自動ドアをくぐると陽気な喧騒が身を包んだ。



いらっしゃいませと威勢のいい挨拶が上がる中、寄ってきた店員を軽く片手を上げることで制する。


週末の居酒屋を迷わず奥へと進み、座敷の扉を開けた。



「昴さん!」

「こんばんは」



安堵の声で俺を呼んだのは、先ほど電話を取ってくれたみどりという名の顔見知り。


すぐさま彼女の肩に凭れかかる女を確認し、詫びた。



「ごめんな。First nameが迷惑かけて」

「いえー、迷惑だなんて全然」

「全然平気です!」



友人の肩を借りながらグラスを傾けていた我が恋人が、食い気味に被せてきた。



「…あとで叱っとくよ」

「あはは。お手柔らかにお願いします」



彼女の分も含めた金額の飲み代を手渡し、帰りたくないと駄々をこねるFirst nameを引き剥がす。



酔っぱらいの肩を抱いて居酒屋を後にした。












「ほら、飲め」



俺の部屋に連れて帰ったFirst nameをソファに座らせ、白湯を差し出す。


いらないとばかりに顔を背けられた。



「まだみどりといたかったのに」

「何言ってんだ。散々面倒掛けておいて」



いいから飲め、とマグカップを握らせようとするがFirst nameはまるで取り合わない。



「ガールズトークしてたのに昴さんが来るから!」

「迎えに行くって約束してただろーが」



いつまで待ってもFirst nameから連絡が入らず、心配してこっちから電話してみたらこの有り様だ。



「とにかくこれ飲んでさっさと寝ろ。説教は明日だ」

「やだ」



つんと唇を尖らせる。



「…言うことを聞け」

「やだ!」



不機嫌全開だ。


俺はカップをテーブルに置いた。


腕を組んで口を開きかけると、



「…えらそーに」



First nameがぼそっと呟いた。



「あ? 何だって?」



キッと俺を睨み付ける。



「昴さんのばかっ! 俺様!」

「おい」



First nameは傍にあったうさぎさんのクッションを両手で掴み、それで俺の体を叩き始めた。



「こら、」

「自己中! わからず屋! もうほっといてっ」



うさぎさんを片手で捕まえて封じる。


離して! と力いっぱい引っ張るFirst name。



「First name、人の話を」

「女好きっ!ヤリチン!」

「ヤッ…」



口元がひきつる。



「誰がだ!下品な言葉を使うな!」



頭に血が昇りかけた。


しかし激しく反論したい衝動をぐっと抑える。


相手は酒に酔っているのだ。感情的になってはいけない。



「昴さんなんか…っ」

「いい加減にしろ」



一段低い声を出すと、小さな体がぴくりと震える。



「怒るぞ」



きゅっと唇を結んだFirst nameはうさぎさんから手を離し、俯いた。



「………」



さらさらと流れる髪が顔を隠す。


ため息をついて、First name、と手を伸ばした。


だが届く前に振り払われる。



「…昴さんなんか…」



俺はソファの前にしゃがみ込んだ。

スカートを握っていた華奢な手に自分のそれを重ねる。



「First name。お前だから心配するし、ほっとけないんだ」



下から覗き込み、ゆっくりと言い聞かせる。


そして今度こそ頬に触れた。



「わかるな?」



じっと見つめて反応を伺う。

広いリビングに静寂が降りる。



辛抱強く待っていると、First nameはおもむろに立ち上がった。

揺らぐ体を素早く支える。



「おい、どこ行くんだ」

「…うちに帰る」

「バカ言ってんじゃねぇ」



腰に回した腕に力を入れる。


だがFirst nameは抵抗はせず、代わりに落ち着きのない様子を見せた。



「?」

「…きもちわるい…」



支えたまま体を離すと、First nameは青い顔をして口元を押さえる。



「待て、ここで吐くな!我慢しろ!」



俺はFirst nameを抱き抱えて急いでトイレへ駆け込んだ。



それから繰り返し吐くこと3回。



泣きながら苦しむFirst nameの背中を、俺はずっと擦り続けた。












「昨晩のことは覚えてるな?」

「…はい」



翌日、太陽もとっくに昇ったお昼時。



とばっちりを受けて変形したうさぎさんを整えながら、俺は説教タイムに突入していた。



「お前が日頃どんな目で俺を見てたのかよーくわかった」

「あ、あれは、その…」

「さすがにムカついたな」



口をつぐみ、大きく瞳を揺らすFirst name。



「ごめんなさい…」



しゅんと項垂れる恋人に、元の愛らしさを取り戻したうさぎさんを差し出す。



「気にしてねえよ」



First nameは俺の言葉におずおずと顔を上げた。

口角を上げて迎えてやる。



「酒弱いんだから気を付けろよ? …あとでつらいのは自分だぞ」



そう言って浮腫んだ顔を撫でる。



First nameは痛むであろう頭を何度も縦に振り、腕の中のうさぎさんごと抱きついてきた。



「本当にごめんなさい…!」

「いいよ。ま、でも」



今夜体で償ってくれたら嬉しいけどな、と耳元で囁く。



息を飲み覚悟を決めた様子で頷くFirst nameに、笑いを噛み殺した。



つむじにキスを落とし、並んで座っていたソファから立ち上がる。





お前の全部を受け止めるのが俺の仕事だから、償わせるつもりなんか微塵も無いけど。



これくらいの意地悪はいいだろ?





笑みをひとつ溢して、胃に優しいブランチを作るためにキッチンへ向かった。  

















「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -