来訪を告げるインターホンが狭い部屋に響き渡った。
ぱっと顔を上げた私は、読んでいた雑誌を放り出して玄関までの短い廊下を走る。
「昴さん!」
扉の外には、仕事から直帰してくれた大好きな彼。
今夜は私の家にお泊まりなのだ。
「ただいま。…お前、また確認しなかっただろ」
「あ」
昴さんは目を細めると私の頬をぎゅっとつねった。
「確認もせずにドアを開けるなって言ったよな? 強盗や変質者だったらどーすんだ? あ?」
「ふっ、ふいふぁへふ」
またやってしまった。
昴さんだ!と思うと勢いのままにドアを開けてしまう癖がどうも抜けない。
「ったく…」
昴さんは白いため息をひとつ吐いて、手を離した。
解放された頬をさすりながら彼を見上げる。
そのとき初めて気付いた。
「昴さん…顔色悪くないですか?」
いつもより血色が優れない気がする。
「もしかして具合悪かったりとか…」
「そんなことねーよ。ほら、早く中入れ」
さらっと否定されて急かされる。
それもそうだと思い、玄関先に降り立っていた私はとりあえず踵を返した。
受け取ったスーツの上着をハンガーに掛けながら昴さんを見やる。
やっぱり顔色が良くない。
ネクタイを取り去り腕時計を外しにかかる仕草だって、いつにも増して気だるげに見える。
ハンガーを所定の位置に掛けた私は移動して彼の正面に立った。
腕を伸ばして、その額に手のひらをあてる。
もう片方は自分の額へ。
「…何?」
昴さんは手首に手をかけたまま静かに問う。
「熱は無さそうですね…」
「ねぇよ。そんなもん」
あてられた手を掴んでそっと外す。
けれど気遣わしげな表情で見上げる私と視線がかち合うと、その動きを止めた。
そして少し躊躇うような表情を見せて──
やがて伏せ目がちに口を開いた。
「…少し頭痛がするだけだ。心配いらねぇよ」
落とした視線の先にある、掴んだままの私の手の甲を親指でそっと撫でる。
「やっぱり…。大丈夫ですか? 横になったほうがいいですよ」
「平気だよ。大したことねぇから」
冷えたままの昴さんの手をきゅっと握った。
「昴さんが体調悪くするなんて滅多にないじゃないですか。心配です」
彼は自由な方の手で、子供に言い聞かせるように私の頭を撫でる。
「ありがとな。でも大丈夫だ。First nameの晩飯も作らねーとだし」
「ご飯なんてどうにでもなります。だから休んでください」
壁際のベッドを指差す。
私が体調を崩そうものなら、ものすごく心配して何もさせてくれなくなるというのに。
自分の事になるとこれだ。
「別にこんくらいで…」
言い返しかけた昴さんだけど、真っ直ぐに見上げる私を見るとやはり口をつぐんだ。
「……わかったよ。寝ればいいんだろ?」
ほっと安堵の息を漏らした。
「よかった」
「でもおまえ膝枕な」
「──えぇ!?」
文句あるのかと目が言っている。
「だ、って膝枕って…ちゃんと眠らないとだめですよ」
「そこまで重病じゃねぇよ。貸せ。膝」
堂々と言い放つ。彼の中ではすでに決定事項らしい。
「あったかくして寝たほうが…」
「膝」
それ以上の反抗は許されなかった。
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