さらりとした艶やかな黒髪は、濡れているようにも見える。二重瞼の下から覗く涼しげな瞳が印象的だった。小さな頭にスラリとした身体つきで、ああこいつは絶対女にモテるんだろうなと思う。今し方まで授業を受けてたというのに、背中には弦楽器らしきケースを背負ってる。きっとバンドマンなんだろう。何となく浮世離れした雰囲気があるのも納得がいく。それにしても、呼び止められる理由がわからない。『カラオケに行かないか』初対面で、しかもカラオケ? 驚いて返す言葉を失う俺に、美貌のバンドマンは畳み掛けるように言葉を続ける。『さっき先生にあてられて、教科書読んでたよな』『え? ……ああ』どこかアンニュイな瞳に見つめられて、俺はなぜか異様にどきまぎしていた。『ほら、行くぞ』がっしりと腕を取られて、そのまま大学の近くのカラオケ店まで連れ込まれて。『何でもいいから、歌ってみろよ』訳もわからないまま渡されたリモコンで勢いに任せて当時流行ってたポップスを入れて。俺が歌い始めた途端、そいつは目を見開いて、それから初めて笑顔を見せた。まるで子どもみたいに、無邪気に笑っていた。1曲歌い終わってマイクを置いたそのとき、そいつは俺に手を差し出してくる。『決まりだ。お前、うちのヴォーカルな』『 ─── え?』あの時の衝撃を、俺は今でも忘れない。それから俺は、順を追って事情を聞かされる。そいつの名前が、ジュンヤだということ。ベースをやっていて、幼馴染みのギタリストと、高校の同級生だというドラマーの3人でバンドを組んでいること。そのバンドのヴォーカリストが突然脱退してしまい、新しいメンバーを探しているがなかなか見つからないこと。『お前、いい声してる。声量もリズム感もある。見た目も悪くない』ジュンヤが俺をべた褒めしたのは、後にも先にもこの時だけだ。『いや。俺、バンドなんてしたことないし。たまにカラオケに行ったときにこうやって歌うぐらいで。人前で歌うなんて、無理だ』幾ら何でも、あまりにも急過ぎる。楽器もできない。前に出るタイプじゃない。言い訳ばかりを並べていく俺に、ジュンヤは次第に眉間を寄せていき、とうとう吐き捨てるように言い放った。『うるさい。お前はつべこべ言わずに俺について来りゃいいんだよ』それが俺とジュンヤの出逢った日で、俺がロックバンド『DARWIN』に加入した日になった。 - 3 - bookmarkprev next ▼back