the 3rd day[1/1]

いつもどおりの朝。アスカはいつもと同じ笑顔で俺を起こす。
俺はアスカの顔をまともに見られない。意識してしまって、どうにも無理だ。

「アスカ。今日、晩ごはんいいよ。接待なんだ。だから、遅くなると思う」

アスカが淋しげな顔をする。取って付けた嘘に、俺の胸は痛む。俺はただ、アスカと過ごす時間が長くなるのが怖かった。

「そうなんだ。大変だね」

そうだよ。俺、お前との一線を死守するのに大変なんだよ。

「いってらっしゃい」

アスカに見送られながら、俺は駅に向かって歩き出す。





「よう。イケメン。超元気ないじゃん。死相が出てるぞ」

同僚の高城が、開口一番にそう言う。

「お前、俺の顔色に敏感だよな」

「佐倉がわかりやすいだけだろ。浮気とか、絶対バレるタイプだな」

ああ、そうなのかも。美希にもよくバレてたもんな。なんにも言われなかったけど。

「その無駄にいい顔を活かして、ちょっと協力しろよ。今日、合コンするから来い」

折しも今日は金曜日だった。で、明日は休み。

「行く。絶対行く」

俺は即答する。そうだ、俺は正常な男子なんだ。かわいい女の子たちと楽しく騒げば、アスカのことは気にならなくなるさ。




合コン相手は、デパートのコスメカウンターで働くBAの女の子たち。皆華やかでバッチリメイクしてて、きれいでかわいい。
盛り上がるテーブルの片隅で、ひときわ目を引く子が俺に小声で話し掛ける。

「この後、二人で飲みに行こうよ」

女の子の方から、こっそりお誘い。据え膳食わぬは何とやら。

「いいよ、あとでね」

胸元からチラリと覗く谷間がエロい。絶対お持ち帰りできる。ああ、今日来てよかったよ。高城に感謝だな。



――なのに。
俺は深夜の街を一人侘しくタクシーに乗っている。
結論から先に申し上げますと。
全然、エロモードに突入できませんでした。彼女じゃなく、俺が。
合コン終わって、二人でこっそり飲みに行ったよ。お洒落なダイニングバーのカップル席で、オトナな雰囲気作ってさ。

でも無理だった。一緒にいて、全然性欲が湧かない。たとえ真っ裸で抱きつかれても、絶対勃たないという実にどうでもいい自信があった。
バーを出て、女の子をタクシーに乗せて、ハイさよなら。
ああ、向こうはきっと期待してたよな。どうかしてるよ、俺……。

家に着く頃には、午前2時を回っていた。
玄関の灯りを点けると、アスカがリビングのソファで寝ているのが見えた。傍にはビールの空き缶が転がっている。

「飲めないのに、飲むなよ……」

その缶を拾って、俺は気づく。飲まないと寝られないから、飲んだんだ。罪悪感が俺を襲う。
一人でいるのが駄目だと言っていた、アスカ。
俺は人形のようにきれいな寝顔を見つめる。僅かに開いた胸元から漂う、仄かな甘い匂いに心臓が高鳴る。
ああ、俺は本当にどうかしてる。きれいでセクシーな女の子には全く反応しないのに、寝ている男に欲情してる。

そのとき、天使のカーブを描くその頬を涙が一筋伝った。桜色の唇が動く。

「……サキ……」

あまりに切ないその声音に、俺は戸惑う。
アスカ、お前の心の中には誰かがいるんだな。
こぼれる涙をそっと親指で拭ってやる。アスカはなんでこんな仕事をしてるんだろう。
アスカと過ごす時間は、あと一日だ。このままでいいのか?
そっと布団を掛けながら、俺はある決意をする。



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