赤のワルツと幸福な夢[3/10]

5歳で父を亡くした僕が幼稚園でからかわれるのを全力で守ってくれたのは、圭介だった。

母は僕が8歳のときに再婚し、10歳のときに弟を産んだ。新しい父は優しかったし、弟はかわいかった。けれど、家の中でどこか疎外感に苛まれていたのは事実で、そんな僕が心の平穏を保つことができたのは、朗らかで優しい圭介と一緒にいたからだった。

僕の大学進学と同時に、家族は父の転勤先となる本社の近くへと引っ越すことが決まった。

僕は体良くこの家に1人で置いて行かれる形になったわけだけど、淋しいというよりひどくホッとしていた。圭介の傍にいられさえいればいい。それが僕の何よりの望みだった。

圭介は僕の精神安定剤で、生きる糧だ。

だから、周りの友達が女の子のことで頭をいっぱいにするような年頃になっても、僕は圭介のことしか考えられなかった。

圭介に触れたい。触れられたい。

この気持ちが恋だということに気づいたものの、どこにも行き場のないことは十分理解していた。

圭介はごく普通の性的嗜好を持つ男で、周りの同い年の友達と同じように、女の子に興味を持ち、そんな話を僕にもするようになった。この想いを告げたところで気持ち悪がられるところが関の山だった。

居場所をなくすことを、僕は何よりも恐れた。だから、どんなに苦しくても、死ぬまでこの気持ちを伝えないことを選んだ。

圭介は明るくて、優しくて、顔がいい上に何でも卒なくこなすことができた。

そんな男を女の子が放っておくはずもなく、圭介はよくもてた。初めて彼女ができたのが、中学1年生のとき。それ以来、その隣に肩を並べる子が代わる度に、僕の胸は張り裂けそうに痛んだ。

付き合っている女の子とセックスをしたのだと圭介から嬉しそうに告げられたその夜、僕は家を飛び出して夜の繁華街で声を掛けてきた知らない男の人と一夜を共にした。

目を閉じてこの人が圭介なのだと無理やりに思い込めば、痛みは快楽にすり替わる気がした。実際にはそれは、とても無理のあるものだったけれど。

時々そんな馬鹿げたことをして抑鬱を発散させながら、僕は圭介の良い幼馴染みであろうとした。

それが僕の選んだ圭介との関係だった。



*****



「なんで僕の分も買っちゃったの」


ショッピングセンターの最上階にある映画館で行列に並びながらそう言えば、圭介は屈託のない笑顔を見せる。


「航もこの映画観たいって言ってたからさ。3人で行けばいいと思って」


前売り券が3枚あるから、と呼び出されてノコノコと出てくる僕も僕だけど。


「僕、明らかに邪魔だよね」


「そんな。私はいいですよ」


圭介の彼女が遠慮がちにはにかむ。今日は白いブラウスに淡いピンクのカーディガン、黒のフレアスカート。赤いハイヒールのパンプスが目を引く。


「圭介は、そういうところが鈍いんだよね」


「え? どういう意味だよ」


圭介はよく気のつく優しい男だけど、恋愛に関しては劇的に鈍感だ。今まで何人もの彼女にふられているのも、こうして事あるごとに僕をデート先に呼んでしまうからだというのは多分にある。

まあ、それを喜んでしまって断らない僕も僕だけど。

圭介にとって、交際相手と幼馴染みは並列なのかもしれない。どちらも好きだからどちらとも一緒にいたい。でも、その2つは平行線。幼馴染みの好きが恋愛感情にすり替わるはずもない。



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