君は美しい女だった。
清楚でしとやかな容姿を備えた、朗らかで優しい君は、いつも周りを幸せな気持ちにさせていたね。
一点の曇りもない双眸も、見る者全ての目を引く浄らかな美しさも、陽だまりのような暖かな優しさも。君が持つもの全てが僕には眩しくて羨ましかった。
僕と同じ暑い季節を名に持つ君のことを、僕は本当に愛していた。
ねえ、葉月。
季節は巡り、君がいなくなったあの夏がやってきた。
*****
「夏巳」
強い陽射しの照りつく構内を歩いていると、後ろから大きな声で呼び止められる。
振り返れば、同じコースの佐潟衛が駆け寄ってくるところだった。
「お前、歩くの速いな」
僕の隣に並んだ衛は、軽く呼吸を整えながらそんなことを言って笑う。
この暑さの中を走ってきたせいで、その額からは大粒の汗が流れていた。
「今日、うちのコースの奴らで試験の打ち上げするって言ってただろ。夏巳だけ、返事がまだなんだけど」
「─── ああ」
1週間ほど前にそんなメールが回ってきていたことを、今になって思い出す。
今日で大学の前期試験は終わり、僕はちょうど刑法総論の試験を受けて帰るところだった。
「ごめん、行かないつもりだった」
「バイト? どうせ違うだろ。用がないんだったら、来いよ。俺も行くからさ」
同じ法律総合コースに所属する学生たちとは、それなりに付かず離れずの付き合いをしていた。効率的に単位を取るには、1人でいるのは得策ではないからだ。
「まだわからないんだ。だから、今日は空けておきたい」
適当に言葉を濁すと、衛は口を噤む。降り注ぐ視線の痛さを感じながらも、僕は黙ったまま前を向いて歩みを進めていく。それでも衛は僕についてきて、また話しかけてくる。
「また、彼女?」
その口調にどこか避難めいたものを感じて、胸がざわつく。ざらりと舌に触れる砂を吐き出すように、僕はわざと棘を含んだ言い方で答えた。
「まあね、そんなとこ。悪い?」
衛の言いたいことは何となくわかった。誰と一緒にいても、僕は呼び出されればすぐにいなくなる。そして、他の人たちが『あいつは彼女にベタ惚れだから』と笑ってやり過ごすところを、衛はいつもどこか不機嫌そうな顔で見るのだ。
「我儘な女だな。ちょっと振り回され過ぎじゃないか」
「僕がそうしたいからしてるんだ。付き合いが悪くてごめん」
衛が気にしているのは、僕の付き合いが悪いことではない。けれど、これ以上不毛なやりとりを繰り広げるつもりはなかった。
衛が何かを言いかけた途端、ズボンのポケットで携帯電話が小刻みに震える。
- 1 -
bookmark
|