足を運んだ。最後に授業を受けてから、三ヶ月が経とうとしていた。






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