the 3rd day[2/2]

「ん……ッ、あ、ぁ……」

静寂の中、アスカの押し殺した声が響き渡る。
足だけを浸けた状態で湯舟に腰掛けるアスカのそそり立つものを、俺は口に含んで丹念に味わう。

「ダメ……すぐ、出ちゃう」

小刻みに震え出す細い腰をしっかりと押さえ込んで擽るように愛撫すれば、アスカの唇から甘い声がこぼれ落ちた。

「あ……ッ、や、きもちいい……、ミツキ……ッ」

両手が俺の頭に掛かり、髪に指が絡む。そっと見上げれば、月の光に照らされながら淫らに喘ぐアスカは最高に美しかった。
与えられる刺激から逃げるように引けていく腰を抱え込み、快感を上塗りするために口の動きを速めていく。

「あッ、あぁ……、ん、ああァ……ッ!」

ひときわ大きな声と共に、口の中でアスカの欲が放たれる。昨日幾度も愛し合ったせいで薄まっている精を、俺は残らず呑み込んだ。
荒い呼吸を繰り返しながら、アスカは虚ろな瞳で俺を見下ろす。

「もう慣れたか?」

「ダメ。恥ずかしい」

かぶりを振りながら小さく笑うその顔が、本当にかわいかった。

「アスカ……挿れたい」

そう言って口づけると、うっとりとした表情でアスカは「いいよ」と囁いた。細い腰を抱き寄せて、湯舟の中へと誘う。

「こっちにおいで」

「ここでするの?」

「向こうまで待てない」

早く身体を繋ぎたくて後孔に触れると、アスカは小さく喘いだ。湯のぬめり具合が調度いい。そこに指をそっと挿し入れると、中はさざなみのようにうねっていた。

「あ、ぁ……っ、ミツキ、もう挿れて……」

疼く身体を持て余すように懇願するアスカが堪らなく愛おしくて、額に軽くキスをする。湯舟の中で身体を抱き上げて、後ろ向きに膝の上に座らせた。焦らすようにゆっくりとうなじを舌で辿ると、きめ細やかな肌が粟立っていくのがわかった。

「や、早く……ッ」

必死にねだるアスカの後孔に昂ぶるものを押しあてて、一気に貫いた。熱く濡れた中は、包み込むように優しく俺を受け容れてくれる。

「ああっ、ア、あぁ……っ」

後ろから抱きしめながら突き上げると、その動きで水面が激しく揺らいだ。水音がアスカの声と重なり、共鳴していく。誰かが聴いているかもしれない。それでもかまわないと思った。

「んっ、は、あぁ……ッ」

しんしんと静かな夜の中で、密やかに愛し合う。首筋に唇を這わせて所有の証を刻みながら抽送を繰り返すうちに、こぼれる声が甘さを増していく。

「アスカ、愛してる」

耳元で囁くと、一層締めつけが強くなった。振り返るアスカの唇にキスをして、腰を動かしたまま後ろから昂ぶりに手を回す。

「あぁ……っ、ダメ……」

ゆっくりと突き上げながら握り込んで扱いていくうちに、アスカの中が痙攣するように震え出した。

「あ、あ……ッ、ミツ、キ……も、イきそう……ッ」

「アスカ、俺も……」

強い快感が背筋を伝って頭のてっぺんまで駆け上がる。
アスカの身体も、心も。全てが愛おしかった。やっとこの手で捕まえたんだ。もう離さない。

「ああ、あ……ああァ……ッ」

激しく収縮を繰り返すアスカの中で、俺もまた尽き果てる。ぐったりと弛緩していく身体を抱きとめて、乱れた呼吸を整えながら二人で快楽の余韻の中を揺蕩う。
揺れる水面に形を崩していた月が次第に丸く戻っていく。それを眺めながら、欲を吐き出したものをそっと引き抜いた。湯の中で白濁がふわりと花開くようにこぼれる。

「アスカ、大好きだ」

こちらを振り向いたアスカと甘い口づけを交わし合う。会えなかった時間を埋めるように、何度も重ねなおして深く弄っていく。
唇を離すとアスカは恥ずかしそうに目を伏せて、俺に抱きついてきた。

「ミツキといると、安心する……」

ふわりと香る甘い匂いに、胸が締めつけられる。
ああ、アスカ。お前が望むなら、俺は何だってできるよ。





冷蔵庫から出したペットボトルの蓋を開けて、二人で渇いた喉を潤す。
浴衣を身に纏ったアスカは、たった今着たばかりなのに脱がせたくなるような色気を放っていた。
互いの布団に入ると、アスカがこちらに擦り寄ってくる。

「一緒に寝てもいい?」

甘えながらそう誘ってくるのがかわいい。軽く唇を啄んでから、手を繋いで同じ布団の中に入る。温泉の効果なのか、湯冷めすることもなく身体がポカポカと温かかった。
灯りを消せば、静かな暗闇に呼吸の音が満ちていく。

「目が冴えてる。あんまり眠れないかも」

「アスカって、修学旅行でも興奮して眠れないタイプだった?」

「うん、そう」

闇に目が慣れてくると、はにかむような笑顔が見えた。

「俺、アスカのことが本当に好きなんだ」

そう告げれば、俺を映すその瞳はあまりにも美しくて、ただ見ているだけでなぜか胸が痛くなった。

「だから、アスカの抱えてるものを俺はちゃんと受け止めるから」

哀しみも、苦しみも、全てを。
アスカは長い睫毛を震わせながらゆっくりと目を閉じる。

「ねえ、次は僕の番だね。告白……」

開かれた瞳には、儚げな光が痛々しく滲んでいる。けれど、それから紡がれた言葉は告白などではなかった。

懺悔だ。





「左手が痺れるって。最初……サキはそう言ってた」

そう口にしたアスカが目を逸らしたのは、俺の前でその名を出すことに罪悪感があるからかもしれない。

「僕はサキと歩くとき、いつも左側にいたんだ。だから、手をたくさん繋いでるからかもしれないって、サキは冗談みたいに笑ってた。でも、だんだんその痺れが左腕に広がって、腕が上がりにくくなってきたみたいで……近くの病院に行くと、すぐに大きな病院を紹介された」

天井を見上げながらアスカは淡々と話し続ける。溢れそうな感情を、懸命に押し殺しているように見えた。

「サキが侵されていたのは、治療法がない難病だった。筋肉が縮んでいく神経の病気で……進行性だからすぐに症状が進んで、どんどん手足の筋肉が痩せて動かなくなっていく。やがて、ものを飲み込むことや会話もできなくなって、最後には呼吸が止まってしまう。障害を受けるのは運動神経だけだから、そうして病状が進行していく間も感覚や意識ははっきりしてるんだって」

アスカの声は、囁きのように微かだった。
動くことも会話もできなくなるのに、それをしっかりと自覚できる。自分の身に置き換えようとしても、その苦しみは想像もつかなかった。
呼吸をすることさえ忘れていることに気づいて、俺はゆっくりと息を吸う。何かがつかえているように胸が重苦しい。

「三年から五年。それが、サキに残された時間だった。サキは初めの頃は気丈に振る舞ってたけど、病名がわかったときには日常生活にも支障が出始めていたから、研究室には行かなくなってしまった。僕はサキの支えになりたくて、その頃から大学を休んでなるべくサキと一緒に過ごすようにしていた。でもサキはやっぱりすごく不安で、絶望してたんだと思う。病気の進行を遅らせる薬の他に、安定剤や睡眠剤を出してもらって飲んでたんだ。そうやって、サキは心も身体も少しずつサキじゃなくなっていった」

20代半ばでのその余命は、あまりにも残酷だ。思わずアスカの手を握りしめれば、先程まで湯舟に浸かっていたとは思えないぐらい冷たくなっていた。

「僕に姉がいるのは知ってるよね。ある日、僕は姉の様子がおかしいことに気づいた。不自然に避けられていることに耐えられなくて、僕は姉を問い詰めた。初めは黙ってたけど、とうとう姉は言ったんだ。サキとセックスしたって」

その声は今にも泣き出しそうに震えていた。
もういいよ。アスカ、もういい。
喉元まで出かかったその言葉を、俺は必死に飲み込む。アスカが自分の意志で話しているのに、それを遮る権利は俺にはなかった。

「信じられなかった。そんな身体でどうして今、姉を抱いたんだ。僕はサキのことをたくさん責めた。僕を愛してるからだと言ってサキは笑った。全然意味がわからなかった」

天井を見上げるアスカの目が、潤んだ光を湛えて揺れる。

『光希、抱いて』

あの時二人きりの教室で、アスカは俺に縋ることで必死に自分を保とうとしていたんだ。

「サキが姉としたことを考えると本当に辛かったけど、赦さなければいけないと思った。僕はサキを愛していたし、サキに残された時間はあと少しだった。だけど、サキが検査のために入院してすぐに、僕たちはちょっとしたことで言い合いになった。僕は姉のことを蒸し返して、またサキを責めた。サキの病気のことや裏切られたことで、僕自身も精神的に参ってたんだ。でもそんなのは言い訳にならない。サキなんていなくなればいい――僕は、サキにそう言った」

俺は息を呑む。大きな目から次々とこぼれ落ちる涙を拭ってやりたいのに、触れるのが怖くてただ見ていることしかできない。

「片腕でサキは僕を強く抱き寄せた。そのとき交わしたキスのことを、なぜか僕は思い出せないんだ。僕を愛してるとサキは言った。愛してるから生きてくれと。一瞬のことだった。サキは僕を突き離して病室の窓から身を投げた」

アスカが涙を流しながら目を閉じる。瞼の裏にはきっと、悪夢のようなその光景が鮮明に浮かんでいるに違いない。

「窓から身を乗り出すと、もう動かなくなっているサキが小さく見えた。サキのところに行こうとしたのに、いつの間にか駆けつけていたユウが僕を引き止めた。だから、僕は後を追うことができなかった」

アスカがこちらに身体を向けて俺を見上げる。涙で滲んだ瞳には、ようやく俺の姿が映っていた。

「サキが亡くなってからしばらくの間、僕の記憶はすっぽりと抜け落ちてる。気がつけば葬儀は終わっていた。僕は参列できる状態じゃなかったらしくて、サキにお別れもしてないんだ。だから、死んだという実感もない。サキのところへ行って、ちゃんと謝りたいと思った。死に場所を探して家を出た僕の生命を繋ぎとめたのは、ユウだった。この世界には僕を必要としてくれる人がいる。どんな形でもいいから生きろと、言ってくれたんだ」

だから、アスカはあのバーのマスターと一緒にいるんだ。そして、魂の抜け落ちた状態でふらふらと彷徨うように生きてきたんだろう。

「サキを失ってからの僕は、死ぬこともできずに悪夢のような現実をあてもなく生きてきた。サキに謝らないといけないのに、サキにはもう会えない」

アスカが縋るような瞳で俺を見る。その眼差しに応えられるだけの言葉を、俺は持ち合わせてはいなかった。

「どうしていなくなればいいなんて言ってしまったんだろう。サキが僕を愛していないことはわかってた。それでもよかったんだ。どんなサキでもいい。たとえ身体が動かなくなっても、僕はただ傍にいたかった」

俺はアスカの身体に腕を回す。こんなにも近くにいるのに、今にもすり抜けて消えてしまう気がして怖かった。

「僕が、サキを殺したんだ……」

小さな子どものように顔を歪めて大粒の涙を流すアスカを、しっかりと抱き寄せる。どんな言葉を掛けても、今は陳腐な台詞にしか聞こえない。
必死に感情を抑えようとするアスカの姿は本当に儚げで、今にもこの世界から消えてしまいそうだった。

「いいよ。我慢するな」

腕の中で華奢な身体が小刻みに震える。やがてこぼれてきた悲痛な嗚咽を聞きながら、俺はただその身体を強く抱きしめることしかできなかった。




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