「こら、ちゃんと食べないと駄目だ」
朝ごはんを一口しか食べないことを咎めると、アスカは上目遣いでこっそりと俺を見る。叱られるのをやり過ごす子どものような仕草につい笑ってしまう。
「だって、朝は食べられないんだ」
罰の悪さを感じるのか、語尾が消え入りそうだった。確かにアスカは昨日も一昨日も、朝は何も食べていなかったことを思い出す。
「駄目。あとでちょっと運動するから、もう少し食べろよ」
「運動?」
途端に犯罪級に色っぽい瞳で見つめてくるのはよからぬ想像をしているからに違いなくて、軽く眩暈を覚える。
「ちょっと歩いたところにきれいな滝があるんだって。せっかく来たんだから、散歩がてら一緒に行ってみたいなと思って。嫌か?」
そう誘えば、きょとんと目を見開いてからゆっくりと顔を綻ばせる。
「ううん。行きたい。頑張って食べる」
俺を見ながらおずおずと味噌汁に手を付けるアスカは、やっぱり散歩なんてやめて今すぐにでも愛し合いたいぐらいかわいかった。
昨夜は、泣きじゃくるアスカを抱きしめて宥めているうちにいつの間にか眠ってしまっていたらしく、目が覚めると空が白み始めていた。 慌てて腕の中を覗き込めばアスカは小さく寝息を立てていて、穏やかな寝顔を見て心の底から安堵した。 昨夜聞かされた事実には驚いたけれど、アスカを想う気持ちはむしろ時間が経つにつれて増している。これからは俺が傍について支えてやりたかった。 俺に話をしたことなど忘れてしまったかのように振る舞うアスカを見ながら、胸に誓う。 全てを受け止めて、愛していきたい。いつかアスカが心から笑える日が来ることを願って。
チェックアウトを済ませてから、二人で一旦最寄り駅まで行ってコインロッカーに手荷物を預けた。 旅館でもらった地図を頼りに、アスカと手を繋ぎながら歩き出す。 緑に覆われた山道へと入っていくと、静かな空間に鳥の鳴き声が響き渡る。見上げれば、空が随分高いなと思った。
「あんまり人がいないね」
「すぐって言ってたのに、結構遠そうだな」
ところどころに出ている案内板の矢印を辿りながら、足場が悪いところを避けて一歩一歩進んでいると、ふとアスカが口を開いた。
「ミツキ、憶えてる? D館の奥にサルを見に行ったときのこと」
そう言われて俺は、アスカと一緒に過ごした時間を想い出す。
「……ああ、そんなこともあったな」
ある昼休みのことだった。大学構内で実験用のサルを飼っていることを知った俺は、つまらない好奇心からサルを見に行こうと飛鳥を誘った。 すると、飛鳥はキラキラした瞳で俺の話に乗ってきた。
『光希、せっかくだからバナナを持って行こうよ』
その発想がかわいくて、思わず俺は吹き出す。
『だってサルが本当にバナナが好きなのか、実験したくない?』
購買部でバナナを買った俺たちは、意気揚々とサルがいるというD館の周辺に行って探し回った。やがて建物の奥まったところにひっそりと置かれたケージを発見する。 ケージに入ったサルは、俺たちを見た途端なぜだか異様に興奮してキーキーと高い声で吠え出した。何も悪いことはしてないのに妙に罪悪感を覚えた俺は踵を返し、呆然とするアスカの腕を掴んで走って逃げ出した。 ひとしきり走った後、二人で笑い合いながらサルに渡し損ねたバナナを分けて食べ合った。
「楽しかったね」
懐かしそうな微笑みが本当にきれいだ。アスカの子どもみたいに純粋で屈託のないところが、俺は好きだった。 これからもアスカと想い出を作っていきたい。哀しい記憶が埋もれてしまうぐらい、たくさん。
草木が生い茂る足場を少しずつ登っていくうちに、息が切れてきた。どこがすぐなんだよ。心の中で悪態をつきながら足を進めていく。 駅を出てから早くも一時間近くが経とうとしていた。アスカは見た目は華奢なのに意外と体力があるようで、ちゃんとついて来ている。
川のせせらぎがだんだん大きく聞こえてきていた。きっともうすぐだ。 木々を掻き分けて足を踏み入れれば、急に視界が大きく開ける。ようやく目的の場所に辿り着いたらしい。
天国に架かる梯子。 細く長く、絶壁を流れ落ちる白い滝は空と水面を繋ぐ。 滝壺に吸い込まれる水流を眺めながら、俺はアスカと岩場に座り込んだ。 辺りには誰もいない。澄み切った冷たい空気を胸いっぱいに吸い込めば、ここまで登ってきた疲れが残らず消えていくようだった。
「癒されるね」
「滝からはマイナスイオンが出てるらしいからな」
そう言いながらアスカの顔を見ると、瞳がゆらゆらと潤んでいた。繋いだ手に力を込めて、強く握りしめてくる。
「ミツキ、ずっとこうしていたい……」
顔を覗き込んで掬うように桜色の唇に口づけると、手を離して首に両腕を回してきた。 何度も、何度も。互いの存在を確かめるように、キスを重ねていく。
「アスカ、愛してる」
耳に届く心地よい水音に意識を委ねながら、細い身体に腕を絡めて抱きしめる。 神聖な二人だけの世界で、俺はアスカと魂を求め合うように口づけを交わし続けた。
あちこち寄り道をしながら家に辿り着いたときには、すっかり日が暮れていた。
「ミツキ、お風呂に入ろう」
甘えたようにそう言うアスカに軽くキスをして、浴槽に湯を張っていく。素直に俺に寄り掛かってくれていることが本当に嬉しかった。 なのに俺は荷物を片付けながら、心の中に棘が刺さっているような歯痒い感覚を覚えていた。 それは、もしかするとアスカがこの掌からすり抜けてしまうかもしれないという、拭いきれない不安だった。
準備が整うと、俺はアスカと服を脱がし合って風呂に入り、戯れながらシャワーの栓を捻った。 温かな湯を浴びながら濡れた身体を押しつけ合ってキスを交わす。アスカのものをそっと握りしめると、手の中で熱を帯びながらみるみる勃ち上がっていった。
「アスカ、エッチだな」
耳元で囁けば、アスカは熱っぽい眼差しを向けて掠れた声を出す。
「早く、したい……」
俺の方こそ、早くアスカが欲しくて堪らなかった。 風呂から上がってベッドに縺れ込んだ途端、俺はアスカに組み敷かれてしまう。髪から滴る冷たい雫が頬を濡らす。
「ちゃんと拭かないと、風邪ひくぞ」
「だって、待てない」
そう言うや否や唇を塞がれる。挿し込まれる舌を捕まえて軽く吸えば、ゆらりと甘美な味がした。
「ミツキ、いっぱい感じて」
アスカの唇が俺の身体を辿って、触れられた部分が熱を持ち疼き出す。 そそり立つものを握り込まれて、先端をそっと舌が這う。弄ぶようにゆっくりと舐められれば、ゾクゾクと快感が全身に拡がっていった。
「アスカ。反対、向いて」
顔を上げたアスカは戸惑いながら俺を見る。弱いところを全て曝け出してほしかった。
「ほら、早く」
おずおずとこちらに下肢を向けて、アスカは再び俺のものを咥えていく。俺は細い腰を両手で抱え込んで、朱に染まりながら勃っている昂ぶりを口に含んだ。
「……ん、ん……ッ」
喉奥まで呑み込めば、艶めいた声が鼻から抜けていく。咥え込んで抱えた腰を上下に揺らしていくと、口の中で先端が蜜をこぼし出した。
「ん……ふ、あっ、ダメ……」
すぐに根を上げて俺の半身から口を離し、アスカは切羽詰まった声をあげる。快楽に揺れる腰を逃げないようにしっかりと押さえ込めば、かぶりを振る濡れた髪が脚の付け根を擽った。
「あぁ、ミツキ……ッ、ムリ、できな……っ」
「いいよ、じっとして」
形勢を逆転できたことに悦びを感じながら、俺はアスカを口で丹念に愛撫する。震える半身を咥えたまま、後孔にゆっくりと指を挿入していった。
「ああ、あ…ッ、ア……ッ」
引けていく腰を押さえつけたまま奥の敏感な部分を指で刺激すれば、中が蕩けるような柔らかさで吸いついてくる。そこを根気強く擦り続けると、やがてガクガクと下肢が強張りだした。
「あ……あ、ん、ああァ……ッ!」
全身を大きく震わせながら、アスカが高い声をあげて果てた。口の中に放たれた蜜を飲み下して身体を起こせば、アスカは力なく身体をベッドに預けながら俺をじっと見つめていた。その甘く官能的な眼差しから目が離せない。 差し伸ばされた手を取って引き起こすと、そっと顔を近づけてくる。宥めるようなキスをすれば、アスカは熱に浮かされた瞳で囁いた。
「ねえ、ミツキ……もっと、欲しいよ……」
鼻腔を擽る甘い香りが、俺を世界の深淵へと誘う。花の匂いが濃厚になってきたのは、アスカの身体が熟れているからだ。
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