片手で取り出して表示されたメッセージを確認すれば、それは予想どおりの相手からのものだった。
「─── ごめん、やっぱり行けない。皆によろしく言っといて」
「夏巳!」
追い掛けるように後ろから名前を呼ばれても、僕はもう応えない。足を速めて、衛から離れていく。
衛はきっと気づいてる。僕がこうして呼び出されて行くときは、いつだって恋人に会いにいくような甘い感情など持ち合わせてはいないことに。
ねっとりと肌に纏わりつく暑さの中、陽炎の揺らめく向こう側へと僕は足を進めていく。
*****
インターフォンを鳴らして待っていると、錠の外れる音が2回して扉が開いた。
「随分早かったね」
現れた部屋の主にそう言えば、小さく笑いながら僕を招き入れてくれた。
矢賀柊悟。それが、いつも僕を呼び出す人の名だ。
「それはこっちの台詞だ。メールを送ったときはまだ大学にいたのに、もう着いたの?」
「うん。電車の乗り継ぎがうまくいったから」
玄関に足を踏み入れれば、ひんやりとした空気が肌に触れる。
玄関でこの温度なら、エアコンを効かせた部屋は寒いぐらいなのだろう。
それも、じっとしていればの話だけど。
「何か飲んでいい?」
上がり込んで廊下を進んでいく。扉を開ければそこは解放的なリビングで、大きな掃き出し窓は陽射しの強さで白く光っていた。
部屋に足を踏み入れた途端、部屋の空気の冷たさに僕は肌寒ささえ感じてしまう。
じっとりと汗で濡れた身体に衣服が纏わりつくのが不快だった。
勝手知ったる冷蔵庫を開けて、1番上にズラリと並んだ缶ビールを2つ手に取る。1つをキッチンカウンターに置いて、手にしているキンキンに冷えた缶のプルトップを開けるとプシュッと小さな音がした。
「いただきます」
申し訳程度に口にしてから一気に呷る。
「こんな時間から、それ?」
かうような声を気にせずに、僕は半分ほどの量になった缶と、未開封の缶を片手に大きなカウチソファへと歩んでいく。
「柊悟さん、出張どうだった?」
僕がそんなことを訊くのは、今日出張先から直接自宅に帰ってくると柊悟さんから聞いていたものの、こんなに早い時間に着くとは思っていなかったからだ。
もしかしたら、夜遅くになるかもしれない、などと言っていたのに。
新しい方を差し出したにもかかわらず、柊悟さんが手を伸ばして取ったのは僕の呑みかけの方だった。躊躇いもなくそのまま口をつけて呑んでいくから、僕は仕方なくもう一方の缶を開ける。
「うまくいったよ。スムーズに運び過ぎて、帰りが早くなったぐらいだ」
柊悟さんは勤め先の会社でグラフィックデザインを手掛けていて、取引先とデザインの確認や打ち合わせをするために月に何度かは短い出張が入る。
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