あ、これはダメだな。
彼女ができたと聞かされて、大学のカフェテリアで紹介されたその瞬間に僕はそう思う。
「はじめまして。日高香澄です。航さんのお話は圭介くんからいつも聞かされてます」
完璧な微笑みと共に繰り出された挨拶に、僕は恐らくこれ以上ないぐらいに強張った顔で震える声を押さえつけながら答えた。
「はじめまして。志波航です」
「航とは家が近くて、高校も大学も一緒でさ。もうなんだかいつも傍にいるし、腐れ縁みたいな感じで」
うん。デレデレしてる場合じゃないよ、圭介。
僕は幼馴染みの整った横顔を見つめながら、気づかれないようにひっそりと溜息をつく。
にこにことしながら、彼女は僕たちを交互に見つめる。長いストレートの黒髪に、ぱっちりとした大きな目。すっきりしたラインを描くベージュ色のワンピースを着て、首元に赤いシフォンのスカーフをふんわりと巻いている。圭介好みの、清楚でかわいらしい女の子だ。
圭介曰く、2人の出会いは運命的だった。
2週間前の通学中のことだ。朝の混み合った電車の中で、前に立っていた女の子の長い髪が、圭介の着るカットソーのボタンに引っかかってしまう。それに気づいた2人は、お互いに謝りながら慌てて解こうとしたけれど、彼女の細い髪の毛は触れれば触れるほど絡まっていく。
『あ。私、ハサミ持ってます』
カバンの中から携帯用の裁縫セットを取り出して、その中から小さなハサミを手にした彼女に、圭介は声を掛ける。
『それ、貸してくれる?』
彼女からハサミを受け取った圭介は、躊躇いもなくボタンを引っ張って、その縫い目を切った。
髪を丁寧に解いてから取れたボタンをポケットに入れて、圭介は目を見開き驚く彼女を安心させようと笑ってみせた。
『ごめん。痛かったよね』
圭介らしいエピソードだ、と僕は密かに感心した。
「香澄と会ったとき、ビビビッて電気が走ったんだよな。俺はこの子と一生を添い遂げることになるかもしれない、なんて」
調子のいいことをベラベラと喋り続ける圭介の言葉に適当に頷きながら、僕は心の中でこっそり溜息をつく。
ひとの気も知らないで、呑気なものだ。
けれど、そんな男を好きになったのは僕なんだから、もう今更どうしようもない。
まさに、惚れた弱みだ。
今までは、圭介が誰と付き合おうと仕方がないと思っていた。
でも、今回は。
今回は絶対に、何とかしなくちゃいけない。
*****
矢崎圭介は、3軒隣に住む同い年の幼馴染みだ。
物心ついたときには既に一緒にいた。幼稚園も小中学校も同じ。だから僕は、圭介の性格も嗜好も苦手なものも、全部手に取るようにわかっている。
高校受験を控えて、中堅私立大学の附属高校に行くと言い出した圭介に合わせて、僕も同じところを受けた。互いにエスカレーター式に進学して、お陰で今は同じ大学の3年生だ。
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