「航、大学が夏休みになったら、どこか遠出しようか。1泊ぐらいでさ」
免許を取ったばかりの圭介が、明るい陽射しの下で屈託なく笑う。その笑顔が眩しくて、僕はまともに見ることができない。
わかってる。圭介にとって、僕は気の置けない幼馴染みで、それ以上でもそれ以下でもない。
そのポジションはすごく嬉しくて、同じぐらい苦しいんだ。
「そういうのは彼女と行くもんじゃないの」
「それはそれ。運転の練習も兼ねて、ちょっと付き合ってくれよ」
僕は微笑みを返しながら、「わかった」なんて適当に口にする。
胸が捻じれたように痛くて、僕はゆっくりと息を吐く。
ねえ、圭介。そんな時間はないんだよ。
*****
「頼みがあるんだけど」
僕の言葉に、彼女は眉を顰める。
「またその話?」
彼女が遊びに来ていることを知りながら、借りたCDを返すことを口実に僕は圭介の家に押し掛けていた。
彼女が敬語を使わなくなったのは、僕のことにもう気づいてしまったからに違いない。
「彼のことなら、無理よ」
「そうじゃない」
圭介が部屋を出て行った隙に、僕は彼女に詰め寄っていた。
「圭介じゃなくて、僕じゃ駄目か」
彼女が目を見開いていく。同い年のはずなのに、そんな顔をすると本当に幼く見えた。
「それ、正気で言ってる?」
「冗談を言っている顔に見える? もう、時間はないんだよね」
彼女は押し黙る。僕が本気だということを、理解したのだろう。
扉が開いて、トレイを持った圭介が入ってきた。その上に乗せられているのは、紅茶のカップが3つと焼き菓子の入ったプレートだ。
「ごめん、母さんが持って行けっていうからさ」
「僕はすぐ帰るよ」
「まあ、そう言うなって」
僕が彼女に何を言っていたのかを知っても、圭介はそんなことを言えるのだろうか。
明るくて、優しくて、いつも僕の傍にいてくれた幼馴染み。
だから、僕は決めたんだ。
*****
その夜、僕は圭介を家に呼び出していた。
1人で住むには広過ぎる家も、圭介が来ればそれだけで暖かな空間へと変わっていく。
「一緒に呑まないか」
玄関に入った途端そう誘う僕に圭介はびっくりしたような顔をして、それから笑顔で頷いた。
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