大学での講義中。
バッグの中で携帯が震えた。
教授が背中を向けたタイミングで取り出して、机の下でこっそりと開く。
メールの差出人は昴さんだ。
内容は数日前に受け取ったものと変わらない。
あの夜以来、すっかり会う機会が減ってしまった私を気にかけるものだ。
この数週間、私の足は明らかに官邸から遠のいている。
恋人だったあの人と、顔を合わせるのがつらいからだ。
昴さんには彼とのことでよく相談に乗ってもらっていた。
片想いだった頃も、付き合っていた頃も、何度も背中を押してもらった。
ダメになってしまった今でも───昴さんは過酷な勤務の間のわずかな時間に、こうして連絡をくれる。
まともに私からの返事が無くても、何も求めずに。
昴さんの優しさはすごく嬉しい。
けれど今は、少しつらくもあった。
昴さんと共に仕事をしているだろうあの人の姿を、無意識に想像してしまうからだ。
そんなこと少しも望んでいないのに。
(なんて身勝手なんだろう…)
一人では何もできなくて、甘えてばかりで。
気遣ってもらうことをどこかで望んでいるくせに、その度に勝手に苦しんで。
幼くて卑怯な自分に嫌悪感を感じて仕方ない。
気持ちが沈んでいくのを感じながら携帯の画面を見ていると、メールにまだ続きがあることに気が付く。
下へスクロールすると文末にいつもとは違う言葉があった。
『今夜会えないか』
どうしよう、と思った。
心配ばかりかけて申し訳なく思う気持ち。
優しくされたいというわがまま。
昴さんを通してあの人のことを考えている最低な自分。
全部がめちゃくちゃで、どんな顔をして会えばいいのかまったくわからなかった。
(でも───)
自分勝手なのは、わかっている。
ためらいつつも返信画面を開く。
打っては消してを何度か繰り返した後、送信ボタンを押した。
そのまま閉じることができずにいるとすぐに携帯が振動する。
昴さんからの返信を確認して、ゆっくりと閉じた。
携帯をしまってペンを持つ。
講義の内容はまるで頭に入ってこないけれど、思考を追い出すように、私は必死に手を動かした。