蒸し暑い夏の夜。
旧作100円ののぼりの立つレンタルショップに並んで入った。
店内はラフな格好をした若者が多く、そこそこの賑わいを見せている。


「海司は何観たい?」

「First nameの好きなの選べよ。俺は何でもいいし」

「そう言われちゃうとなぁ…」


入ってすぐの場所に配置された新作コーナーに目を向けた。


「これ前にFirst nameが観に行きたがってたやつじゃね?」

「あ、もう出てるんだー。なんか行く機会逃しちゃったんだよね」

「じゃこれにすっか?」

「まだ新作だからいいよ。高いんだもん」

「ケチくさ」

「どーせ庶民ですよー」



「ま、夏といえばやっぱホラーだよな」

「えー苦手なんですけど…」

「お前のビビり顔も十分ホラーじゃねーか」
「ひどっ!!」



納涼ホラー特集の組まれた棚の前で立ち止まる。呪怨、リング、着信アリ。結構借りられてんな。


「あ!ねぇ海司!」


First nameが何かを見つけた様子で突然しゃがみ込み、視線を外さぬまま俺のジーンズを引っ張った。可愛いらしい仕草に大人しく従い俺も並んで腰を落とす。
見て見て!とFirst nameが手に取ったそれは、埃まみれの思い出を蘇らせるには十分な一枚だった。


「懐かしいな」


学校の怪談。子どもにとっては夏休みの定番だ。
この時期になると毎年、シリーズがテレビ放送される。
俺たちも小学生のころ一緒に観た。


「お前泣きまくってたよなぁ」

「だってー。最初の花子さんのトコとかすっごい怖くなかった?」

「そーか?あんま覚えてねえけど」


怖がるFirst nameの反応がいちいち面白くて、俺は映画よりも隣の方が気になってた。だから内容もうろ覚えだったりする。
というかほとんど思い出せない。なんかハニワが光ってたのは覚えてるが。
お気に入りのアイスを食べながら仲良くテレビの前に座り込んで。終始ビクビクするこいつを大声で驚かせたりもした。泣き止まなくてうろたえる羽目になったけど。
ああ、そうだ。
また来年の夏が来たらこの映画の続きをふたりで観ようとあの時の俺は思っていた。再来年もその次の年もそうして居られると思っていた。
けどFirst nameは突然いなくなってしまったから、俺は一人きりになって。
それから何度夏休みがきても、テレビの前に座ることはもう無くなったんだ。


「これ借りようよ」

「……いーけど、泣くなよ?」

「もう!小学生じゃないんだから!」


何歳だと思ってんのよ、とぷりぷりするFirst nameの手からDVDを受け取って、精算するべくカウンターへと向かった。


会計を済ませ店を出ると今の季節特有のじっとりとまとわりつくような空気に包まれた。この夏の匂いが好きだ。
一歩前を行くFirst nameのペースに合わせてゆっくりと歩いてやる。何やらご機嫌な様子で鼻歌でも歌い出しそうな背中だ。


「ね、アイス買ってくでしょ?」


海司、と振り返って子どものように曇りのない笑顔を見せた。


「ハーゲンダッツが食べたいな」

「スーパーもう閉まってるぞ」

「コンビニでいいじゃない」

「定価で買うのか?庶民じゃなかったのかよ」

「いーの。今日は特別!」


First nameはそう高らかに一晩限定セレブ宣言をすると、歩みを止めて少し恥ずかしそうに俺を見上げた。


「なんかね、いま隣に海司がいることが無性に嬉しくなったの。いろいろ思い出してたら…。私たちの続きが始まったんだなって」


こいつはゆるくて鈍いが、やはり俺の心を奪う術を知っている。甘く切なく、下手をすれば涙腺さえ攻撃しかねないようなタチの悪い確信犯だ。
ふたりの気持ちが確かに同じ場所に在ることに、苦しいほど胸が熱くなった。


「俺も同じだよ」


うん、とFirst nameが頷いた。


「早く行こっ」


何だか主導権を握られてしまったような感じがする。
だが幸せな気持ちに包まれて心地良い。
心地良いのだが、ここで黙ってないのが俺の意地の悪い性分だった。


「コンビニ行くならちょーどよかった。俺も買いたいもんあるし」


「なに?」


腰を折りFirst nameの耳元で低く囁いた。



「ゴムきらしてんだ」



そのまま歩き出したので顔は見えなかったが背後で悶絶する気配が伝わってきた。湯気が出そうなくらい赤面しているに違いない。羞恥心が沸点に達しておそらくパニック寸前だろう。

堪えきれずにひとしきり笑ってから、俺の背中をばんばん叩くFirst nameの手を取った。



「大好きだよ」



続きはまだ始まったばかりだ。
これから増えていくだろうたくさんの思い出や約束を、余すことなく共有していこう。


繋いだ手を強く握った。






  

















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