バンドをやってる奴なんて変わり者の集まりだと思ってたけど、ギターのナツもドラムのオサムも、気さくでいい奴だった。ジュンヤに連れられてきたド素人の俺のことを、喜んで受け入れてくれた。ギターとベースの違いさえ知らなかった俺は、理論も手順もわからないまま、バンド活動を始めることになった。音楽のことなんて右も左も分からない俺に機材の使い方を教えてくれたのは、ジュンヤだった。『マイクは必ずミキサーに繋ぐから、ミキサーの調整ぐらいはできるようになれ。ライブの時はPAが音響をしてくれるけど、スタジオで練習するときは自分でしなけりゃいけない』マイクとスピーカーの間には、ミキサーが噛んでいる。そのミキサーには、何がどう違うのかわからないぐらいつまみがたくさん付いていた。『このつまみは、パライコだ。音の周波数を調整するのがイコライザ。イコライザには、大きく分けてグラフィック・イコライザとパラメトリック・イコライザがある。グライコは、各周波数が一定の割合で分割されててつまみを上下にスライドするタイプ。パライコはこういう丸いつまみでメモリを合わせて調整するタイプ。このミキサーにはパライコが付いてる。この3つのつまみが、highとmiddleとlow。これで低音を上げたり、高音を下げたり、細かく音作りができる。機械を通せば声も調節できる。覚えておけ』パラメトリック・イコライザ、ね。もう全部中央のメモリにしときゃいいだろ、と口にしそうになった俺は、ジュンヤの真剣な目つきを前にしてその言葉を呑み込んだ。ジュンヤは口は悪かったけど、こと音楽に関しては真剣だった。だから俺も、わけもわからないまま、言われたことぐらいはできるようになろうと必死だった。とりあえず、DARWINの持ち曲を練習して、デモを録って。覚えることは、山ほどあった。それでも、大きな音に包まれながら声を出すのは楽しかったし、何より初めて立ったステージの上は、最高に気持ちよかった。そうしてバンド活動を続けるうちに、ジュンヤのことが少しずつわかってきた。人目を引く容姿をしているけど、滅多に笑顔を見せない。それでもモテるのは、ベースを弾いている姿が最高にかっこいいからだ。そして、女癖が悪い。口も悪い。大学の授業には気まぐれにしか出席しない。よくも悪くもバンドマンらしい自由人。けれど、抜群にセンスのいいベーシストだということには違いない。リズムをタイトに刻みながらも、情緒豊かに音を紡いでいく。俺はいつの間にかベースの音を一番の頼りに歌うようになっていた。そして ─── そんなジュンヤの一挙一動を、いちいち気にしている自分自身には、気づかない振りをしていた。そうして3年間活動を続けてきたDARWINは、インディーズとしてはそれなりの知名度を持つバンドに成長していく。キャパ200人のライブハウスでワンマンができて、自主レーベルで作ったCDもそこそこ売れていた。固定ファンは少しずつ増え続けている。ヴィジュアルから入ってきたような女の子たちから、コアなロック好きの男連中まで、音楽活動の支えになるファン層は揃ってる。時折深夜のローカル番組に呼ばれる、地元では有名なバンド。メジャーまで、もしかすれば、あとひと息。それが、今のDARWINのポジションだ。 - 4 - bookmarkprev next ▼back