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大きな長方形の鏡に映る私は別人だった。人ってたった1時間でこんなに印象が変わるものなのか、と、しみじみ思う。

『とってもお似合いですよ』と言ってくれた美容師さんに柄にもなく照れ笑いを浮かべて、さりげなく後ろ髪に触れてみた。やっぱり注文は短すぎたかもしれない。せめて小さくでもポニーテールが出来るくらいにしておけばよかった。


「彼氏さん、気に入るといいですね」


にっこりと笑う小柄な美容師さんに笑みを返しておく。もう一度鏡に映る自分を見て違和感を覚えてしまうのは、長年伸ばし続けていた髪の毛をショートにしてしまったせいだった。






「もしもし」


美容院を出て数百メートル。リョーマに電話をかけるとすぐ応答の声がした。


「あ…えっと。リョーマ、今どこ?」
「それ俺の台詞なんだけど…」


彼のため息混じりに言う言葉とは裏腹に、私の足はだらだらと遅い。約束の時間はとっくに過ぎているのにまったく急ぐ気にはなれない原因は紛れもなくこの髪型だ。せっかくデートだからと可愛くしてセットまでしてもらったのに、全然気が乗らない。

一応遅れていることに謝っておくと、リョーマは押し黙ってしまった。これは怒ってるな、と一瞬で察する。


「…なんかあったの?」
「あったと言えばあったけど…」
「どうせ服に迷ったとか、髪型が決まらないとかで遅れて、だらだら歩いてるんでしょ?」
「はは。当たってるような、当たってないような…」


なんて彼は的確なのだろうか。そして、冷たい。

ただでさえ美容院が長引いて機嫌が悪い上に、私が無断でポニーテールの出来ない髪にしたとなれば逆鱗に触れるかもしれない。でも、今さら切ってしまったものはどうすることもできないのだ。好きな芸能人や友人が続々と最近ショートヘアにし、その誘惑に負けて切ってしまったのは私なんだし。


『なるべく早く行くから』と言って返事を聞かずに電話を切った。私はガラス越しに映る自分を見るのをやめて、待ち合わせの場所へ歩みを少しだけ早めることにした。





人の多い駅の改札口付近で待っているはずのリョーマを探す。キョロキョロとあたりをうかがっても彼の姿はない。

おかしいなあ、怒って帰っちゃったとか?

あまりの人の多さに酔いそうでリョーマを探すのはもはや困難かと思われたときに、急に後ろから誰かに髪の毛を撫でられた。



「わ!び、びっくりした…」



後ろを振り向くと、髪の毛を触っていたリョーマと目があった。その表情に怒りは見えないものの、かといって短くなってしまった私の髪型に対して特に驚いている風でもない。ただ私の髪をふわふわと触ったり、撫でたりしている。遅すぎる反応に我慢できなくなった私は、リョーマに話しかけた。



「よく私ってわかったね」
「まあね」
「どうかな、似合う?私的にはちょっと不満…っていうか後悔してるんだけど」
「なんで?」
「だってリョーマってポニーテールの人が好きなんじゃないの?」



だから、と言うとリョーマは急に呆れ顔になった。あれ、違ったっけ?



「それってポニーテールだと誰でもいいみたいで心外なんだけど」
「だって前に私が好きなタイプ聞いたときにそう言ってたじゃん」
「あれは…アンタのこと好きになったとき、ポニーテールだったから…」



改めて私の髪型をまじまじと見て、ぼそりと言った言葉を私は聞き逃さない。

かあっと紅くなる顔を隠すようにくるりと後ろを向いて、手だけを私に差し出した。




要は、君ならばき。





「…すごくお似合いデス」
「あはは、ありがとう」



照れ隠しでやけくそのように言うリョーマをからかうように笑う私の顔も、同じくらい紅かったりして、ね。





逆に様 提出
参加させていただいたことを大変光栄に思います*
何気にリョーマは初めて。というか青学初めて。
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