この街にはちょっとした噂があった。
何でも願いを叶えてくれる占い師。
占い師なのに?と首を傾げる者もいたが、藁にでもすがりたいと思う輩は噂を頼りにその人物を捜した。
どんなに街中を捜しても見つからないのに、奴は突如姿を現す。まるで、始めからその場にいたみたいに目の前に佇んでいるのだ。
「何かお困りで?」
特徴は黒のフードを被った男というだけ。
けれどダルシムは瞬時に彼が噂の占い師なのだと理解した。
「貴方が、黒の魔法使い?」
「…黒の魔法使い?」
「いや、噂で、そんな風に言われてて」
「ふーん。ダサいけど、まぁ良いか。そのまんまだしねぇ」
表情は読めないけれど、占い師の声は可笑しそうに震えてダルシムの耳に届く。
普通なら怪しいと思って近寄りもしないだろうが、彼が本当に願いを叶えてくれるならなんだって良い。
人の寝静まった暗闇の街で、やっとたどり着いたのだ。民家の壁にもたれ掛かる占い師に一歩近付き、ダルシムはいきなり膝を地につけると土下座をかます。
「黒の魔法使い!頼むっ。メリサを、メリサを殺してくれ!」
悲痛な叫びは闇に溶けて消えた。
――ダルシムには恋人がいた。メリサと言う街娘だった。
取り立てて目立つ容姿ではなかったけれど、ダルシムは愛していた。
結婚を誓いあった仲。その関係が崩れたのはメリサの浮気が原因である。
金持ちの男と親密な関係になり、メリサは途端にハデな宝石類を身に付け出した。話しをしてくれなくなったのもその頃だ。
「あんたに興味なんかない。消えてよ」その言葉に、ダルシムは腸煮えくりかえる思いだったと言う。
「他の男のものになるくらいなら死んでしまえば良いんだ」
ダルシムが言うと、占い師はクスクスと笑いながら呟く。
「盲目な愛は身を滅ぼすんだねぇ」
「え?」
「いや何も。…ダルシム君、君の願いは聞いてあげても良いけど、見返りに何をくれるの?」
「見返り?」
当たり前でしょ?と占い師が首を傾げる。
噂でも願いを叶えてもらった報酬は払わなければいけないと聞いていたが、捜すのに必死で頭から抜け落ちていた。
どれくらいの金が必要なのだろう。
「い、家に、1番大切にしていた髪飾りがある。母の形見なんだ。それでもよかったら…」
「1番大切なもの、ね。良いよそれで。君の1番のものが報酬だ」
「よ、良かった」
心底ホッとした顔でダルシムが息を吐く。
額は汗でびっしょり濡れていた。
「ダルシム君の願いを叶えるのは実に容易い。明日の同じ時刻、そのメリサって子の家に行ってみると良い。ちゃんと、中まで入るんだよ?」
君の目で確かめるんだ、占い師はそう言って、ダルシムに背を向け歩き出す。
待って、と言う言葉は、闇のなかへ消えた彼に届いたのかは定かではない。
「…メリサの家、言ってないのに」
それどころか、彼女の顔も、歳も、何も知らないではないか。それなのに占い師は「容易い」と言った。
ダルシムは途端に寒気がして、全身を伝っていた汗はいつの間にか乾いていた。
「胸糞悪いぜあの野郎」
「まぁまぁ、ダルシム君も必死なんだよ」
占い師が先ほどいた道を外れ、更に街灯のない暗闇に紛れると上から聞き慣れた声がした。
見上げると家の屋根に赤い髪を揺らせながら胡座をかく1人の男。不機嫌な顔はいつものことである。
「イヴァ。お腹が空いてるんだろう?贅沢言わないでよ」
「魔族にだって好き嫌いはあんだ。あんな野郎が惚れてたメリサの魂を喰えだって?ぜってぇ不味いにきまってんだろ」
「不味かったら僕でお口直ししても良いからさぁ」
「……不味くなくてもお前は食う」
「ははっ、良いよ。頼んだからね。仕上げは僕がやるから」
「わかった」
イヴァ、と呼ばれた男は立ち上がると、屋根から屋根へと飛びうつりいなくなってしまった。
メリサの家へ行ったのだ。ダルシムが願った通り、彼女の命は今日で終わる。
「ダルシム君。後になって悔いるから、後悔って言うんだよ。君には誰も慰めてくれる人はいないんだろうねぇ」
可哀想に、占い師はそう言いながら楽しそうに笑った。
ダルシムは翌日の、同じ時刻にメリサの家へ訪れた。
1人暮らしをしているのは知っていたが、その家の中は今明かりがついていない。
占い師が噂通りの人物てあればメリサはもう生きていないのだろう。ダルシムは僅かに緊張しながら扉に手をかけると、鍵はかきっていなかった。
「……黒の魔法使いはいないのか」
人の気配はない。
ざっと見る限り食事をする為にあるだろうテーブルが置かれた今いるこの部屋の他にもう1つ扉があるだけだった。
多分、寝室なのだろう。
キシッと歩くたびに鈍い音が鳴り、かなり不気味だ。
一歩、一歩、扉に近付く。奥には何があるのか。ごくりと生唾を飲み込む。
そう時間はかからずに目的の場所までやって来ると、ダルシムは一呼吸入れてガッとドアノブを掴んだ。
今更怖じ気づいてはいられない。勢い良く扉を開け放つ。
「……え…」
目に入った光景にダルシムは呆然と立ち尽くした。
メリサは死んでいた。
ベットに横たわり、真っ白なシーツは真っ赤に染まって床にまで滴っている。彼女の胸には十字架がブスリと突き刺さっていた。
それだけならばダルシムも喜んでベットまで駆け寄っただろう。
「なんで、なんであいつがっ!」
こんな状況を望んだんじゃない。
メリサが死ねばもう自分の物になるはずだった。死体でも、側に置いておけばいつでも一緒にいられる。
なのに…
「なんでジルがいるんだ!」
メリサの隣で同じ様に十字架が刺さり死んでいる、彼女の恋人が寝ていた。
2人とも穏やかに眠っているようにしか見えなくて、これじゃまるで。
「メリサは君の物にはならないよぉ?」
呆然とするダルシムの目の前、窓枠に座る占い師がクスクスと笑っていた。
「黒の魔法使い!お前っ、話しが違うじゃないか!」
「そう?始めに嘘を付いたのは君じゃないか」
「!」
ダルシムはの目が驚愕に見開かれる。
彼は、嘘をついていた。
出会ったばかりの占い師にバレるとは思っておらず、たかを括っていたのだ。
「君がメリサの元恋人なんてのは嘘。只のストーカーでしょお?婚約なんて痛い妄想だねぇ」
「お前っ」
「最高の演出だろ?ジルとメリサ、愛し合うもの同士一緒に逝けたんだ。これで君からの報酬も頂いたよ」
母の形見、は、渡していない。
状況が上手く読み込めない。
なんだこれは。
「君の1番大切にしているもの、メリサの魂は頂いたから。僕のイヴァが確かに、大切にしている“者”を、ね。クスクス。やっぱ不味かったらしいよぉ」
「…なんなんだ!お前は一体なんなんだ!」
「何って、君達が噂している通り、“何でも願いを叶えてくれる占い師”だよ」
ダルシムの膝がガクリと折れ、その場に膝ま付く。
あり得ない。こんなの望んではいなかった。これではメリサは自分の物にはならない。
愛する彼女はジルと共に逝ってしまったのだから。
「そうだねぇ。…ダルシム君の未来を占ってあげようか。クス。這い上がることも出来ずに地をさ迷う片翼の蛾。醜くもがきしぶとく行き続けるが良い」
後悔と言う十字架を背負いながらね。
そう言った占い師は、両眼から涙を流すダルシムを嘲笑いながら姿を消した。
――何でも願いを叶えてくれる占い師。
決して探してはいけない。
だって彼は、真っ黒なフードが暗示する様に無邪気な悪魔なのだから。
「イヴァ、彼らはきっとバカなんだねぇ?こんな僕に助けを求めるなんてとても愉快だよ」
「…そんな事より、早くお前を喰わせろ」
「全くせっかちなんだから」
また近い日に、彼を求めて誰かが夜をさ迷う。
『何かお困りで?』
end