the 4th day[2/2]

「アスカ、好きだ」

早くひとつになりたい。
熱に潤む眼差しでアスカはそう訴えてくる。俺は華奢な身体をそっと押し倒してシーツに縫いとめる。後孔にそっと指を挿し込むと、そこはしっとりと水分を含んでいた。

「あ……、もう、挿れて……」

喘ぎ混じりに懇願するアスカは、美しく扇情的だった。俺は昂ぶりの先端をあてがい、少しずつその中へと挿れていく。
波のように湧き起こる強い快感が、繋がったところから身体の隅々まで沁み渡る。最奥まで挿れたところで、ゆっくりと息を吐いた。
濡れた髪を掻き上げて瞳を覗き込めば、アスカは恍惚とした顔で俺を見つめていた。

「ミツキ……」

アスカの微笑みは幸福そうで、その表情にふと視界が淡く滲む。なぜか俺は涙が出そうになっていた。

「アスカ、愛してる」

幸せにしてやりたい。失った分を取り戻すだけじゃなくて、アスカが前よりももっと笑顔でいられるように。そのためなら俺は何だってするから。

「愛してるよ」

ゆっくりと腰を動かせば、アスカは頬を上気させて甘く喘ぐ。繋がる部分はぐずぐずと焦れるように疼いて、熱の滾るままに中を穿っていく。
奥の方を揺さぶるように突くと、上擦った声がこぼれ落ちた。

「あ……ッ、んっ、あ、ミツキ……ッ」

伸ばされた腕を取ってしっかりと抱きしめる。見つめ合えば、瞳は何かを訴えかけるように小刻みに震えていた。
揺らめくその眼差しを逸らさずに受け止めて口づける。舌を絡ませる度に身体の内側に蕩けるような熱が生まれてくる。
行ったことのない深い場所へと、アスカは俺を引き摺り込んでいく。誰もいないこの世界にこのまま二人で融けてしまいたいと思った。

「アスカ、愛してる……」

愛の言葉を繰り返す度にアスカの瞳が潤みを帯びていく。だから、身体は満たされていてもひどくおぼつかない気持ちになる。その不安を少しでも拭いたくて、紡ぎ合う快楽の中で美しいカーブを描く頬に触れる。

「身体だけじゃなくて、心も抱きたいんだ」

ふわりと花開くような微笑みを浮かべて、アスカは俺に抱きついたまま少し身体を起こした。頬を伝うのは、清らかな光を纏う涙。

「もう、ミツキでいっぱいだよ。すごく幸せ……」

その語尾は今にも消え入りそうなほど儚げに震える。
だったら、どうしてそんなに辛そうな顔で泣くんだ。俺は堪らずアスカをし強く抱きしめる。

「アスカ……しっかり掴まってろよ」

アスカの流す涙が振り切れるように律動を速めると、悲鳴のような声が耳元で聞こえた。
荒い呼吸、甘い喘ぎ、ベッドの軋む音。愛おしい音の入り混じる空間で、この熱が硬く閉ざされた心に届くことを願いながら、俺は最奥への抽送を繰り返す。
生殖を伴わないこの行為が、俺がアスカと繋がる唯一の手段なのだとすれば、それはなんて脆く不確かな関係なのだろう。

「ミツ、キ……ッ、ん、あ……っ、あぁッ」

限界はすぐそこまで押し寄せていた。背中に回された腕に力が篭って、アスカの中がうねりながら俺を取り込んでいく。
押し寄せてくる快楽の兆しは怖いぐらいに大きかった。俺はきっとアスカとしか行けない場所に辿り着ける。
ずっと身体を繋げることはできない。だからこそ、束の間でもひとつになって同じ景色を見たいんだ。俺はもうアスカしか愛せないから。

「愛してるよ、アスカ」

耳元で囁けば、アスカは俺を自分の中へと引き込むように一層強く締めつけた。

「ミツキ、ミツキ……ッ、あ、ああ……ッ!」

抱きしめた身体の奥深くに、俺は昂ぶる熱の全てを放つ。その瞬間、俺はアスカの中に融けていて、確かに二人がひとつになるのを感じた。
荒く息をつきながら、力の抜けた身体を押しつけるようにアスカが抱きついてくる。密着した肌を伝う心音がどちらのものかの区別さえつかない。

「ミツキ……」

俺の名を呼んだ後、アスカは耳元で微かに息を吐いた。それが聞き逃してはいけない囁きだったような気がして、俺は顔を離して訊き返す。

「アスカ、何?」

「――なんでもない」

かぶりを振って、アスカは俺にしがみついてくる。

「抜かないで。もう少しこのままでいたい……」

甘えてキスをせがむから、ドロドロに融け合った身体を持て余しながら口づけを交わす。快楽の余韻を引き摺ったまま、アスカはうっすらと目を開けて蕩ける眼差しをひたむきに俺に注ぎ込む。

「愛してる」

キスの合間に何度もそう告げれば、その度にアスカの中が反応して優しく俺を締めつけた。

「まだ足りない?」

火照る頬に掌をあてて、濡れた桜色の唇に親指で触れながらそう尋ねると、アスカは美しく煌めく瞳に俺を映し出す。

「足りなくないよ。ミツキの言葉が、気持ちいいんだ」

今にも消えてしまいそうに儚いその笑顔が、本当にきれいだった。
ずっとこうしていたい。全てを受け入れて、今度こそこの手を離さない。アスカを愛してるから。

――なのに。

「ミツキ。もう、さよならだ」

きれいな形をした唇からこぼれるのは、残酷な別れの言葉。

「ミツキと会えてすごく嬉しかったし、本当に楽しかった」

するりと俺の腕から抜け出たアスカは身を起こし、軽く後処理をして服を着始めた。

「……どうして」

アスカが俺のもとから去っていく。一緒に過ごしながら胸の奥で懸念していたことが、現実になろうとしていた。

「最初から4日間っていう契約だったから」

シャツのボタンを掛ける手の動きを止めずに、アスカは淡々とした答えを返す。まるで精巧な人形のように表情がなくて、感情が読み取れない。

「アスカ。俺じゃ駄目なのか」

「……そんなんじゃ、ないよ」

「じゃあ何だよ。俺とはもうこれっきりで、また他の男に抱かれるのかよ!」

強い口調で問い質せば、アスカは目を逸らして口を噤んだ。沈黙は肯定なのだろう。思わず腕を掴むと、怯えたように身体を強張らせる。

「ずっと探してた。やっと見つけたんだ。想いが通じたと思ったのは俺だけで、こんな形でまたお前を失ってしまうなんて……俺には堪えられない」

やっとの想いでそう口にすれば、アスカは俺から目を逸らした。

「ミツキ、ごめん。離して……お願いだから」

その声は小刻みに震えていた。アスカの瞳が今にも泣き出しそうに揺れるから、俺はその手を離してしまう。

「俺のこと、どう思ってるんだよ。俺、アスカの気持ちを一度も聞いてない」

俯いたまま、アスカは悲痛な面持ちでただ唇を噛みしめる。
掛時計を見れば、その針は午前0時を指そうとしていた。アスカとの時間がもう終わりを告げる。

「5分でいいから」

どれだけ求めてもアスカはこうして簡単に離れていく。心が通い合った気がしたのは俺だけだったんだろうか。それを、せめて確かめたいと思った。

「本当のアスカを、俺に見せて」

その言葉に顔を上げて、アスカは俺と目を合わせる。交わる視線の先にあるのは、全てを諦めた哀しい眼差しだ。
時間が止まったかのような沈黙の合間に、時を刻む秒針の音が流れる。
アスカはおもむろに歩き出し、掛時計に手を伸ばした。
「12」を指そうとしている剥き出しになった長い針に指を掛けて、「11」まで巻き戻す。





「光希」

振り返ったその顔は、涙で濡れていた。

「大好きだ」

胸に飛び込んでくるその身体を、俺はしっかりと抱きとめる。しがみついて泣きじゃくる姿は、小さな子どものようだ。

「大好き……」

今すぐにでも問い質したい気持ちを堪えながら何度も背中を撫で下ろすと、アスカはしゃくり上げながら言葉を紡いでいく。

「光希と一緒にいたかった。ずっとこうしていられたらって、何度もそう思った」

「だったら、どうして……」

溢れそうな感情を懸命に抑えてそう問いかければ、痛々しい懺悔の言葉が聞こえてくる。

「僕は沙生を忘れられない。沙生の生命を奪った僕は幸せになっちゃいけないんだ」

「俺が全部受け止めるよ」

「違う、そうじゃなくて」

涙ながらに訴える姿が愛おしくて、小さく震える身体をその心ごと抱きしめる。

「僕が無理なんだ。今の僕は、光希と一緒にはいられない」

見上げるその目から、大粒の涙が次々にこぼれていく。

「ずっと、待ってるよ」

あまりにもいたいけなその姿に、俺はそう言うしかない。

「駄目だよ。ねえ、光希」

キラキラと光を湛えた瞳が俺を一心に見つめている。帰る場所を作ってあげたかった。お前にとってそれが一筋の希望になるなら。

「待たないで……約束なんて、できない」

「約束はいらない。お前が帰って来るのは俺のところだ」

確信はない。それでも、口にしたことが真実になるようにと俺は強く願う。
次がいつになるかなんてわからないから、必死に甘い匂いのする身体を抱きしめる。柔らかな唇は涙の味がした。

「愛してるよ、飛鳥」



午前0時5分。
俺の腕を擦り抜けて、ロスタイムを終えたアスカは闇の向こうへと消えていく。





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