「もしもし?」
声が少し掠れてしまった。
携帯電話を持つ両手も心なしか震えている気がする。
『…久しぶり』
少し間があってから耳に響いたのは、落ち着いた低い声。
懐かしいそれに胸が締め付けられた。
『元気だったか?』
「…昴さん…」
あの事件のとき、専属SPとして誰よりも近くに居てくれた人。
ほんの2、3ヶ月前の出来事なのに、今となっては遠い人。
『ちゃんと家事やってるか?また部屋中散らかしてんじゃねーだろうな』
「し、してませんよ!」
相変わらずな物言いについ大きな声を出してしまった。
昴さんは家事が得意できれい好きだ。
文句を言いつつもどこか楽しそうに掃除をしていた姿を思い出す。
『どーだかな。お前がさつだし』
「もう。ちゃんとやってますってば」
なかなか不名誉なことを言われているのだけど、それでも私の頬は緩む。
「昴さんも…元気そうでよかったです」
『ああ』
言いながら、本当に何よりだと思った。
どんなに遠くても、変わらず無事でいてくれればそれで十分。
そう思えたら少し楽になった。
『つーかさ』
「はい」
携帯を片手で持ち直してベッドに腰掛けたところで、昴さんが静かに切り出した。
『俺、解消したんだ』
「? 何をですか」
『婚約』
「──は…?」
昴さんには婚約者がいた。
政略結婚だとは聞いていたけれどそれ以外のことは知らない。
『白紙にしたんだ』
だが式は遠くなかったはずだ。
「ど、どうして」
『知りたいか?』
そんなの決まっている。
決まっているけど──
『知りたいなら、玄関のドアを開けてみろ』
廊下の先へと視線をやる。
「玄関?」
そうだ、とだけ返事が返ってくる。
それきり黙ってしまった昴さんをどうすることもできず、私は携帯を耳に宛がったまま立ち上がり玄関へと向かった。
そしてドアをゆっくりと開けて。
携帯を落とした。
「お前、驚きすぎ」
同じように携帯を持ったままの昴さんが、笑みを浮かべて立っていた。
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