僕はベッドに横たわる。酔いのせいなのかセックスの余韻のせいなのか、身体が怠かった。マットレスに沈んでいく感覚が心地よい。
「だから、わかったんだ。圭介の傍に現れた彼女が、あのときの君なんだって」
「本当に、いいの?」
僕は頷く。もう思い残すことは何もなかった。僕が死んで悲しむ家族もいない。
「僕が代わりになれば、圭介はあと何年生きられる?」
「そうね、あなたの残りの寿命を彼にあげるから……」
少女は僕に数字を告げる。それは、じゅうぶんなものだった。子どもを育てて、その胸に孫を抱いて、もしかしたらひ孫の顔だって見られるかもしれない。
「随分嬉しそうね」
「まあね」
だって、大好きな圭介の役に立てるんだよ。こんなに幸せなことはない。
「ひとつ、お願いがあるんだけど」
「うん、何」
「圭介の記憶から、今夜の分を消してほしいんだ」
少女は少しだけ目を細めて、そして頷いた。
「わかった」
日本人形のような、かわいらしい顔をしている。彼女はただ、自分の役目を果たすだけなんだ。僕には憎む気にはなれなかった。
「あの、生まれ変わりだとか、あの世だとか。そういうのがあるかどうかを、わりとよく訊かれるんだけど」
少し言い訳がましい彼女の言葉に、ふふ、と僕は笑う。
「知らないんだね」
少女もほんの少しだけ口角を上げた。うん、君は笑った方がいいよ。
「あればいいなとは、思ってるわ」
「同感だね」
僕は目を閉じる。ここで冷たくなった僕を最初に見つけてくれるのは、きっと圭介に違いない。それを思うと、胸が締めつけられた。
そういえば、ドライブにも付き合えなかったね。
圭介は少しぐらい悲しむかもしれない。けれどきっとすぐに前を向いて、残された長い人生をしっかりと歩んでいくのだろう。
それは、なんて幸福な僕の夢。
「おやすみなさい」
どこからかゆったりとした旋律が聴こえてくる。
ワルツのリズムを刻むそれは、まるで子守唄みたいだ。
ゆっくりと意識が揺蕩い始める。あどけない顔をした少女に見守られながら、僕は深い眠りに堕ちていく。
『赤のワルツと幸福な夢』
- 10 -
bookmark
|