起きられないから、飲めないという。子どもみたいだ。俺は溜息をつきながらグラスを床に置いて、ベッドの脇に座り込む。何かを言いたげに見つめるその眼差しには、ゆらりと熱が揺らぐ。「……何?」間が持たなくて思わず問い掛ける俺を、いつになく真剣な眼差しでじっと見つめる。「俺、ケントの歌が好きだ」「いきなり何だ。気持ち悪いこと言うなよ」こいつ、酔うと人格が変わるんだな。俺は小さく溜息をついて、適当にかわそうとする。本音を聞くのが、怖いからだ。なのにジュンヤは、それにかまわず言葉を続けていく。「ケントは、歌が上手くて表現力がある。確かにそんな奴はたくさんいる。だけど、ケントには人目を強烈に惹きつける何かがある。それは、誰にも真似できないお前だけのものだ。お前はすごい勢いでどんどん成長してるし、まだまだ上に行ける」何度も息継ぎをして、言葉を区切りながら惜しげもなく賞賛を口にするジュンヤは、潤んだ瞳に俺を映しながら、ゆっくりと左腕を伸ばしてくる。「憶えてるか? 初めて会ったとき、俺がお前について来いって言ったこと。でも、違ったんだ。お前が、俺たちを連れてってくれる。他のメンバーも皆、そう思ってる」差し出されたその手は俺の肩に掛かり、弱々しく掴む。触れる掌の温度に鼓動が速くなる。こいつ、本当は酔ってないんじゃないか?「ケントは、俺が見つけたヴォーカリストだから。絶対に離さない」「お前、ファンの子もそうやってオトすの?」冗談のように口にした上滑りの言葉を、ジュンヤは気に留めることなく小さく首を振る。「だから、頼む。やめるなんて言わないでくれ。お前と同じステージに立ちたいんだ」俺はもう、返す言葉を失ってしまっていた。DARWINをやめたいなんて、ひとことも口にしたことはない。でも、ジュンヤは気づいてた。「俺は、お前と同じところに立って、同じものを見たいんだ、だって」一旦、息を吐いて、吸って。決意を固めたような瞳をして、とんでもない言葉を口にする。「お前のことが、好きだから」「……どんだけ酔ってんだよ」「酔ってなんかない」「酔っ払いはそう言うんだって」「ケントが悪い。あんなこと、するから」ステージの上ではクールに振る舞う女たらしのベーシストが、たかがキスごときでここまで悪酔いしてる。それが俺には堪らなく新鮮だった。ジュンヤは泣きそうな顔をしながら、小さな声で俺を咎める。「3年間、俺がどれだけ我慢してきたと思ってるんだ。必死に諦めようとしてんのに、期待させんなよ、バカ……」 - 8 - bookmarkprev next ▼back