赤のワルツと幸福な夢[10/10]

僕はベッドに横たわる。酔いのせいなのかセックスの余韻のせいなのか、身体が怠かった。マットレスに沈んでいく感覚が心地よい。


「だから、わかったんだ。圭介の傍に現れた彼女が、あのときの君なんだって」


「本当に、いいの?」


僕は頷く。もう思い残すことは何もなかった。僕が死んで悲しむ家族もいない。


「僕が代わりになれば、圭介はあと何年生きられる?」


「そうね、あなたの残りの寿命を彼にあげるから……」


少女は僕に数字を告げる。それは、じゅうぶんなものだった。子どもを育てて、その胸に孫を抱いて、もしかしたらひ孫の顔だって見られるかもしれない。


「随分嬉しそうね」


「まあね」


だって、大好きな圭介の役に立てるんだよ。こんなに幸せなことはない。


「ひとつ、お願いがあるんだけど」


「うん、何」


「圭介の記憶から、今夜の分を消してほしいんだ」


少女は少しだけ目を細めて、そして頷いた。


「わかった」


日本人形のような、かわいらしい顔をしている。彼女はただ、自分の役目を果たすだけなんだ。僕には憎む気にはなれなかった。


「あの、生まれ変わりだとか、あの世だとか。そういうのがあるかどうかを、わりとよく訊かれるんだけど」


少し言い訳がましい彼女の言葉に、ふふ、と僕は笑う。


「知らないんだね」


少女もほんの少しだけ口角を上げた。うん、君は笑った方がいいよ。


「あればいいなとは、思ってるわ」


「同感だね」


僕は目を閉じる。ここで冷たくなった僕を最初に見つけてくれるのは、きっと圭介に違いない。それを思うと、胸が締めつけられた。

そういえば、ドライブにも付き合えなかったね。

圭介は少しぐらい悲しむかもしれない。けれどきっとすぐに前を向いて、残された長い人生をしっかりと歩んでいくのだろう。


それは、なんて幸福な僕の夢。


「おやすみなさい」


どこからかゆったりとした旋律が聴こえてくる。

ワルツのリズムを刻むそれは、まるで子守唄みたいだ。

ゆっくりと意識が揺蕩い始める。あどけない顔をした少女に見守られながら、僕は深い眠りに堕ちていく。






『赤のワルツと幸福な夢』



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