●お題:犬系彼女と猫系彼氏
2014/05/04 23:40

「リ〜オンくんっ♪」
ふわり、と。
甘い香りの羽毛が舞うように、リリスはリオンの名を呼んだ。
「……何だ。言っておくが買い物には付き合わんぞ」
ソファーに座っているリオンは、本から目を離さないままぶっきらぼうに答える。
「あ、ひっどぉい! それじゃまるで私がリオンくんにいつも荷物持ちさせてるみたいじゃない!」
「……事実だろうが」
憤慨するリリスに、呆れ顔のリオン。
軽い口論を挟んで繰り広げられる痴話喧嘩という名のじゃれあいに、ペット達が呆れ返る。
今のエルロン家は、常にそんな様子だった。
「リオンくん?」
リオンの隣に腰を下ろし、首を傾げてリリスがリオンの顔を覗き込む。
「何だ」
短く一言返すリオン。
しかし、その表情に、化物の駒として生きていた頃の肌を刺すような殺気は最早無い。
「呼んだだけ♪」
ぺろ、と小さく舌を出し、悪戯っぽく微笑むリリス。
「……貴様」
その表情に溶けそうになる胸を抑え、リオンは苛ついた表情を作り、忌々しげに一言呟いた。
本当はもっと構って欲しいし、もっと近付いて話もしたい。
しかし、素直にそれが出来ないのがリオンという少年だ。
「ん〜? なぁに?」
「……フン」
またも首を傾げてリリスが問う。
つい、と逸らされたリオンの顔を追うように。
喜色に溢れるその表情を見れば、彼女がリオンを好いていることは容易に見て取れた。

祖父が死に、兄が村を出てからというもの、リリスにとってはこうしてリオンと二人で過ごす夕食後の時間が最も幸せな時間になっていた。
話し掛ければ返し、話し掛けなければ何も言わないこの少年は、リリスにとって心地が良かった。
話したいことがたっぷりある時は、片っ端から取り留めもなく話して。
ただゆっくりしていたい気分の時は、何も言わずにただ二人で並んで座って。
たまに、肩に頭を預けて寝てしまうこともあった。
「……あ、リオンくんまた私のシャンプー使ったでしょ?」
すんすん、とリオンの首筋に鼻を近付けたリリスは、彼の髪の匂いを嗅いでいた。
「……うるさい、どっちを使おうと僕の勝手だ。それから人の匂いを勝手に嗅ぐな!」
本当はリリスとお揃いにしたくて密かにやったのだが、そんな事は口が裂けても言えない。
「え〜何でよ?」
ぶぅ、と心外そうな顔でリリス。
「当たり前だろうがっ!」
隣に座られるだけでリリスの匂いに溶かされそうになるリオンからして見れば、人の匂いを嗅ぐというのは酷く淫乱な行為にすら感じた。
「じゃあ……リオンくん、匂い嗅がせて?」
口に人差し指を当てて考えること3秒。
またまた首を可愛らしく傾げて、何の捻りもなくリリスは行為の続行を要求した。
「断る」
「即答!?」
リオンの反応は迅速だった。
これ以上リリスにスキンシップを取られたら、頭がどうにかなってしまいそうだった。
「……当たり前だ。そもそも、僕の匂いなんか嗅いでどうする?」
「……だって」
ふと疑問に思ってリオンが聞くと、リリスは少し照れ臭そうに微笑み、言った。
「私、リオンくんの匂い、好きなんだもん……」
「――――ッ!!」
欠片も隠す気のないド直球。
照れに顔を赤く染め、それでもはにかんだ表情を正面から向けて来るリリスに、リオンは言葉を失った。
「……えいっ♪」
「ぐっ!?」
呆然とするリオンに、リリスが素早く抱きついた。
「……っ、こらっ……」
「……んふっ……♪ すぅー…はぁー…」
「……っ……」
しっかりと腕を回し、リオンの胸に顔を埋めて深く呼吸を繰り返す。
密着する体温と柔らかさに、衣服越しに感じる息遣いが加わる。
更に、頭がすぐ下にあるせいでリリスの匂いがすぐ近くに感じられる。
五感を大体リリスに埋められたリオンは、いつの間にか抵抗する術を失っていた。
「……っ、リリスッ……!」
「んー……? ……ふぅー……」
「……そんなにっ、息を……」
「……息が、どうしたの? ……ふぅー……」
「……っ、はぁっ……」
「んふ、リオンくん、かーわいい……♪」
抵抗しようにも、そもそも本心ではやめて欲しいなどと欠片も思っていないのだから、大した抵抗が出来る訳がなかった。
最近、リリスにならかわいいと言われて嫌な気がしなくなっている自分に多大な危機感を感じつつ、リオンは抵抗を続けようとした。
「……っ、いい加減、に……」
「はぁー……リオンくぅん……♪」
しかし、より一層甘えてくるリリスに対して、理性は碌な仕事をしなかった。
それどころか、段々と頭に靄がかかって来たリオンは、リリスの匂いを嗅ぎたくて仕方がなくなって来た。
「……っ、リリス……」
「んー……?」
とろん、と幸せそうに溶け落ちた顔がリオンを見る。
「……っ」
「え? きゃ、やんっ」
抱きついているリリスを更に抱き締め、リオンは彼女の金糸に顔を埋めた。
「……リオン、くん?」
「……すー……はー……」
「……んっ……くすぐったい、よぉ……」
そのまま、リリスの匂いを肺に吸い込む。
柔らかなリリスの匂い。
リオンの大好きな、ただ一人リオン自身を肯定してくれた女性の匂い。
肺が満たされれば、もう脳内を巡る建前達には用はなく。
ただ、ひたすらに匂いを嗅ぎ続けた。
「……んっ、もぉ……仕返しっ!」
「ひぁっ!?」
逆に拘束されて抜け出せないリリスは、仕返しとして突如リオンの首筋を舐めた。
思わず甲高い声を出してしまったリオンは、思わず顔が赤くなる。
「リオンくん、女の子みたいな声……」
「……うるさい」
「きゃんっ!?」
今度はリオンが、仕返しの仕返しとして、リリスの耳を舐めた。
その仕返しとして今度はリリスがリオンの唇を舐め、更に顔を赤くしたリオンがリリスの脇を撫ぜ、身を捩りながらリリスがリオンの腹をくすぐって――そんな風に、しばらく攻防が続いた。
……結局。
リリスがリオンの唇にキスをして、妖しい空気になった所で不意にアムルが鳴き声を上げた為に、この攻防は引き分けとなった。

「……リオンくん」
「……な、何だ?」
改めて座り直し、しばらく気まずい沈黙が続いた後。
不意に、リリスが沈黙を破った。
ゆっくりと、頭を肩に乗せながら。

「……やっぱり私、貴方が好き」

綻ぶ笑顔で、浮かぶように。
少女は愛を、少年に注ぎ。

「………ああ」

静かな顔で、沈むように。
少年は愛を、少女から受ける。

ペット達は最早、呆れることすら放棄した。


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